C.E.75 27 Mar

Scene デーベライナー・指揮官室

待機任務の時間だからと去っていくシンの背中を見つめながら、キラは深くため息をついた。
「……待機室、そっちじゃないし………」
「どうしたんだ」
つぶやいたところでアスランがキラの傍らまでたどりつく。
「どうもしない。…アスランこそそんな顔して。シンとふたりでいたからって妬いたの」
「…その程度でしてたら身がもたないだろう。ただちょっと、気になったから」
キラはアスランの声を聞きながら指揮官室のドアを開け中に入った。
「あいつのことはあまり叱らないでやってくれ」
アスランも続いて入り、ドアを閉めてから心静かにそういった。
「っとに。アスランは優しいなぁ。それとも逆にぼくに嫉妬させようとしてるとか?」
「……なにをいってるんだ、おまえは」
そういって彼は緊張を解いたように肩を落とす。キラはそれを確認して、ドアからすぐのソファにどさりと座った。ひとまず調子を崩したことまではアスランに悟られなかったはずだ。いま疲れた様子をだしたとしても、シンへの心労だと思ってくれるだろう。

まさかあんな簡単な──ひとことで。

アスランと戦っていた過去の感情を引き戻されるとは思ってもいなかった。彼がいなかったほんの一時間ほどで負ってしまった疲労は容易に抜けそうにない。キラは嘆息して背もたれに身体を預けた。
───アスランが一緒だったら、きっと大丈夫だった。
根拠なくそう思う。いや、根拠は、ある。
もしかしてアスランは、キラの精神安定剤のつもりででもいるのだろうか。自分をひとりにさせない判断はひょっとしてそこにあるのではないかと、キラはなんとなく思い当たってしまった。
仰向いてすぐ横に立つ彼のほうへ顔を向けると、アスランはキラの様子を窺うように首を傾げこちらを見ていた。目が合うと、ことりと逆へ傾ける。表情は穏やかだったが、その目元だけが心配を少しのせている。
「大丈夫か、キラ」
目を細め、気遣わしげにアスランが訊ねる。優しい声が耳と心に心地良くてキラはほっと息を吐いた。数年前この場所にいたときも、こんなふうにアスランだけがキラを落ち着かせることができた。彼はそれを覚えていたのだろうか。それは、そうだろう。あれだけあからさまに縋っていたのだから。
「大丈夫だよ…アスラン……」
口先だけで返しながら、あの頃に物懐かしさを感じてキラは手を伸ばした。
「キラ? 疲れたなら、もう…」
アスランに届いた瞬間に、黒服の袖を掴んで強く引き寄せる。
「──寝るか?」
引っ張られるに任せたまま話しかけていたアスランは、キラの耳元のゼロ距離で最後のことばを囁くようにいった。まったくのことば通りでそういった意味でいってはいないと思うのだが、今はキラの心がそれを誘惑と受け取りたがっている。彼の首にしがみつき、自分の体を横に滑らせ傾けた。されるままだったアスランは、キラに乗りあげそうな体をソファの背に置いた片腕と座面に乗せた片膝で支えて止まり、顔を寄せた目の前の耳孔をひと舐めしてきた。キラがその感触に肩を震わせると、彼は少し笑った声で「誘ってるのか?」とひとこと訊き、耳朶を啄み口に含んで弄い始めた。
「……ん…」
答える気もなかったが、思わず喉から漏れた音はどこにも否定を含まない。しばらくアスランをそのまま好きに遊ばせてから、前触れなく肩を少し押し止めた。
隙間の時間のちょっとした戯れだと彼は思っているようだった。視線を交えると、気が済んだのか、と問うような翠色がキラを見つめる。
「まて、まだロックかけ──」
再び強引に頭を両手で引き寄せて、キラははじめから深くくちづけをした。目を見てキラの意図を察したアスランが何かをいいかけたようだが、今は瑣末事に気を取られていてほしくない。キラは懸命に誘いをかけた。

舌を絡ませながらアスランの口の中をひと舐めするごとに、体を支えている彼の腕と肩から力が抜けていく。体重をキラに乗せて、背や腰へ腕をさまよわせはじめるまでそう時間はかからなかった。
「…キラ……」
