C.E.75 28 Mar

Scene メンデル・外周域

『───総員、コンディション・レッド発令。デーベライナー緊急発進。対艦対モビルスーツ戦闘用意。繰り返す──』

深更にけたたましく鳴った艦内警笛。追っての全艦放送に、眠りに落ちていたキラはアスランとともにベッドで飛び起きた。
次いでベッドサイドの通信コンソールが直通コールを鳴らした。キラは反射的にそこへ手を伸ばす。
「アーサー!?」
『隊長、彼我不明艦アンノウンによる奇襲です。ギンズブルグがやられています!』
モニターは開いていないが、スピーカーの向こうは緊張した声。一気に目が覚めた。
ギンズブルグはヤマト隊と同様メンデルに配備されたラコーニ隊の旗艦だ。時間的には哨戒中だったはず。そちらから緊急出動が入ったのだろう。
「艦よりモビルスーツをさきに! シンは?」
『発進スタンバイ』
「すぐ行かせて。ぼくとアスランも出る」
通話を切るとアスランが無言のままキラに制服を投げてよこした。彼は慣れたものでもう袖を通し襟もきっちりと留めている。
『三隻の戦艦捕捉、ライブラリ照合なし、ギンズブルグからはすべてガーティ・ルー級と推測。ボギーワンからスリー』
再びの全艦放送を耳にして、キラは着替えの手を一瞬止める。
「…ガーティ・ルー」
ミラージュコロイドステルスを装備していると思われる艦からの攻撃。であればおそらく───。
「ハイペリオンがくるな」
つぶやきに答えるようにアスランがそう予言した。キラはそれに頷く。
『左舷カタパルト、グフ全機スクランブル』
『フリーダム、ジャスティスもすぐに出るぞ、準備急がせ!』
スピーカーのやり取りを耳にしながらふたりは指揮官室を出た。途端、アスランが戸口でキラの腕をとる。
「一応いってみるが、キラはブリッジに…」
「だめだ、そんなの」
「……………」
譲らない表情を正面から受け取ったアスランは、着崩したままのキラの襟に手をかけながら「判った」と短く応える。
「……襟はちゃんとしておけよ」
その場で直されて、こんなときまで小言がでてくるかとキラは呆れた。
「隊長なんだからっていうんでしょ。判ってるけど、どうせすぐ着替えるじゃないか」
「……そうじゃなくて……まぁ、それもそうなんだが…」
いいながらアスランが移動レールのグリップを掴み、キラを促すように手を伸ばした。その手を取り彼の肩に掴まると、緊急時スピードで移動し始める。
「…すまない、ふざけすぎた」
「なにが?」
「見えてるから」
───ゆうべの痕が。
そこだけ小声にいったアスランがさきほどからなんの話をしているのか思い当たって、キラは心のなかで悲鳴をあげた。が、それを引き摺る状況でもなく、意識して今のやりとりを頭から追い出す。
それからすぐに通路を突き当たり、エレベータに乗ってデッキを移動する。そのあいだに難しい顔をしたアスランが「おれの指揮下に入ってくれるんだよな?」と確認をしてきた。
「まえに現場指揮は任せるっていったし」
大局をみるのは苦手だし、今はとくにものごとを冷静に判断できるか自信がない。
「判った。あとのことは展開状況をみて指示する」
アスランはキラが素直に従うと知っても様子を険しくしたまま続けた。
