C.E.75 14 Feb

Scene ユニウスワン・ターミナルラウンジ

「失礼ながら、所持品の検査はさせていただきます」
アスランは護衛官にロマンの身体検査を命じた。ロマンはそれを不快に表さず、検査機を手にした護衛官が近づくとリラックスして両手をあげる。

「かまいませんよ。必要でしょう。シードコード第一の披検体と話すには」

得体の知れない男は、すべてを知っているとでもいいたげに、非公開にされているそのひとつをさらりと告げる。キラの表情が険しくなった。

キラは、彼と話す、といったのだった。
アスランはそれを受けて、シャフトタワー内のターミナルビルにあるVIP専用の個室ラウンジを手配した。キラの決意に同意したものの、ロマンを直接目の前にしてわずかに逡巡する。彼の纏う空気はプロフィールにあった“ただのビジネスマン”ではない。身のこなしも隙がなく、殺気を知る者がもつ鋭さがあった。

手間を経て貴賓室に入ると急に静けさが広がった。軍靴の音も吸収する厚手のカーペットが設えられているせいだろう。
キラは、ロマンにひとり掛けソファのひとつをすすめると、その向かいのひとつに座った。アスランはキラの傍らに立ち、ふたりの様子を黙って見守った。護衛官は部屋の外で待機させたままにしている。どんな話になるのか、予測がつかなかったからだ。
「ジェリンスキさん。申し訳ありませんが、軍務がありますのでそれほど時間はとれません」
ロマンはキラの断りを聞いて、もの解りよさそうに軽く頷いた。
「お話というのは、シードコードに関することですか」
切り出すと、ロマンは「それよりも、まず」と返す。
「わたしが知っているということを、話さなくてはね」
「知っている、こと?」
キラの問いにロマンはくすりと笑う。
「たとえば、さきほどのような?」
アスランが先をとって訊ねると、「そう、いろいろな」とつぶやいて一度目を伏せた。
「……あなたは…、ガルシア元アルテミス司令をご存じですね」
突然問うたアスランをキラは訝しげに見あげる。彼に目配せし、すぐロマンに視線をもどした。同じようにキラもロマンを見る。
「そうだよ」
あっさりとした回答にキラが押し黙る。知らなかったのだろう。アスランも事実として知っていたわけではない。もっている情報からの結論だ。ジェラード・ガルシアがエヴァグリンと繋がっていることはキサカの報告で知っていた。そして、彼らが知り合いだということは、つまり。
「キックオフの会場にヤマトくんがいると教えてくれたのは、彼だ。ガルシアとはそう長いつきあいではないが、互いの情報はよく共有している。それでまぁ、いろいろとね……」
───キラが“どういう存在であるか”、ほかにも「知っている」といいたいのか。
やはりロマンもエヴァグリンと繋がりがあるとの確信が芽生える。狙いがキラであることは明白だ。───が、その生命かと問われればアスランは腑に落ちない。かつてジェラードが考えたように「利用」───か……。
アスランは真意を探るようにロマンを見つめる。彼は、その隠している鋭さを抜きにすれば表面上には品のある物腰だった。ビジネスの世界で長らくトップを走っていたことも偽りではないのだろうと判る。ロマンはそのプロフィールらしく、駆け引きをキラに持ちかけるつもりかもしれない。
ふたりがそれぞれに黙してロマンを見つめたままでいると、彼は「わたしはきみ自身が知らない、きみのことも知っているんだよ」といった。
「きみは自分の母親を見たことがあるかい?」
続いた突然の質問にキラがびくりと反応する。
「きみは、面影がよく似ている。ヴィア・ヒビキに」
「…ぼくの母は、カリダ・ヤマトです」
「フィジカルデータを改竄された書類上での、だろう」
「……………」
キラは、肘掛けに乗せていた両手を強く握った。アスランはその様子を横目に見る。
───落ち着け、キラ……。
彼の生い立ちについては、もとより各所へ漏れていたのだ。アスランは何度かそれを思い知らされていたが、都度キラに話すことはなかった。
禁忌だと思うからだ。三年前の、アスラン自身も知ったあの日から。
だから、キラがそのことについて───自身の生い立ちについて何を考えているのか、どう思っているのか、とくに感情の面での彼の思いを、アスランは彼に訊いたことがなかった。それを聞く権利があるのは関係しているムウやカガリだけで、立ち入ってはならない問題だとアスランは考えていた。
それがこの場で裏目にでたことを知り臍を噛む。キラはあきらかに動揺していた。
「そう、育ての“親”ともいうだろうね。でも遺伝子を直接継いでいるのはヴィアとユーレンから、だ。……いや、あまり直接…ともいい難い」
「……何をいっているんです」
「きみは、複雑な設計デザインで生まれたコーディネイターだといっているんだよ」
「何を仰りたいのか、よく、判りません」
「つまり───親近感をもっている、といいたいんだ」
視界の端にあるキラの肩が震える。アスランもそこに含まれた意味に気づいてロマンを瞠目して見た。
彼は、ラウ、レイのように。メンデルでの開発のなかから生を受けた者。それを匂わせたのだ。
「今日は腹を割って話をしたいんだ。そのためにわたしの秘密も打ち明ける」
そういってからロマンはアスランにひたと視線を向けた。
「貴国の情報部も知らないことだ。わたしの身元をいくら調査したところで判らないと、そちらのキサカくんに伝えてくれ。最近やたらとうるさいんでね」
ロマンはキラに目をもどすと、組んでいた足を組み替える。
「わたしの本当の名はロマン・ジェリンスキではない。……生まれてからもらった名はIDだけだった……」
そこで一度ことばを区切ると、ロマンは皮肉っぽい微笑みを表し、
「わたしはきみと同じメンデルで生まれた。戦闘用コーディネイターとして」
と、いった。