唇が一瞬離れたときの熱い息で名を呼んで、今度は彼がキラの口腔内を侵し始める。けれども仕掛けた強引さに便乗するのではなく、あらためてゆっくりと唆して、キラの誘惑よりも淫猥に煽り立ててくる。唇を外さないまま、組み敷いた体の膝をゆっくりと割って動き、それによって浮いた膝の裏から臀部まで大きな掌が撫であげた。そのままその手がキラの真ん中で不埒に及んで、アスランの上腕を掴んでいた手に思わず力がこもる。
「…ん………っ…」
苦しげに聞こえた喉声を受けたのか、少し緩んだ舌の動きは掠れた音の息継ぎを挟んでから唇の裏側をなぞっていく。下唇をやわく咥えてそこも舌で辿り、そうしてけしかけておきながら、求めて蠢いたキラの舌を宥めるように押し止めてくる。
知らずに送られてきた唾液を飲み込んで喉が動くと、アスランは唇を放さないままで深く息を吐いた。些細なことで昂る彼のかわいさに背を抱けば、掌に伝わる体温がほんの少しばかり高いと感じてキラも昂揚する。
もっと──と、いうように全身でせがんで口説き、何度も絡め合って吸い合って、もうあとに引けなくなったとキラが感じはじめたところで、アスランがふと唇を離す。まだ吐息のかかる距離にあることが判ってキラは続きを待った。
「キラ、ほんとになにもないのか?」
「え」
通常の会話と変わらない声音でアスランが訊いてくる。その声に気をもどされてキラは閉じていた目をぱちっと開け、覆い被さったままの彼を仰ぎ見た。
「………っ!」
目が合った瞬間、制服の裾から忍んだ手がキラの形を確かめるように包んで強く動く。アスランは話を続けつつも手を休める気はもうない様子だ。それに安堵しながらも、正気ぶった視線のまえで乱されてキラは必死に取り繕う。
「なんで…そんな……」
キラの顔を見ていたアスランが一瞬下方に目をやり、もどして薄く笑む。キラが真似をして彼の裾から手を入れたからだ。
「そうあんまり、心配しなくても…大丈夫だから…」
ことばと一緒に手にあるものを柔らかく揉みしだくと、アスランは素直に感じて息を詰まらせる。それをごまかすかのようにキラの唇を一度吸ってから、そうじゃなくて、と続けた。
「フラガさんが夜の心配までしてきた」
「………なにそれ」
ただの出歯亀じゃないのかと思いつつ、キラはようやく、ムウが突然予定をつくって視察にきた理由を知った。おそらく元はマリューにした通話だ。
「それで…なんか答えたの」
「…まぁ、ご心配なくみたいなことを」
ガードの堅いアスランにそんなことまで訊くとは、ムウの意気もたいしたものだ。ただ、それだけいろいろと心配をかけさせてたことは理解する。彼は、キラがメンデルで任務に就くことを知ったときも苦い顔をしていたのだった。
そんなことを思い出している隙に、アスランはキラの襟を開けて首筋への愛撫を始めていた。軽くくちづけて吸ってを繰り返し、鎖骨にかるく歯をたて辿る。何度か鬱血を残す強さを感じて、無意識に「だめだよ」とつぶやく。それは譫語のようなものでアスランは止める気配もない。擽るように耳の下まで舐めあげられて、ぞくぞくと湧き上がる昂奮にキラもじっとしていられなくなる。顎をあげて彼に喉を差し出しながら、うなじから濃藍の髪に指を差し入れ頭を抱くようにして相手の頬や耳元をそのまま触り続けた。
「……アスラン…は…どう思ってるの…」
あがる息を堪えながら訊けば、アスランは「ん?」と鼻にかかった音を返してキラの首から唇を離した。
「…今日は少し積極的だな、くらいかな。それは歓迎するけど──」
「うわ!」
抱え込まれた腕でそのまま予告なくぐいと抱きあげられ、キラは思わず声をあげた。アスランは楽しげに笑っている。
実際にはメンデルに移動してから箍が外れているのは、こんなふうにアスランのほうだ。彼曰く、作戦行動中はともかく駐留任務で慎む筋合いはない、だそうだが。
物事の筋道で一線を決められる彼が、この数日ベッドの中で本当はキラに何を思っているかなど計り知れない。キラ以上にキラの状態を察してくるアスランが、当の本人を差し置いて何かを感じ取っているのなら。こうしてメンデルに居ることが今のキラには、本人が思う以上に“よくない”ことだと考えているかもしれなくて。