「──“あれ”のテストまだだったな。ジャスティスのは昨日調整したばかりだ」
「装備どうする?」
「…いや、使おう。…面倒事を引き摺りたくない。今日は全機堕とす気でいく」
彼が出撃前にこんな強気をいうのはめずらしい。こういうことはたぶん自分自身を奮起させるためにわざと口にだすようなことなのだろうが、彼はそんなタイプではない。つまり含んだ意味もなく、ことばそのままに今から実行することを告げているのだ。
表面では控えめなアスランが、その内面では大胆な気性を持ち合わせていることはよく判っている。不思議なことではない、とキラは自分にいいきかせるが、不確実な事態をいまさら思って無意識に自分の両腕を抱きしめた。
「終わらせよう、キラ」
その声でキラは顔をあげる。アスランはこちらを見てはいなかったが、それまでの鋭さをほんの少しばかり丸くしていた。
「ジェリンスキはぼくに任せて。──お願い」
雰囲気を変えたアスランに押されるようにしてキラはいうべきことを告げた。
そのタイミングでエレベータが指定階で止まり、扉が開く。アスランはキラの背を押して、今度は彼を先に行かせる。それで今の返事はとキラが振り向くと、アスランは否とはいわず、「いると思うのか?」とだけ訊ねた。
「……そうだね…いるよ…」
それだけは妙な確信がある。
いや、ある意味それは“約束”だった。「次は戦場で」といったのだ彼は。数日前の、別れ際に。アラートのロッカー室でパイロットスーツを身に着けながら、あの日の話し合いを──アスランには秘密の対話を、ありありと思い出す。決着をつけなければならない。アスランも早く終わらせたがっている。もちろんキラも…。
でなければ、もう心が保ちそうにない──。
「キラ」
呼ばれて、スーツ姿になったアスランを一瞬横に見た。自分の表情を意識しながらぱたりとロッカーを閉め、足元のヘルメットを抱えてアスランと向き合う。いま心に過ぎった弱音は押し込まなければならない。彼はグローブを整えながらキラを見ていった。
「ジェリンスキが自分でいったように“そう”、だとして…おそらく複数人、戦闘用コーディネイターが向こうにはいるだろう」
「……うん」
「こうなってくると傭兵もあり得る。そうであればさらに厄介だ。判ってるな、キラ」
硬い表情。少しの油断もするな、ということだ。アスランはいうほどキラの腕を信用していないわけではない。それはもう、まったくといっていいほどに。でなければ今頃は特務権限で艦橋に縛りつけられている。
問題は心のほうだとキラ自身が判っている。自分でもどうにもならない。どうしようもできない。彼は、アスランはそれすらも容れている。そして抑えきれない不安がこうして彼を厳しくさせている。彼にまで心に無理を強いているのだろう。それが、自分という存在───。
「……ありがとう、アスラン」
いわれて口を開いたまま止まった彼の、硬質なスーツの襟をぐいと引く。
「…キ……」
少しの抵抗を受けながらもキラは唇を合わせた。それでも触れれば丁寧に、そして少し情熱的に返してくれるアスランに…ただ、愛しさしか感じない。
襟を掴んだ手を緩めると、彼は「作戦中だぞ」と少し困ったようにいい、キラの頭をぽんと叩くようにして手を置いて、そのままモビルスーツ格納庫に通じるハッチへと促した。

