C.E.75 14 Feb

Scene ユニウスワン・追悼式典会場

広々とひらけた視界に入ってくるものは、真っ直ぐに伸びる一本の四角柱。白いその棟は、地面近くで末広がりのなだらかな曲線を描き、巨木が大地へ根を延ばしているようにも見える。
棟の先端にある大きな鐘が時間を表して鳴り響いた。
“血のバレンタイン”で亡くなった人々の家族や親族、あるいは仲間といった者たちが一堂に会す今日ばかりは、後ろを振り返り泣くことを許される。人々は棟に向かい黙祷し、還らない命を悼んだ。

昨年は戦乱の最中にあって、追悼式典の会場となったこのユニウスワンまで訪れることができなかった者も多かった。アスランもそのひとりだ。アークエンジェルとともにコペルニクスにいた頃で、式典を映すテレビの映像でこの光景を見ていた。
その前年もそのまえも、プラントへは容易に行けない身にあり、さらにその前年はやはり大戦中にあって、追悼式に参加したことは今日まで一度もなかった。
アスランも鐘に合わせそっと睫を伏せると、心の中で今日までの不義理を母に詫び、ただひたすらに彼女の死を悼む。ふだんは優しく思い出される過去のさまざまなことも、今このときは心の痛みが伴った。

───この悲劇を繰り返さぬ。

父パトリックをはじめ、各国の為政者が口々にいったものだが、そういう者らの手にもよって、血のバレンタイン以降も殺戮は重ねられている。この痛みと現実を決して忘れてはならない。
───ここにいる誰もが、そう思っているはずなのに。
世界はアスランの望むように動いてなどいなかった。コペルニクスでのキラとの平和な生活を忘れ、復讐のために入隊した過去のある彼が、そうして怒りに掻き立てられることを知っている者が、どうやってその他者の同じ怒りを鎮めることができようか。理解できるからこそ難しく、それができた試しもない。
だが、諦めてはならないということだけは判っている。イザークの勧めるようにプラントへ正式にもどり、政治に関わり、国を変え、関係する国にも影響を与えていく。彼はそれがもっともな手段だといい、アスランにそうするだけの力があるといってもくれる。だが、アスランには───。
アスランが彼の右隣を窺うと、傍らのキラは真っ白な慰霊塔を見つめていた。オーブで迎えたこの日の二度とも、アスランは近くの浜辺で黙祷を捧げてきたが、いつも傍らには彼がいて、同じように水平線の向こうを見つめていた。母を亡くした痛みも虚しさも、黙ってつき添う彼の存在に慰められたように思う。今年もキラが傍にいることに感謝を捧げ、その気持ちを伝えようと微かに触れていただけのキラの手を握った。見上げてきた彼の目は少し潤んでいたけれど、何かを思う力強い色もたたえている。アスランはその見つめる瞳に勇気づけられた。
アスランには、キラの傍らを離れることがもう考えられない。何かを成すべきだというのなら、彼の横でそれを成したい。彼がなくてはもう何も行動することもできないと思うのだ。

追悼式が終わると三々五々に人が散らばり、無秩序に動く波に少しばかり翻弄されそうになる。アスランは握ったままのキラの手を放さないように引き寄せて肩に腕を回した。
「うわっ」
強引にその細い身体を振り回したので、驚いたキラが声をあげた。
「…ごめん」
乱暴にしたことを謝る。ザフト関係者だけで固まったこのあたりといえども、各方面から人が集まるこうしたイベントの中では警戒が必要だった。できるだけ早く人に揉まれる状態から逃れようとする。人の流れの脇に避けると、護衛官が彼らを見つけてすぐに寄ってきた。
「キラ、艦にもどろう」
「…え、いいの?」
このあとには追悼慰霊のイベントが引き続き催される。アスランは返事をするまえにキラを促しながら歩き出した。
「ソトの状況のほうが気になる」
それに、とアスランは続ける。
その視線の先には、ごく最近、データで目に焼きつけた人物がひとり立っていた。
キラもすぐに気がついたようで、肩に添えていた手にほんのわずか、びくりとした震えを伝えた。
「………ロマン・ジェリンスキ。……どうしてこんなところに…」
キラがほぼ口の中だけでつぶやいたことばを、アスランはしっかりと耳にしていた。
ロマンはあきらかにこちらを見ていて、愉快とも思えない印象の微笑みを向ける。次にはこんにちは、と、声もかけてきた。アスランとキラは歩みを止めて距離をとった。それを構いもせずに、彼は自分の用件を一方的に告げる。

「今日は、キラ・ヤマトくんに話があって、きました」