C.E.75 3 Feb

Scene デーベライナー・第一作戦室

「──あった」
キラは繊細に見える指をキーボードに滑らせて、データベースからひとつの機体データをピックアップした。作戦室を占める筐体の空中投影ディスプレイに接続し、その場にいるアスランとイザークに示す。そうしてから、デーベライナーの外部カメラにレコードされた映像をスチル操作して一部分を拡大し、そこに映った所属不明のモビルスーツと、先に示したデータをディスプレイ上に並べた。
「……だいぶ違いは見られるけど…ハイペリオン、でしょうね…」
「ユーラシア……か」
キラの見当にイザークがつぶやく。ハイペリオンシリーズはユーラシア連邦がアクタイオン・インダストリー社と共同開発した機体だ。そのうちのハイペリオンGは一度制式採用され量産機となったが、陸戦型のそれと件の所属不明機は大きくかけ離れている。アルテラの外でデーベライナーとボルテールらを急襲したものは、どちらかといえば三機のみ製造されたという試作機に近い。いずれにせよ、データベースにある設計からはかなりの改造が加えられ、機能性能ともに向上はしている様子だ。
イザークがキラの手元のコンソールを横から操り、外部カメラの映像を操作する。機体を覆う八面体の光を前面に翳したハイペリオンの映像が映った。
「モノフェーズ光波防御シールドですね。展開時間からみてもこの機体は核エンジンを積んでるんでしょう」
光波シールドは、ストライクフリーダム、インフィニットジャスティス、バッシュの盾にもその技術が使われている。だが、ハイペリオン独自にして最大の特徴としては、それを全方位展開可能となっていることだった。かつての“アルテミスの傘”のモビルスーツ版というわけだ。光波シールドの内側からは攻撃が可能なので、理論上は無敵の機体だ。
「単機で乗り込んでくるだけのことはあった」
投影された機体に視線を固定したまま、イザークがいった。

ボルテールが急接近するその熱源を感知してから、ほんの二十分間ほどの戦闘だった。ハイペリオンは一機で現れ、ジュール隊の機動兵器部隊を翻弄した。艦への攻撃はすべて防いだものの、出撃したザク二機を中破させ、現れたときと同様に突然この宙域から飛び去っていった。
「機体の性能もさることながらパイロットも並の腕とは思えない。プロではないだろうが、戦闘技術はかなりのものを持っている」
戦闘映像を流しながらイザークが感想を漏らす。キラは、パイロットが巧みに機体操作するさまに見入った。
プロの人間じゃないと思うのはどうしてですか、イザーク」
「戦術が稚拙だった。これだけの腕がありながら戦闘経験は浅いように思う。おそらくマニュアルも知らんだろう。そんな動きだった。……いい訳をするようだが、それが余計にパイロットを混乱させたようだ」
キラの質問に淡々と答える彼は、途中そこから視線を外してキラを見た。意味ありげな雰囲気だ。かつての互いの戦闘のことでも思い出しているのかもしれない。
「この件については、おれのほうから報告書を提出しておく。──では、そちらの報告を聞こう」
キラの背後に控えるアスランに目線を移しイザークは冷静な声でいった。だが、その眼差しはきつい。
抑揚なく話し始めたアスランの声が耳に入ってこない。キラはことの顛末を思って頭がいっぱいになっていた。