まだ近い距離の、彼の横顔をそっと覗き見て、キラは心に改める。

───答えは決まっている。ぼくにはきみが必要なんだ。
きみのいない世界に、ぼくはいられない───。


キラはストライクフリーダムのコックピットに収まり、システムを起動させながら艦橋に状況を確認する。パイロットスーツに着替えているあいだにギンズブルグが交信途絶との報せをすでに聞かされていた。そちらの安否も気になるが、まずは。
「モビルスーツ確認できてる?」
『現時点で二十三。こちらへ九。艦の有効射程まで発進ぎりぎりです。ボギースリーからモビルアーマーも展開』
「なら先に出て片付ける。モニターきてない、早く」
デーべライナーが捕捉したデータをもらうと、デブリベルトでジャスティスが遭遇したハイペリオンと同じ熱紋を確認する。情報はそのまま味方全機にも共有した。
『光学で後方にハイペリオン三機確認。ブリッツっぽい先頭機体と二十秒でエンゲージ』
すでに出撃しているシンから視認での報告が入った。モニター上ではさらに捕捉数が増えている。敵の機動兵器部隊は複数に分かれる様子だ。メンデルを囲い、デーべライナーのように発進する艦を頭で叩くつもりだろうか。どうするか考えるより先にアスランがチャンネルにマイクを開けた。
『アスラン・ザラだ、戦闘指揮を執る。先行チームとギンズブルグの残存はおれとこい。フリーダムはデーべライナーの発進を援護。エターナルはシュペングラーと基地後部セクターからくるボギーツーだ。管轄際だから他国と連携しろ、だが頼るな。確実に叩いていけ』
「アスラン」
『判ってる。捕捉したら知らせる』
状況をみているのは理解しているが、さきの頼みをアスランが守る気があるのか、その確認だった。
『それに、おまえの勘なら向こうから…』
「そうだね」
確かに彼のいう通り、ロマンのほうからキラを狙ってくるであろうことは判っていた。コックピットカメラに写ったアスランを見ると、もう行くぞというように目線で合図をよこす。
『ジャスティス出る!』
インフィニットジャスティスが間髪いれず発進し、バッシュの会敵ポイントへ真っ直ぐに進んでいった。キラもカタパルトにスタンバイし、いま出撃しようとしたところで──。
『敵がさらに分散してる!こっちはおれのチームだけで足りる!』
シンがアスランに反発をしはじめたのだった。話には聞いていたが本当に指揮官泣かせだ。
───ぼくがいったこと、ほんっっとに判ってない!!
キラはとりあえずストライクフリーダムを発進させ、デーべライナーに近づくモビルアーマーをロックオンする。
「シン、そっちハイペリオンいるんだろ?!」
『やれますよ!』
「光波シールドは未経験じゃないか。ちょっとは警戒しろよ!」
『シミュレーションはできてます』
「こっちのフォーメーション指示があるんだから!」
まだパイロットたちに展開していなかったが、対ハイペリオンのマニュアルはできている。だが、キラが任せろと何度いってもシンは「できます」「やれます」の一点張りだ。
このやりとりはアスランも聞いているはずだが、なにを考えているものか口を出してこない。アスランに対して意地を張っている彼は、キラの話なら聞くだろうとでも思っているのか。だとしても面倒くさいことを押し付けられているような気分になって、キラは苛々がつのった。
「いいからアスランのいうことを聞け!たかがパイロットひとりでどれだけの責任がとれるっていうんだ!!」
『───』
たまりかねて怒鳴ったキラだが、シンは黙っている。こんなときに世話を焼かせるなよ、と心の底で悪態をつきながら、キラはデーべライナー発進の邪魔になりそうな機動兵器をフルバーストで次々と撃破していった。一掃したところで個人間通話が入る。アスランだった。
『シンには逆効果だぞ』
「判ってるよ!」
苛立ちの収まらないままアスランにまで怒鳴って返し、そこでキラはやっと腹に凝った緊張をわずかに解く。
「…口出してごめん」
『かまわない。あとは任せてくれるか?』
「……うん…」
どうやら放っておく気はなかったらしい。シンの扱いには彼なりの考えがちゃんとあったのだろう。
「大丈夫だよね、アスラン」
『ああ、問題ない』
キラに即答したアスランはそのあと全機チャンネルに変えて、シンに指示した。
『シン、チームを置いてもどれ。おまえはフリーダムの支援だ』
───ちょっとなんで?!なんでそうなるの!!!