「…ちょっと…、アスラン?」
「抱えるのでぎりぎりだな。キラ、ドアロックして」
キラの不満な声を無視したアスランは、キラを正面に抱えあげた状態で背をドアパネルに向けた。不服顔をしてみせても、いまの体勢で彼にキラの顔は見えない。同年の男子に軽々と持ち上げられ、同じことをやり返せる自信のないことに深くため息をつく。ぎりぎりといいつつその実アスランから余裕が伝わってくることにも多少苛つきながら、その背中越しに手を伸ばしていわれた通りにした。
軽い電子音が鳴ってロック状態を知らせると、アスランはキラを抱えたままで寝室へ移動する。ベッドの上に降ろされ、ブーツを脱がされ、次にはムードのない雰囲気で上着を脱ぎはじめたアスランだが、キラを見つめた視線だけはこちらが蕩けそうな媚を帯びていた。追いかけて自ら制服の前を外しはじめたキラの手を途中で遮り、甘く笑んでそれを引き継ぐ。
「…アスラン…」
「キラ」
小声に紡いだ彼の名。アスランはすぐに呼び返して応えた。
視線は合わせたままで、艶めいた面差しをキラに向け距離を詰める。横たえたキラの首を片腕で支え、肩から脱がせた制服を背中とシーツのあいだを滑らせて器用に奪い取ると、再び包むようにキラの体に覆い被さった。
体温が近くなったけれど、ふたりともにまだ着衣は残している。最後の最後に小心なキラの気が逸れる。
「…まだオンタイムだった、かも」
「誘っておいてそれか?」
アスランがくすりと笑った。
「気にするな。指揮官はもとからオンもオフもないだろ……」
素肌を直接触れ撫でるようにアンダーシャツをたくしあげ、アスランはゆっくりと顔を落とし、キラの唇を唇で割った。
「───ふ…」
本気になった官能的な舌の動きが、キラの思考を一瞬で真っ白にさせる。ふいに襲われたあの悩乱の痕跡すらも消していく。
唇を触れ合わせたままときおり小さく名を囁かれると、そのことが、意識のすべてをキラに向けているのだと判らせているようで、彼の心がすぐここにあるようで、なにかよく判らない暖かなものがキラを満たす。
これが、愛している、ということなのだろうかと思う。あのときメンデルで、無意識に彼から欲しがっていたものが、そうだったのだと。
「…まえに、ここに、いた…ときのこと……」
思いついたままにでたキラのことばに、アスランが少し心の空気を変えたような気がした。

第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦が始まるまえの、二ヶ月ほどの期間。戦況は大きく動かず、むしろ生命維持に必要な物資の確保のために皆で考えたすえの潜伏場所。とくにメンデルが都合よかったのだ。ずっとそこに留まっていたわけでもないが、まとまった落ち着いた状況をつくることができたのは、続いた戦闘の疲れを癒やすのにも役立った。
けれど、キラとアスランにとっては大きな変化を受けたばかりのあまり思い出したくはない頃だったから、今こうしてメンデル配備を命じられて過ごしながらも、ふたりのあいだで当時の話題をあえて口に出してこなかったのは確かだ。
「思い出したくは、ない?」
キラが訊ねるとアスランは何も答えなかった。が、キラの体を撫でる手を休め、かわりに額に落ちる前髪を指で払い横髪を梳く。そうしながらキラをまっすぐに見つめ、何ごとか考えている表情でいた。
「……ぼくはアスランにすごく甘えてたよね。きみだって小父さんとのことでつらかったはずなのに、ずっと傍にいてくれて、甘やかしてくれた」
キラがいうことにゆっくりとまばたきをして聞き、いい終えれば静かに伏せて視線を左に流した。
「そんなつもりはなかったよ」
低く、静かな声でアスランが否をいう。
「たぶん、きっと…あのときにはもう、おれがただ…」
───キラが欲しくてたまらなくて、離れられなかっただけなんだ。
途中何度かことばを切りながら、それでも迷いのない声でそういった。
それから彼はうっとりとした微笑みを浮かべ、恭しくキラに唇を合わせてくる。薄く開いたキラの口に舌先だけを挿し入れて歯列を舐め、唇を啄むように吸って音を立てる。