戦闘用コーディネイターは、当時のプラント理事国が兵器として開発した特殊なコーディネイターだ。その名の通り、戦闘能力に向けた遺伝子操作が施されており、試作期よりあとの開発ではさらに服従性行動を操作され、まさに兵器として人の扱いを受けずに誕生した者たちである。
ブルーコスモス勢力の台頭とともにその開発は中止され、ブーステッドマンなど強化人間の開発にシフトした結果、無残にも彼らは大半が“処分”されることになったと聞く。しかし戦後再び地球の旧勢力で、秘密裏にその開発気運が高まりはじめたという状況もあった。
彼らはさらに、人権上の問題から当然、公に語られる存在ではない。国、軍部でもそれを「事実」として把握しているのは上層部と一部の者たちだけだ。一般兵のなかでは「そんな噂が」ていどの認識で、それを憶測で語ることは禁じられていた。アスランは父パトリックを通じて知識しており、キラにはアスランが戦時中に教えた。敵対する勢力のなかにパイロットとして現れる脅威が少なからずあったからで、その戦闘力の高さについて警戒を促すためだった。

「初めて見るかい。“戦闘用”というのは」

ふたりの沈黙をどう受け取ったのか、ロマンは憫笑していった。彼が嘘をいっているとは思えない。そうする理由もないだろう。
「見た目にはまったく判らないだろう。持てる能力を発揮せず、フィジカルデータを改竄すれば、ナチュラルを名乗って生きていくことも可能だ」
地球上の各国内でも、コーディネイターであることを隠して生活している者が多数存在していることも、知識としては知っている。もしかしたら、知らないだけで、身近にもそんな人間がいるかもしれない。
そして、確かにオーブの調査で知り得たなかからは、その偽りの出生はもとより、ロマンがナチュラルであることを疑うものが何もなかった。若くして複数の企業を経営する有能な実業家ではあるが、それはコーディネイターでなければ成せない偉業というわけではない。
「“ふつう”にしていれば、コーディネイターとナチュラルとの差異など実際には瑣末なことだから、それもできる。いわゆる一般的なコーディネイターの設計自体がそのレベルであったのだし、または技術の点においても、自然に生まれることでの偶然性と何ら変わらない、設計通りに誕生しない事実があったのだから」
ロマンの講釈が続く。キラからは口を挟む余裕も感じられない。その理由はアスランにも判る。何故なら、ロマンはエヴァグリン、ブルーコスモスの疑いがあるからだ。彼がコーディネイターであるならば。では、彼はキラに何を───?
「……だからこそ、きみとわたしのような者たちは、そこが本質的に異なるということが判るだろう。“ただのコーディネイター”と同じであるはずがない」
「……………」
キラは沈黙したままロマンを見ていた。
───これはよくない話だ。キラには。
キラの孤独を煽り自分に引き寄せようという思惑が見て取れる。キラがそれに気がつかないはずはない。だが。
「が、親近感をもっているのは、ヤマトくん」
ロマンの話には続きがあった。
「我々の生まれの特殊性だけではない。きみがSEEDに着目した慧眼にこそだ」
意図が読めなくなったロマンを注視する。キラからも戸惑う雰囲気を、アスランは感じていた。
「あなた……機構に…関わってるって、いってましたね」
訊くべきことを思い出したように、キラが乾いた声をだす。キックオフ・ミーティングに参加していたことは、自身で語ったことからも判っている。あの場にいた、というだけでただの関わりではないことの証左だ。このまま彼を関わらせておくことに危険を感じる。が、そのあとは思わぬ展開になった。
「そう、大洋州連合の政府と、公にはしていないが、その他にもいくつかの国と企業の出資に協力しているよ。だが申し訳ない。近々それらはSEED研究開発機構から手を引く予定だ」
「───え…?」
「SEED研究に関する他の出資先ができるからね」
「…他の…?」
腰をあげかけたキラの肩を抑える。アスランを振り仰いだキラに、彼は答えた。
「動きがあることは聞いている」
「……………」
プラントとオーブの発言力に反抗する勢力が、対抗する目論見のあることはマルキオからの情報にあった。それでも、親プラントの大洋州連合が離反することまではそこになかったはずだ。アスランはしまったと内心思ったが、平静を装ってロマンに問うた。