キラは理解不能なアスランの命令替えにもう一度個人間通話を開けようとしたが。
『今回は譲ってやる。集中して死ぬ気で護れ』
と、低めの声でシンに続けた。
「─────ア……ッ」
───の、莫迦!みんな聞いてるったら、莫迦ッ!!
よくよく聞けば、それはデーべライナーを護れといっているように、ふつうはには捉えるいい方ではあったのだ。が、キラ、もちろんシンもアスランが実際には“何”を護れといってるのかすぐに理解した。
『デーべライナー発進!』
キラが動揺するあいだに旗艦が動き始め、次の敵機動兵器も迫りつつあった。シンはその後方だがこちらへやってくる。
「ったく……シン、フルバーストいくから下手に動いて当たらないでよ!」
『ハッ、冗談でしょ』
声音からすでに上機嫌な様子を察して、なるほどこれは感心するしかないとキラは思った。
コンセントレーションスコープを持ち上げてマルチロックオンする。バッシュ前方で迫るモビルスーツは八機。が、うち二機いたハイペリオンが反転し、モノフェーズ光波防御シールドを全方位展開してバッシュを襲った。
「まずい」
照準に入った六機を漏らさず墜として急ぎバッシュを追った。デーべライナーの艦砲がその横で明るい線を描く。さらに後方からボギースリーと番号を振られたガーティ・ルー級が迫りつつあった。
『っ、!! くっそアンチビームなのに!』
バッシュは二機のハイペリオンのシールドに挟撃され、近接展開になっていた。シンはバッシュ肩部特殊兵装のブレードに施してある対ビームコーティングが光波防御シールドに有効だとは知っていたようだが、新型のハイペリオンなのだから敵も知られた弱点をそのままにしておくはずがない。
猛スピードで混戦に突っ込んだフリーダムはシュペールラケルタを振り回して、敵機のうち片方の左腕にあるシールド発生装置のひとつを、“光波防御シールドをすり抜けて”払い落とした。
「こっちだって時間は十分もらったよ…!」
シールドに穴を開けた瞬間をシンはまったく見逃さず、ビームサーベルをハイペリオンの機関部に突き込んで大破させた。もう一機はそれに怯んだのか彼らからすぐ距離をとった。
『な、なんで?!』
「だから人の話を聞けっていっただろ!」
ビームキャノンの砲撃を避けながらキラはバッシュに二本のシュペールラケルタの一方を投げ渡す。
「対光波防御シールドに改良してあるから、これで」
武器・装備は双方相手の上をいく対策など考えるに決まっていて、このあたりイタチごっこではあるのだが、ハイペリオンがその強みを捨てない限り技術的な予想対策範囲は限られる。比較的短期間で対抗武器を仕上げることはでき、同じサーベルはジャスティスも装備していた。
『さきにいってくださいよ!』
「できたばっかりなの!!」
実はテストもまだだったが、とりあえず有効であることはたったいま証明された。が、警戒した残る一機は近接を許さず、弾幕で対抗してくる。さらにブリッツの改造機らしい複数がハイペリオンの援護に参戦してきた。
それを見てキラははっとした。
「シン、ハイペリオン三機っていったよね? 最後の一機は?!」
キラも確かに熱源モニターでは最初に三機を見ていた。そしてその瞬間、キラはフリーダムのなかで被弾による大きな衝撃を受けた。
「───っっ!!」
『隊長っ!!』
シンが叫んだ。すかさず少し離した距離を詰めて、続いたブリッツの攻撃からフリーダムを護る。
「……くっそ、……しまった…ミラージュコロイド……!」
フリーダムは背面にビームキャノンの砲撃をもろに受けたのだ。アクタイオン・インダストリーで固めた部隊ということに警戒が足りなかった。
キラはダメージコントロールをしながら、バッシュと交換したビームサーベルで近接していたブリッツ二機の武装とメインカメラを墜とす。
『大丈夫なんですか?!』
「ごめん、油断した。大丈夫だから」
そうはいうものの実際には微妙なところだ。フリーダムは機動性を活かすために「被弾しない前提」で装甲が弱くなっているところがあるため、攻撃を一度くらってしまうと実は脆い。それをカバーするための高機動を実現する背面部のスラスターはいまの攻撃でだいぶやられてしまった。
しかしキラはいまそれどころではない。キャノンを受けた方向に姿を表した三機目のハイペリオン。

───ロマン・ジェリンスキ…!

「……やっぱり、あなたが!」
目の前の敵に、キラは叫んだ。