C.E.75 12 Feb

Scene L5軍事ステーション・デーベライナー

「おまえ本当に自分の立場が解っていないな?!」
「あーっもう、うるっさい!」
艦の作戦指揮官二名があたりはばからず、怒鳴り合いながら艦橋脇の作戦室から出てきた。キラとアスランはそのまま口げんかをわあわあと続けながら、艦橋を素通りして出ていく。
アーサー・トラインはじめ、ブリッジクルーは呆れながらそれを見送った。ドアが閉まると、アーサーはため息混じりに「まだ若いんですねぇ」と苦笑する。と、同時に艦橋のドアがふたたび開く。
不機嫌もあらわなキラが無言で室内にもどり、艦橋中央の隊長席にどっかりと座った。アスランはその背後から腕組みをしてキラを睨んでいる。
「アーサー、フライトチェック」
「ア、アイ、ヤマト隊長……?」
ふたりの雰囲気にのまれて困惑気味に返事をする。キラは席の通信コンソールを操作して全艦放送をはじめた。
「……こちらキラ・ヤマト、」
「“キャプテン”といえ」
「───こちらキャプテン、キラ・ヤマトッ」
努めて平静な声を装っているようだったキラだが、アスランの細かい手順指摘であからさまに荒い声音になった。こんなに判りやすく変わるキラを、アーサーは初めて見るかもしれない。
「今からヤマト隊は、ユニウスワンへ“血のバレンタイン”追悼式の警護任務に向かう。オールデッキ発進準備。───これで満足した?!」
「当然だ」
通信スイッチを切るなり背後を振り返り、キラはアスランに怒鳴りつける。アスランはそれを冷ややかに受け流したが。アーサーはそのまえに受けた指示実行も忘れ、はらはらとふたりを見守っていた。キラがくるりとそんな彼に向き直る。
「アーサー、あとお願いしていいですか?」
「……了解であります、隊長」
アーサーにかけた口調はいくらか普段どおりにもどしたが、キラはすぐにむっつりとして椅子を降り、そのまま無言でふたたび出口に向かった。アスランが遅れずそのあとを追っていく。
「……………」
「けんかばかりされていますね」
口をぱかりと開けたままになっていたアーサーは、声をかけられてはっと我に返った。アーサーが立つ傍にいた操舵士が、おろついている艦長を気の毒そうに見ながら「フライトチェック、終わってますよ」といった。彼がすすめてくれたようだった。
「あー…いやぁ、すまんすまん……」
アーサーは艦長席に落ち着きながら「なかなか刺激的な艦だね」と空笑いした。

『繋留アーム、解除オーケー。管制指示オールクリア』
『外部慣性制御外せ。スラスター点火。──デーベライナー発進』
操舵士とアーサーのオペレーションが艦内に流れている。通路を進むふたりは、艦橋を出てからは口を閉ざしたきりになって、デーベライナーの発進シークエンスを聞いていた。だがその表情は冷めない苛立ちで双方ともに険しいままだ。すれ違う兵のうち勘のよい者は、ふたりに礼をしたあと、去っていく彼らの背中をちらりと見た。それだけ険悪な雰囲気を纏っていた。
「どこへ行くんだ」
指揮官室のある第三デッキへ向かっていると思っていたアスランは、キラがエレベータで第二デッキのボタンを押したのを見てそういった。
「食堂。きみ食べてないんじゃないの、まる一日くらい」
だから苛ついてるんでしょ、と続けていった。
「関係ない。……苛ついてもいない。おまえが、」
「もう判ったから、アスラン」
到着を知らせる「ポン」という軽快な音が鳴ったと同時に、アスランの手がエレベータの停止ボタンを押した。エレベータはそのままがくりと止まり、キラは怪訝な視線をアスランに投げかける。しかし彼は何もいわず、こわばった表情でじっとキラを見おろしていた。さきほどまでの苛ついた様子は消えているが、上機嫌でもないことは確かだった。
「だから、ごめん」
キラとしては、護衛官をつけシンも連れての外出が迂闊な行為だったとは露ほども思ってはいない。けれど結果としてアスランを心配させたことは判っているので、キラはそのことを謝った。
アスランにしても、どちらかといえばキラの外出を問題にしているのではなく、目が届かないあいだに起きることに対して、自身に抜かりがあったと憤っている。
「おれがいないあいだくらい、おとなしくしててくれてもいいだろう」
困ったように眉根をよせていうアスランを見て、キラが唐突に声を出して笑った。
「なんかきみさ。昨日見たドラマと同じ台詞いったよ、今」
「ドラマ?…そんなもの見てたのか」
「暇だったんだもん。昼メロ。浮気症の恋人におんなじこといってた、主役の女が」
「……っ、なんだよそれは」
大笑いしながらキラは停止ボタンを解除する。エレベータのドアがすぐに開いた。先へ出るキラに「くだらないものを見てるなよ」と不満をいいつつ、アスランがそのあとを追った。

