C.E.75 10 Feb

Scene 地球低軌道・インフィニットジャスティス

地球の大気圏を離脱し、インフィニットジャスティスからブースターを切り離すと、アスランはそのコントロールを地上のオーブ宇宙管制センターへ渡した。センターの受信を確認すると、まずの一仕事に息を吐く。ここからザフトのステーションまでまる一日半の孤独な航行。まもなく近づくデブリ帯はマニュアルで対応する必要があるが、そこをやり過ごせば基本的にはジャスティスの自動操縦だけで頑張ってくれる。
気が急いてはいたが、カガリにも窘められ、ヤマト夫妻と過ごす時間も少しだが取ってきた。キラの様子を訊かれ「元気です」としかいえないことにずいぶんな歯がゆさを感じたが。
元気──健康体であることは事実だが、実際のところキラの周囲は落ち着く気配がなく、そのことが悩ましい。
───こんなこと、長くは続けさせられない。
キラは心理的な圧力や攻撃に本当は弱い、とアスランは思っていた。大胆な振る舞いを続ける彼に周囲はそう思っていないかもしれないが、素は繊細だということを長いつきあいのなかで知っている。おまけに、他人に対して容易に壁をつくるようになってしまった。見た目には判りにくい、心にほんの小さな距離を感じさせるような壁を。それはまさに自身を守るための防壁だと思っているのだが。
そのことにアスランは先の大戦中、プラントからキラのもとにもどって以降、薄々と気がついていた。アスランに対してもその態度が同じだったから。
どんなに心を砕いて口説いても、伝わってはいるはずなのに、キラの心を覆う薄い膜のようなものが取り払えない。恋人の関係になり、アスランにすっかり身体を預けるようになってもそれは変わらない。
キラ自身にその自覚はあるのだろうか。それもアスランにはよく判らない。
───このままだとおれも自信をなくすな…。
三年は続いている奮闘を思って難しい顔のまま、操縦桿を握り直した。光学モニターにデブリの群れが見えている。

その途端、アラートが何かの接近を告げてけたたましく鳴り響いた。
「───?」
PAレーダースコープを確認すると、自機の位置を示す中央にふたつの光点が高速で近づきつつある。熱源の規模はモビルスーツのようだが、“彼我不明機アンノウン”を示していた。ザフト、オーブ軍のデータベースにない機体だ。
「IFF反応なし……艦影もなし。モビルスーツだけでうろつくような宙域じゃないだろう…」
アスランは自分を棚にあげてつぶやく。
「どこかの国の試験航行か? フライト情報はないようだが……」
短距離指向性のレーザー通信を向けて、接近する彼らに声をかけてみるがこれも応答がない。光学映像で視認できる距離になると、それを見たアスランは戦慄した。

───ハイペリオンか!

アルテラでボルテールを急襲した機体とはまた異なっているが、同系統であることは間違いない。同じ正体とも知れないが、この状況で彼らが何をしに現れたかなど、容易に予測がついた。それを裏切らず二機のハイペリオンからロックオンがかかる。
「くそっ」
アスランは素早くジャスティスを旋回させて“敵機”に掃射のタイミングを逸らせる。しかし、反応よく彼らは左肩部に備えたグレネードランチャーから連射した。ジャスティスは旋回を繰り返しながら弾のいくつかは高機動で躱し、残りはビームライフルで撃ち落とす。だが、彼らは懲りずにジャスティスに向けて次から次へと雨のように撃ってきた。
「何者なんだ!?」
いらえがないことを判りつつ叫ぶ。正体を知るために、できればパイロットを生かしたまま捕らえたい。だが相手の操縦を見れば、かなりの技量を持つ者であることが判る。それを二機相手にしては、アスランも手加減する余裕などなかった。
ハイペリオンは左右に分かれて腰部の高出力ビームサーベルを抜き放ち、ジャスティスを挟み撃ちにしてきた。
今までに見ない長大なブレードにほんの一瞬間合いを見損なう。だが、アスランは勘働きでそれをすれすれに躱した。二機目のハイペリオンに、避けた姿勢から流れるように回転して脚部のグリフォンビームブレードを食らわせる。サーベルを持つ左腕が砕けて爆発した。間も置かずに、回転しながら手にしたビームサーベルを今度はサブマシンガンを持つ相手の右腕に振りおろし、直後にジャスティスは一機目のハイペリオンへ突進する。その背後でサーベルに分断されたハイペリオンの右腕が吹き飛ぶ。
そこまではまさに一瞬の動きだった。敵機のパイロットはそのスピードに目を剥いているに違いない。
ハイペリオンはモノフェーズ光波防御シールドを展開されると厄介だった。ふつうであれば、中距離を保ってシールドを展開しつつ戦闘をおこなうのがこの機体の有効な使い方だ。さいわいにも向こうからこちらに近づいてきたおかげで、近接戦闘を得意とするアスランのペースとなっていた。
しかし、突進した一機目のハイペリオンは寸でのところでその光波シールドを展開する。
「───ちッ!」
アスランは咄嗟にジャスティスのシールドを前方に突き出した。同じ光波防御システムの盾と盾がぶつかり合い、その衝撃に双方が跳ね飛ばされた。
姿勢を制御すると、効力がないと知りつつライフルを構える。だが、二機のハイペリオンはそのままもときた方向へ去ろうとしていた。
───どうする、追うべきか…?
アスランはだが、迷いの一瞬後に決断して深追いをやめる。今は一刻も早くキラのところへもどることが最優先に思ったのだ。
シールドを展開したハイペリオンは、両碗を削がれたもう一機をシールドの内に保護してスラスターを最大出力にふかした。ジャスティスを警戒したまま遠ざかっていく。アスランはその姿を見ながらつぶやいた。
「……何故地球の機体に……」
機体の動きを見れば、それがナチュラル向けのものではなくコーディネイター用のオペレーションシステムが搭載されていると判る。そのうえで、高いレベルでの操縦技術は、搭乗者がコーディネイター、あるいはエクステンデットであることを表していた。