C.E.75 28 Mar

Scene メンデル・外周域

「…ちょっ……隊長、隊長っ!!」
シンは戦闘を続けながら通信パネルを操作する。突然個人間チャンネルのバンドを変えられて、キラにこちらの声が届かない。
「おい! ──ンのやろ、たいちょ…、キラーーッ!!」
ストライクフリーダムはステルスを解除して出現した三機目のハイペリオンを追い、どんどんと遠くへ離れていく。残る一機と三機のブリッツが邪魔だった。
「くそっ。死ぬ気で護れつったって本人がおとなしくしててくれてなきゃあ、」

───それでも、おれなら護るけどな。

心のなかで、勝手なアスランの声が聞こえてくる。シンはひとり熱りたちカッとなった。
───立つ瀬がないっていうんだよ!!
アスランが譲ってきた機会。これで護りきれなかったら───。

シンはいったんフリーダムを追うのをやめた。キラから借りたシュペールラケルタとバッシュのビームサーベルを両刀に構えて急反転し、四機の敵モビルスーツへ突っ込んでいく。
「だったら、まずはこうだろ!!」
ここまでの鍔迫りあいで、敵モビルスーツに搭乗しているのはやはりコーディネイターなのだろうと踏んでいる。だが。
「アルテラのザフト兵に比べたら手応えが足りないぜ」
勢いにまかせて先頭のブリッツに飛び込む。反転からの速すぎたスピードに間合いを見損ねた敵機はやすやすとバッシュのビームサーベルを機体に飲ませた。シンは残り三機の墜とす順番を数えながら目に捉える。その向こうではボギースリーと仮名を振られたガーティ・ルー級と相対するデーべライナーが見えていた。
「すぐに片付けてやる」
敵戦艦も視野に入れて、シンは不敵にそう呟いた。


メンデルの警護は現在ザフトのほか、シードコードに参画する地球の数カ国が雇い入れた民間軍事会社が請け負っている。ザフトから戦艦四隻、民間からは二隻が配備されていた。
テロリストはおそらくミラージュコロイド・ステルスでの接近でまず哨戒中だったギンズブルグを急襲し、続けて僚艦のシュペングラーを追った。同時に別動でヤマト隊が駐留するプラントのスペースヤードに機動兵器の群れを送ってくる。ザフトが狙いなのは明らかだ。
───キラは予感していたのに。
部隊増援の要請を本国がもたもたとしているうちにこの事態だ。形骸化した禁止条約はもとより、こうしてテロリストに軍事技術を濫用されるのは厄介にすぎる。自然の摂理を曲げるのは嫌いでも、ルールを曲げるのは嫌いではないらしい彼らを相手には、不測の事態といういいわけも微妙だ。
アスランは舌打ちたい気持ちでボギーワンに迫った。機動兵器運用を主眼にした高速駆逐艦は火力に乏しく、モビルスーツが取りつけば墜ちるのは早い。ナスカ級やデーべライナーもそれは同様だが、少なくともヤマト隊旗艦は今隊長自らで護っている。フリーダムであれば艦にモビルスーツを寄せ付けないだろう。
逆にアスランは攻め手として早々に艦を狙う腹積もりだ。そのためにバッシュで敵機動兵器を散らしてもらいたかったのだが、長引く意地っ張りに呆れと嫌気が差し、ついついシンに譲歩してしまった。彼がキラを譲ること自体に問題はなにもない。かえってそれでパフォーマンスをあげてくれるならいっそそのほうがいい。幸い遊撃の手は「残念ながら」足りている。
アスランは感情をごまかすように彼我戦力の状況を読む。敵は新興のテロリスト…やはり素人の寄せ集めだ。機動兵器パイロットの練度はばらつきが激しく、それだけに読みにくい部分はありつつも、エース級が揃うヤマト隊が負けることはありえない。なにしろ、“SEED”で反応速度や先読みに優れた者の集団なのだ。
それを知ったうえで物量作戦かと思うほど、あとからモビルスーツとモビルアーマーがいくつも追加で捕捉された。これは歴戦のラコーニが迂闊だったこともないだろう。むしろ、こうも“資金力で”攻めてくることは想像し難いことだ。
「たいした人間だ、と。いいたいが……」
口に呟きながら、アスランはジャスティスに立ちはだかった前方のブリッツを二刀連結にしたラケルタ・ビームサーベルを旋回して両断した。