「仕組んだんでしょう。あなたが、かどうかは、判らないが」
そこまで告げてキラがはっとする。
「……アルテラ…ッ?!」
凝然とつぶやいたキラを見ながらロマンは黙っていた。その口元だけを薄笑みに歪ませて。
「どうして、そんなことを!!」
「……提唱者を引き入れたというだけで独占したつもりだったのか? あれはもう彼の手からすら放れた、人類全体の命題なんだよ。大小を問わなければ既存の関連研究機関などいくらでもあるし、これからもでてくるだろう。だから忠告をしておく。正直、コーディネイターにばかり都合のいい研究では困るんだ。人類の大多数を占めるナチュラルが喜ぶような話を、きみたちはいったいどのくらい用意できている?」
アスランとキラの問いには答えず、ロマンはキラを責めた。
「ぼくらがバイアスをかけてるっていうんですか?!」
「きみがザフトに出向までしてコーディネイターに限定した研究艦など作ったのがその証拠だろう」
「それは、コーディネイターに発現者が多いからで、」
「そうではないよ。知っているくせに。SEED因子は地球重力圏外での出生が関わっていると。母数が多いだけということをきみたちは隠している」
「それは……! 違います!」
正直、痛いところを突かれていた。隠していたわけではなく、公表するだけのデータがまだ充分ではなかったのだ。ロマンのいっていることは真実で、キラがいっていることも詭弁ではなく、彼が事を成しやすい道を選んで進んできただけのことだった。
「ぼくは───コーディネイターのためだけの研究をしたいわけではありません!」
「そうか。では、気がついただろう。きみは自分の思惑でものごとを動かしているつもりでも、実際には狡猾な周囲の掌のうえで踊っているだけだということに」
「……誰が、そんなことをしてるっていうんです?! プラントですか? コーディネイターがまたナチュラルに敵対するとでも?」
「───キラ」
アスランはキラを再度制した。コーディネイターとナチュラルの対立は難しい問題だ。キラが今、ザフトに身を置いている以上、軽々しくそれを口にしてはならない。
「メンデルを動かす理由にもなっているじゃないか。きみらはここへきてまだ、“量産”したいんだろうコーディネイターを。宇宙に対する人類の革新を隠れ蓑にしておきながら、いずれはそれを潰す気だ。自分たちの存在意義のためにね」
「そんなことプラントはしませんよ! SEEDとは別にコーディネイターがコーディネイターとして続くことを考えて、何がだめなんですか? あなたも…コーディネイターでしょう。どうしていずれ潰すだろうなんてこと、いうんです!」
不安の表れた声。キラは両の手に固く握りこぶしをつくって震わせていた。

「……では、訊こう。人を人とも思わず開発して造るなどという奢った行為。その結果としてのわたしが、その“製造”が続くことに反感を抱かないと、なぜ思う?」
ロマンはいいながらソファから静かに立ち上がった。

「わたしは、“青き清浄なる世界のために”に生きる者だよ。きみはどうなんだね?」

「……………」
キラは再びことばを失っていた。呼吸をしているのかも判らないほど静かになったまま───。そんなキラを一瞥し、ロマン・ジェリンスキ…と称する者が、部屋を出ていく。
「……だって…コーディネイター……なんでしょ?」
閉じた扉を見て、やっと声を発したキラ。だが声ともいえないほど小さく、吐息と変わらないような音だった。
ブルーコスモスにコーディネイターがいないわけではなかった。いずれも彼のように自分の出自への嫌悪を露わにし、ナチュラルよりも過激になりがちだという事情も事実としてあった。もとより彼はそれを疑われ、疑った通りのことが、今この場で確信となった。だが。
「…そんな……アスラン…でも、ぼくは───」
キラはアスランに何かをいいかけたようで、だがそれきりまた黙ってしまった。
“親近感がある”という者の真意を知って、自分も同じだと、あるいは決して同じではないと。肯定か否定か、何かいい訳を口にしようとしたのではなかったのか。
アスランは訊かないままにしていたことを後悔していた。
彼がシードコードを始めたのは。そこへ駆り立てたのはなんだったのか、と。