特殊部隊がアルテラ基地へ乗り込んだとき、すでにテロリストたちの姿はなかった。モビルスーツ戦が始まった時点で撤退し、コロニー外での撹乱でその包囲網を逃れたのだろう。
基地内は凄惨な状況だった。
襲撃のごく最初に化学兵器を使われた痕跡があった。兵はもちろん、兵站任務に従事する軍属を含めて見境なく、基地に勤めていた総勢三百名余の半数以上が、即効性の毒ガスによって死亡した。自然分解の速い型だったために一命をとりとめた者もいたが、救出までに時間がかかったこともあって回復の見込みがある者は少なかった。
さらに、ヤマト隊と戦闘した基地配備の機体、十二機に搭乗していたのはいずれもアルテラ基地に所属するパイロットであることが判明した。
存命したパイロットから聴取した内容を要約すれば、パイロット棟に銃器武装の集団がどこからか押し入り、催眠ガスのようなものを撒かれ昏倒、意識を回復したときには全員が拘束されていたという。途中、グループに分けられ、隊長格を含む一方はその後を知らないといった。突入部隊の調べで、彼らは別棟で銃殺されているのが確認されていた。
次に動きがあった頃、つまりキラたちが到着すると、コロニーを“人質”にジンへの搭乗と戦闘行為を強いたとのことだった。
証言を聞き慌ててコロニーを破壊する規模の爆弾、あるいはガス兵器というものを捜索したが、内外部ともどこにも見当たらなかったのだが。
テロリストのその狂信的に思える表情には、ともに自爆も厭わない様子があったという。ガスによる基地内の凄惨な様子もモニターに見せつけられた。パイロットたちは、彼らの言を疑う余裕などなく、いわれるままに機体を操縦することになったのだった。