ロマン・ジェリンスキは自らを戦闘用コーディネイターだといった。それは、戦闘に効果をあげる能力を高い設定値でデザインされたコーディネイターということだ。だが、ビジネス面での才覚は、おそらく自前のものだっただろう。自ずと得た能力を復讐ともいえる行動のためにすべて注ぎ込んで、虚しさを感じることはないのだろうか。
戦闘中にこうした益体もないことを頭の隅で考えてしまうのはアスランの悪い癖だ。それでも集中していないわけではない。サーベルを振り下ろしたその途中で何かに気がついた彼は、わずか旗艦方向にいた僚機まで猛スピードで後退する。少し足りないか、とシャイニングエッジを投擲して苦戦していたグフの対手を跳ね飛ばした。そのまま移動スピードを下げずに追いつき、追い越しざまに敵機の推進部と武装をサーベルで切り落とす。投げたビームブーメランを迎えにもいく要領でジャスティスはすでにその場を去っていたが、助けたパイロットからは『申し訳ありません!』とひとことがくる。
「ここはいい、きみはデーべライナーの支援に回れ」
ラコーニ隊の残存兵だったが、こちらに加えるには少しばかり足手まといの腕だった。
アスランはボギーワンとの距離をすぐもどし、追いすがる敵機動兵器をすべて払い除けて、敵艦の高エネルギー収束火線砲をビームライフルで次々と撃破する。それに奮起したように遊撃のグフイグナイテッド二機がボギーワンを護ろうとするブリッツを掃討して援護し、最後にはファトゥム-01のハイパーフォルティスが艦機関部を撃ち抜いて終わった。
敵艦の数と機動兵器の可能搭載予測数が合わないため四隻目を警戒したが、大駒は尽きていたようだ。それを悟ったアスランはすぐデーべライナー、フリーダムのいるポイントへ向かった。
距離を離したため状況が掴めなくなっている。バッシュを残したといっても、キラがロマンに対して動揺し続けているのが気がかりだった。いまフリーダムの背後を護るのが自分ではないことにアスランは歯噛みする。しかも自分自身の采配で。
───だから“黒”は嫌だと…。
できるものならシンのように勝手わがままをいってフリーダムの傍を離れずにいたかった。本当に誰を侮っているわけでもなく、キラが目の届くところにいないと───ただ、不安なのだ。
ロマンはおそらくこの戦場にいる。あるいは自分よりもキラの近くに。ハイペリオンはその表徴に違いないからだ。ヤマト隊旗艦にその全機が集中したのを見てもそうだろう。
「…キラ……」
だが、声に漏れるほど気が急くのは、キラ自身にその原因があった。

───「ありがとう、アスラン」

とつぜんすぎた、感謝のことば。いやな思いが過っていた。あれは何に対してだったのか。
声音が過去と重なる。再会して、殺し合って、また再会した──あの、オーブで。
───「ありがとう、アスラン。話せて、嬉しかった」
そんなおとなびた顔で自分に礼をいうようなキラをそれまで知らなかった。そしてあれは、そのあとを覚悟したことばなのは確かだった。ああまで一方的な感謝と、その奥に潜んでいた別れの予感。それを向けられたと思った──。
───そんな勝手、許さないぞキラ…。
アスランはそのさきの思考を頭を振って追い出した。距離が届いて、バッシュがボギースリーにすでに取り付いていることをモニターで確認する。続けて、少し離れた僚艦の状況も確認しようとしたところでボギーツー轟沈の報。二隻で攻め、ドラグーン・システムを備えたリンナ・セラの“アルムクィスト”も行かせている。油断がなければ当然の決着だった。
最後にアスランはフリーダムを確認して目を剥いた。あろうことか、単機でデーべライナーを離れている。
「───シン!おまえなにをやっているんだ!」
『勝手に行っちまったんだ! おれだってこんな…』
「早くボギースリーそれを墜として追ってこい!」
『ちょ、』
アスランはいうだけをいって通信をぶつりと切り、ジャスティスのスラスターを全開にしてフリーダムを追いかけた。