Evergreen Interlude

C.E.75 1 Feb

Scene デーベライナー・食堂

キラは最近になって気がついたことがある。だが、それは本当にいまさらなことだ。

たとえば、だ。

今、キラとアスランがいるデーベライナー第五デッキの食堂。席はおおむね四人掛けだが、中央には広めの八人席がいくつかあった。壁際の一部はふたり掛けも少しだけある。
キラとアスランのふたりで席につくとき、ふたり掛けであればどう座るかなどいっても意味がない。問題なのはここの八人掛けのような多人数席のときだ。アスランは必ずキラのとなりに座る。正面ではなく。さらに四人掛けのときは追加して微妙だ。
今は護衛なのだからそれでもいい。しかし、思い返せばアスランは昔からそうで。
席はいつもキラに選ばせる。それは幼少のころキラが自分で席を選びたがっていたから、その習慣だ。今日も座っている四人席はキラが選んで、先に座った。当然だがあとから座るアスランは、まずそのままキラのとなりに一瞬だが座ろうとして、正面に移動した。キラのとなりにこようとするのは、なかば条件反射なのだろう。
「…まずくないかな」
「………まだメニューも頼んでないじゃないか。それにおまえ、デーベライナーの食事はうまいって自慢してなかったか」
「デーベライナーの食事はおいしいよ」
さらにたとえば。四人掛けのときの微妙に複雑な問題だ。
今、食堂にシンとルナマリアが仲良く入ってきた。四人、同時に互いに気がついた。シンは何だか不機嫌そうな顔つきになったが、ルナマリアは笑顔で会釈する。たぶん、こちらへくるだろう。もう足がまっすぐにこちらを向いている。
そうすると、アスランだ。
“いつもの”とおりに、今いる正面の席を立った。そして移動する。キラのとなりに。
キラがそのことに気がついたのは本当に最近だ。指摘されたのは一年ほどまえ、アークエンジェルでミリアリアからだった。指摘されたことを実感したのは、オーブ軍で内勤が多かったころ。いわれてみれば、アスランほど“となり”に執着する人はいなかった。自分を含めて、ほかの誰も。
実際にはいた。ただ、それはムウだ。彼のマリューに対するものが、アスランのキラに対するそれと同じだった。ミリアリアからは確か、新婚の夫婦と同じなのってどうなの、とそんな感じで責められたように記憶している。キラが責められることなのか、とも思ったが。
「…まぁでも、それを疑問に思わないで受け入れてたってことがぼくの問題なんだよね、きっと」
「…………食事がうまいと何かまずいことでもあるのか?」
アスランがとなりに腰を落ちつけたところで続けたつぶやきに、思いきりの不審顔で彼が訊ねる。そのタイミングでシンとルナマリアがふたりの席の横に立った。
「おじゃましてよろしいですか?」
「もちろんルナ、シン。一緒に食べよう」
アスランの問いかけを無視して彼らに笑顔を向けると、彼もくつろいだ微笑でふたりを迎えた。ルナマリアがそれを見て、一瞬固まる。昔からのことだから仕方ないが、アスランのそう多くはない笑顔はもろもろの女性をフリーズさせるだけの威力がある。自分はともかくとして、とキラはシンを気の毒に思った。ただ、シンは仏頂面のままよそに目を向けているので、今のルナマリアを見てはいなかったと思うのだが。
アスランがわざわざ席を移動したことについて、今回であれば目の前のカップルに気を遣ってのことだろうと納得することはできる。ただ、そうそうカップルとばかり相席するでもないこの艦内で、たびたびそういうアスランを見れば、なかには気がつく者もでてくるかもしれない。
いっそのこと、ミリアリアの指摘もなく、自分自身も気がつかないままいることができていたなら、どうということでもないような気もするのだが。気がついてしまった以上、それは気になってしまう。アスランへの指摘は無駄だろう。彼には自覚がない。
「どうして“上”の食堂を利用されないんですか?」
給仕に四人分のオーダーを伝えると、ルナマリアがそう話しかけてきた。上の食堂とは、第二デッキにある上級士官専用のそれだ。そういうルナマリアとシンも、その場所を使うことが許されているポジションではある。
「寂しいから? かな…」
キラの答えに、横から小さい嘆息が聞こえた。とりあえず無視をする。
「ああ、判ります。人が少ないですもんね、上は」
「うん、そう。シフトによってはぼくしかいないときなんかもあると思うんだよねー」
「でも…もうアスランがいるじゃないですか?」
そういってルナマリアはちらり、とキラのとなりを見た。正面に人がいると、いちいち横に目をやらないのでアスランの気配がほとんど判らない。たぶん、今は何も考えていないような顔をしているだろう。もしかしたら本当に何も考えてないかもしれない。こういう場面では、アスランはキラに会話を任せっきりだから、下手をすると話を聞いていないことすらある。
「…まえにアスランから、護衛は空気みたいなもんだからいないと思えっていわれたんだよね」
「………………」
絶句したルナマリアのとなりでシンがぷっとやや控えめに吹き出した。ルナマリアがすかさずシンの横腹に肘をいれる。
「…ってーな! んだよ!」
「うるさい」
「だめだよー。仲良くしないと」
ふふっと笑ってからかうと、ルナマリアは少しだけ恥ずかしそうにした。シンはきまりがわるそうに、また横を向いた。かわいいカップルだ。
そこでキラはようやくとなりを窺った。やはり無表情でいるが、話は聞いているようでもある。
それからあともキラとルナマリアだけでおおむね会話はすすみ、シンはルナマリアによってほぼ無視をされ、アスランは話をふられたときに必要なことを答えるだけだった。
食事を終えるとルナマリアとシンはすぐに席を立ち、食堂を去っていった。ぽかりと四人席の正面が空く。
「…キラ、部下と距離が近すぎないか」
「アスランは壁作り過ぎてないかな。そんなんでどうやって部下とコミュニケーション保つの」
「それは必要だが。上下のラインがある以上、けじめがないのはよくない。なめられるぞ」
「それはきっとぼくがなめられる程度の人間で、相手も上官をなめるような人間だってことだよ」
「…………めずらしく深いな……」
「一応白服なんだけど」
「……判ってるならいいさ」
途端に流暢に話しだすアスランの極端さに、キラは内心でため息をつく。手先はいろいろと器用だというのに、どうして中身はこうも不器用なのだろうか。
「アスラン、席移らないの」
「………どこへ」
そういってアスランは自分たちの座る四人席以外の、他の席を見渡した。
「そうじゃなくて、こっち」
キラは自分の正面を指差した。
「…わざわざ?」
理解不能、という視線を向けられる。とりあえずキラは諦めることにした。必要なのはアスランなみの鈍感さだということに、気がついたから。