くちづけを少しずつ深くしていきながら動きを再開した彼の手は、すぐキラの昂りに触れてきた。刺激にキラの息がすすり泣くように震える。
彼と自分のあいだに手をやって伸ばし、熱く硬くなった相手のものにキラからも触れると、至近距離にあった薄い瞼がゆるりと動いて濃い翡翠を覗かせた。
唇を完全に離すことなく、アスランが囁く。
「……あのときも、こんなふうに、おまえと…」
それは本当に触れ合わせただけのものだった。けれど。
あれほどに満たされたことは、なかった。きっかけはどうあれ、あれは決して心の慰め合いを体に移しただけのものではなかった。
それなのに見ないふりをして遠ざけて、彼にも留まるように強要し。人を愛することを識るまえから出会っていた愛情を、まるでなかったことにするように。
───あぁ……。
やはりここでの過去はまだ触れるべきものではなかったのか。自分の後悔までも思い出してキラは嘆いた。
「アスラン──」
その先のことばが続かない。
どうしてこんなにも竦んでしまうのか、理由など判っている。心に広がってしまった負い目ががんじがらめにキラを縛り付けている。それを許せるのも解けるのも、目の前にいるアスランだけ。でも許されることを望んでいるのではない。罰してほしいのだと昏い思いがキラを占めている。それなのに彼は。
「昔から、今もこのさきも…ずっとおれにはキラだけだ…」
───どうして、きみは……。
涙がひとしずく、キラの頬をすべって落ちた。
それを見つけたアスランが一瞬目を瞠る。だが、その意味を問うこともせずに舌で拭い、キラの中心に絡めていた指を急に激しくした。
「………あっ……や…っ…」
ぞくりと背中を駆け上がる電流に身体を反らせて、背けた顔の片側をシーツに押しつける。動かしている彼の手首を掴んだせいで、おくられる快楽と同じリズムで腕が揺れる。まるで、自分でしているかのように。
「……もう、おれのことだけ考えて……」
微かな苛つきが滲んだ声で告げたアスランの瞳からは、それまでの愛撫に感じていた慈しみや暖かさが消えていた。強慾とも呼べそうな、それは欲張りに飢えた切望だった。
その証に、続いたくちづけはただ激しくて、溶かすような誘いなどもう忘れたかのようにキラを煽り奪っていく。申しわけ程度で体に残っていた衣服も剥がされて投げ捨てられた。それでも彼の変わり身に恐怖を感じないのは、アスランの希いに応えたい奥底の想いのせいだろうか。
───いえたらいいのに。いえばいいのに。
その、心を。けれどキラの口から零れるのは、なにも表さない淫らな声ばかり。それに焦れたのかそれとも煽られたのか、アスランもそのあとは意味をもつことばを忘れ、口と躰を使ってキラを翻弄するだけになった。

ゆっくりとした動きでアスランがキラの中を掻き回す。
「…アスラ…ン、っ……」
それを止めようとしているのか促そうとしているのか、自分でもどうしたいのかが判らない。目的を見失った両手が相手の脇腹にしがみつく。アスランが上体を落とせばその腕を背中まで伸ばし、溺れるまいとするように掻き抱く。
「あ、あ……アス、……、」
「…もっと…、呼んで……キラ…」
「……ア、……ンッ…」
請われるまま思考なく呼び続けているのに、アスランはそれを自ら邪魔して何度も唇を塞いだ。激しくなっていく動きに彼自身が息を切らせ、身体を揺らしながらキラの名を呼ぶ。
「…は、…っ、あ……キラ…」
切羽詰まった声はそれだけでキラを追い上げた。たまらずに頭を抱え込めば首元を噛まれ、それはこのまま咋われてしまうと錯覚する激しさで。貪るように突き込まれる楔も、その動きのたびに心臓が破裂しそうな悦楽をキラに与えて。いっそのこともう一度、その手で、身体で、この命を、と思うほどに──。
「ッアッ、アスラ…、あ…ッ──」
身体がこわばってひくつき、内にあるものの存在をいっそう強く感じる。アスランの手で先端を包むように扱かれていたキラの熱がその瞬間にはじけて、その絶頂に啼いた声は自分の喉からでた音なのか定かでない響きを帯びていた。沸騰して霞んだ意識の片隅で、遅れて躰を震わせた彼がキラの中に放っている。それにも感じ入って声をあげながら相手の肩を擦ると、これ以上ないほどの強い力で抱きしめられた。