───反吐が出る。黙って聞いていたイザークは端正な眉をぴくりと歪めて、そう呟いた。
キラは視線を上げていられず、俯く。イザークを向いていたアスランが、背後でキラに顔を向けた気配を感じる。
「……銃撃してきた連中だが」
アスランはだがすぐにイザークへ向き直し、続けてターミナルのエレカポートでキラとアスランを襲撃してきた者たちの話を始めた。
確認できた人数は八人、アスランの応戦で致命傷に至ったものは二名だったが、残りはいずれも歯に仕込んだ毒薬カプセルで自害していた。気を失っていただけの者もいたが、病院に運ばれ意識を取りもどした直後に舌を噛んでやはり果てている。テロリストの拘束手段について病院への指示が足りなかった、とアスランは自身の手抜かりを告げた。
「……どこも手が足りている状況ではなかった。きさまの第一の責務は果たしている。それで満足をしろ」
第一の責務とは、キラを護ることをいっているのだろう。ぶっきらぼうなものいいではあったが、彼なりの励ましのようだ。それに、真面目なアスランの性質をよく知ったいい方をする、とキラは思った。もちろん、それで彼は満足などしないのだろうが。想像した通りを表すようにアスランは黙って目を伏せた。
「どちらにしろ、そんな連中は口を割りはしないだろう。それよりも“つながり”がでたんだろ。さっさとそれを話せ」
いずれも所持品の共通点から基地を襲ったグループと同じ構成員と判明しているが、それとは別にアスランは彼らに見覚えがあったという。アスランはキラの斜め背後からコンソールに手を伸ばした。そうしてディスプレイに次に表示されたのは、顔写真入りの人員リストだ。
「モルゲンレーテで勤務していたエヴァグリンの構成員だ。……オモテには出さないだろうが、他にも主義者の職員はいるだろう。ブルーコスモスであることそれ自体は問題ではない」
「問題をおこさなければ、な」
「そうだ。……すでに昨年の話だが、所内の同僚から活動家らしいという密告を受けて、局内でのスパイ容疑があがった。最初に疑われたのは二名だったが、捜査を進めるうち最終的に八名を潜入者として国外追放処分にした」
話しながらアスランが次々と画面を切り替える。そこには監察部門の調査報告にあった証拠品や、連行される関係者の映像が流れた。最後は処分命令らしきキャプチャーで終わる。アスランはそのまま、ディスプレイの電源を切った。
「やはりオーブは甘いな。なぜ処刑しない」
イザークの酷薄なものいいにキラは思わず顔をあげて彼を睨む。同時にアスランが、こころもち声を大きくしていった。
「いうな。オーブの立場はブルーコスモスに対して微妙なんだ。首長会の政治的判断があって、この事件は公にもしていない」
「そうだろうな」
イザークはキラには気づかない様子で───いや、気づかないふりをして、軽い返事でその話を終わらせた。内心、苦笑いでもしているのだろう。キラは下唇をわずかに噛み再び俯いた。
「顔の割れている人間を“残す”あたり、推して知るべしだな。…先駆けしたのはそちらだと聞いているが」
「始まりはモルゲンレーテだ」
キラを揶揄した言にアスランが即座否定を示す。
「各国でのテロ活動の証左がわずかだが表面に出始めている。いよいよ隠す気がなくなってきたんだろう。組織規模も大きくなったことだしな」
彼のその声がさきほどよりさらに、少し大きく鋭くなったことにキラははっとした。
「オーブよりプラントはどうなんだ。デーベライナーの進宙式より以前から、ヤマト隊が情報機構の脆弱性を指摘しているな。ナチュラルの潜入が容易でないと思って、油断してるんじゃないだろうな」
「先の大戦でコーディネイターのブルーコスモスへの協力者も確認している。油断などあるものか。そもそもが、それを見つけたのは、きさま狙いでエヴァグリンがこぞって寄付いてきたからだろうが」
イザークは話の半分をキラを見ていったが、その途中でアスランがキラを押しのけ、ついに彼のまえに出る。
「知っててキラを引っ張ったのはプラントだろう!」
「アスラン」
───もういい、というように彼の背を静かに撫でる。アスランはすぐに、怒らせた肩を鎮めた。
「……すまない。おまえの関知することじゃなかった」
アスランは深く息を吐いて、静かにそういった。謝罪されたイザークは、……この部屋にいるあいだずっとそうだったが、変わらずの感情を見せない面差しをしていた。アスランからもディアッカからも、「癇癪持ち」と──冗談交じりではあるが──評されていた人物とは到底思えない。少なくとも、キラはそんなイザークを見たことがなかった。
「…………とはいえ、ザフトがキラ・ヤマトを護るという密約は、関係する隊長格には下知されている。他国の将官というたてまえではあるがな。…判るな?」
おれはきさまを護らねばならん、とキラをまっすぐに見つめながら話す彼は、正しく軍人なのだろう。だが、今からいわれることが判ってしまって、ついアスランと似ているな、と思ってしまった。
「おれが苦言したいのは、何かするならひとりで勝手にするな、ということだ。ラクス様の配慮に今回きさまは断りをいれたが、次からはそうはいかんぞ」
「───はい」
キラの素直な返事にイザークは一瞬目を瞠り、アスランは不審げに後ろを振り返る。それらに少しばかり微笑ってみせた。
「……自分だけで何かどうにかできるなんて……思ってないよ、最初から。でも少し、油断ていうか…過信はしてたかも。ごめんなさい」
「キラ」
「……アスランも、ありがとう。きてくれて」
「……………」
アスランはキラを見たまま動きが止まっていた。そんなにも意外なことだっただろうか。それはそれで、少し悔しい思いはするが、彼がキラを心配して追ってきた、そのこと自体には感謝と喜びしかない。
「まもなく大洋州連合の艦が到着する」
イザークが軽く咳払いをして話題を変えた。彼は次の動きをどうするのかを、訊ねていた。
「部隊を少し残します。ぼくたちは一度プラントにもどって、この先どうするか……考えないと」
だが、キラはエヴァグリンを追う決意を固めていた。
「判った。アルテラの監視にはおれの隊を貸そう。──アスラン、大洋州連合がくるまえに“あれ”は何とかしておけ」
そのひとことに、わずかに解けていたアスランの背中がまた鋭い気配をとりもどした。キラも不安を甦らせて、顔がこわばるのが判る。
ではもどる、といって波紋を落としたイザークは踵を返す。そのまま作戦室から去っていきアスランとふたりきりになると、キラはそっと息をついた。

アスランはキラの反対を押し切り、アルテラ州知事をデーベライナーに出頭させ艦内に軟禁していた。尋問するつもりなのだ。
友好国の民間人を本国の承認なしに拘束したとあってはアスランの立場が危うい。
キラの心配を無視して、アスランはキラと目を合わせず黙したまま、部屋から出ていった。