食堂に着いたふたりは、その一画に備えつけてある軽食用の自動給仕機に向かった。朝食の時間帯には早すぎるため厨房に人影はなく、広い食堂内にもふたりばかり見かけるだけだ。アスランは給仕機からサンドイッチをワンセット取り、キラはコーヒーボトルをふたり分手にして手近な席に並んで座った。
「ユニウスに着くまで仮眠もしておいたら? 睡眠もずっととってないでしょ」
久しぶりの食事に感動もなく黙々とサンドイッチをつまむアスランを見つめながら、優しい声でキラがいった。双方の雰囲気はすでに穏やかになっていた。
「いや、少しは寝てるし……大丈夫だ」
気遣うキラに微かな笑顔を表してアスランは答える。その柔らかな笑みを受け取りながらも、少し沈んだ声音でキラは本音をいった。
「……ぼくだって、ぞっとしたよ。襲撃されたなんて……」
ジャスティスを操るアスランが無敵なのは知っているが、それでも予想しなかった報告を受けてキラは身震いした。
いまだ正体のぼんやりとした敵は、このデーベライナーに緊急で着任したにも関わらず、ジャスティス──アスランも含めてターゲットと認めているのだ。こちらはよく判らないことばかりなのに、敵はおそらくこちらをよく知っている。その敵はエヴァグリンと定めていいのか、もしくは別なのか、複数いるのか、ロマンは何者なのか、一度に押し寄せたできごとに混乱しかかっていた。
「敵はミラージュコロイドを装備した戦艦も持ってる」
コーヒーをひとくち飲んでから、アスランがそうぽつりとつぶやく。その横顔は、さきほどもどった穏やかな様子がまた消えていた。
「おそらく近くに隠していただろう。モビルスーツだけでそうそううろつくものでもない。それに引き際を見ても、あれは試験運用を兼ねてる───ふざけた話だ」
刺々しく嗤笑して顔を俯けた。
キラも、アスランに向けていた視線をカップに落とし、まもなくおこなわれるイベントを心配していた。
14日は“血のバレンタイン”の追悼慰霊式典がある。プラントの要人や地球各国の代表などが、ユニウスワンの会場に集まるのだ。これまで現れた敵が同一であるならば、またもや奇襲などのテロ行為で注目を得ようとするのは想像の範囲だ。もとより、かなり厳重な警戒が敷かれることになってはいるが、これで少しの油断も考えられなくなった。
───本国に追加配備を進言しよう。アスランが式典に出ないとかいいだすまえに。
このイベントで、デーベライナーもユニウスの警戒配備となっていたが、遺族のアスランは式典への参加が認められている。各隊隊長は任意となっているので、キラも同行するつもりだった。
「……アスランは、とにかくもう休んで。報告はぼくが出しておく」
「すまない」
キラは、アスランの左目をわずかに隠す前髪をそっとはらった。続いた緊張と寝不足でなのか、指に触れた額が冷えていた。