キラの耳元に響いていた喘ぎはやがて荒い呼吸に変わり、その腕の力も解かれていく。汗の浮いた背中に手を回すと彼の身体が呼吸に合わせて動く様子が伝わり、どうしてだかそれに安堵した。
「……アス……ラン…」
ほどなくして、整わない呼気をそのままにアスランが淡いくちづけをくれる。
「………キ、ラ…」
囁いた声は音になるまえの吐息と同じで。同じように呼び返せば、またくちづけを返してくる。穏やかさをもどしたらしい彼は柔らかい心をまとってキラを体ごと包んだ。
急な情動に流されながらも決して乱暴にはしなかったアスラン。それでも、ひどくしなかったかと訊ね、ごめん、という。だから仕方がなかった。あまり目を見てはいえないので、抱き寄せて彼の片頬に感じたままを告げる。
「キラ…」
首元から引き剥がされて顔を覗き込まれ、それでも視線を逸らして逃げて。含み笑いの気配にいたたまれなくなって、キラからのくちづけでそれをごまかした。
そのまま、思いを伝え合うように繰り返し互いの唇を求め続けて、「まいったな、止められない」とアスランが自嘲する。終わっても微かに蠢かせていた箇所はまだ硬さを保っていたから、あるいは続きを仄めかしたのかもしれない。
「…きみさ、ここへきてちょっと羽目を外してるよね?」
ついにキラから意見するとアスランは悪怯れる様子もなく、今度ははっきりと笑った。
「それは付き合ってくれる相手がいるからだろう?」
キラは不本意を唱えるようにアスランを睨んでみせたが、忘我できる時間を引き伸ばしたいと思っていたのは紛れもない事実だった。求めればアスランは拒まないだろうが、自重しないキラを不審には思うかもしれない。それではムウの心配を笑い事で収められなくなる。

漸く体を解き、けれどまだキラの上に留まったアスランとしばらくことばもなく見つめあう。
直接触れ合っている肌はまだ熱く、この躰に溶けてしまいたい衝動をまだ身に感じる。この熱をどうしてあのとき手に入れてしまわなかったのか。キラが考えるのはそんなことばかり。きっとなにかが、今とは変わっていたはずなのに。そんな後悔をするのは、たぶん今が恐ろしいから。
「…なに、考えてる、キラ?」
どうしたのか、と今日は何度も訊かれている。心を読んだようなタイミングはおそらく偶然ではないのだろう。自覚はないのかもしれないが。
「────」
キラは口を開きかけたが、相変わらずいいわけのことばすらもみつからない。
「……キラが───」
それに焦れたふうでもなく、アスランは応えを待たずに続けた。
「おれになにかを隠したがってることは判ってる」
「──アスラン、」
身動いだキラの口元に人差し指をあて遮ってアスランは続けた。
「それでもおれは、隠すなとはいうが。……それは責めているんじゃない」
彼の指がキラのこめかみのあたりにそっと触れた。二、三度髪を梳くようにして動かし、顔の輪郭をたどって首を触わり、頸動脈を探るような手つきで撫で擦る。
「おれはいつまでだって、待てる」
キラは首にある彼の手に自分の指を絡めた。
「…ほんと……なんできみって、そんなに優しいんだろ…」
もう片方の手でアスランの頬に添えると、彼は同じように空いた手で重ね、顔を少し動かしてキラの指にくちづけをした。
「もっと甘えてもいいんだぞ…」
ふと微笑って、今度はキラの唇に、静かに──。
「キラなら、許すよ。いくらでも」
一瞬離してそう囁いて、また優しく、くちづけていく。
差した光のようにふわりとした暖かさを感じてキラは瞼をおろした。昏い陰りが伝わって移り暖められて返されて。
───でも、アスラン。
こんなふうに大切にされていることを知ると、泣いて叫んで、手を振り払い、自分を責め、彼さえも責め、逃げ出してしまいたくなる。彼は待つといったけれど、こんな心を知って欲しくはない。
キラが伝えたいのは、そんな思い。
───明かせるはずがない…。
奥底に凝った、こんな思いは。