C.E.75 3 Feb

Scene デーベライナー・勾留調査室

ザフト戦艦の寂しげな一室に、アルテラ州知事ディビッド・オルターは招かれていた。招かれた、といっても、任意同行という要請でほぼ連行されたに近く、ドアの外には武装した兵が立ちはだかり、自由に部屋から出ることを許されてはいなかった。
───何故こんなことになってしまったのか……。
ディビッドは自分の身に訪れた災厄を嘆いていた。アルテラはコロニーとして本国からも独立した距離に位置し、これまで戦火に巻き込まれることもなく平和だった。ザフト基地を受け入ることになったときも、さまざまな条件を課してプラントにとって大きな拠点とならないように工夫した。
しかし、重要な拠点とならなかっただけに、基地引き揚げの話が持ち上がったのが二年ほど前。今となっては、本国からの支援だけでは心許ない。コロニーの運営が立ち行かなくなる。日々、それに頭を悩ませていた。
しかも、そのために試した手段の結果がわるく、ザフト基地の引き揚げは今すぐにも現実となりそうな状況に陥ってしまった。状況が明るみになった今、コロニーを維持させるにはプラントの支援、基地の存続を訴えるしかない。───ディビッドは今、自分の置かれた状況をはっきりと把握することもなく、ただそれだけを心配していた。この事態を引き起こしたことについて、プラントを怒らせずに、どうすれば基地の駐留を継続してくれるだろうか……。

まもなくすると、彼をこの戦艦まで案内した保安部員の赤髪の女性兵と、エリートを示す赤の軍服に身を包んだ青年が部屋へ入ってきた。若者のほうは先にアルテラの会議事堂で対面をしている。制圧部隊の隊長に随員してきた者だ。確か名を、アスラン・ザラといった。
「オルター知事。わざわざ出向いていただいて恐縮です」
連行しておきながら何を、と思うが、ディビッドは心と裏腹に「とんでもありません」と恐縮しながら返事をする。自分の息子ほどの年齢の者に、おどおどと卑屈な態度になってしまう己を恥じる。だが、そういう人物だったからこそ、今この辺境のコロニーで統括者の地位にいるともいえるだろう。
赤服の兵は通り一遍の挨拶をすませると、テーブルを挟んだディビッドの正面の椅子に座った。保安部の女兵は入口に立つ。ただそれだけのことに威圧を感じた。
「基地の襲撃者は、ここの市民と情報をいただいていましたが……」
正面の青年は、硬質な雰囲気とは違った穏やかな声音をしていた。だが、見つめる瞳の翠の色はナチュラルにはない不自然な色合いで、冴えざえとした光を宿している。嘘偽りを許さぬという意思が押し寄せてくる。
「こちらの調べで、コーディネイター排斥主義のあるテロ組織であることが判明しています」
───やはりブルーコスモスだったのか!
ディビッドは予測していた。
「あなたが、市民テロと断定した理由を伺いたい」
それは都合のいい解釈だったといっていい。だが、アルテラを守るために外部からの干渉があったことを認めたくはなかったのだ。
「先に申し上げたとおり、この数ヶ月間、アルテラに入港した部外者はいないのです。声明にもコロニー独立運動とのことでしたし……他に疑うようなことはありません……」
「密入国があったとは考えないのですか」
ディビッドは返答に詰まった。事実としては、あったのだ。
「……他国の犯罪者が、幾人もここで消息を断っているという情報もありますが?」
それは州政府もはっきりと認識していた事実だった。誰も注目しない地方コロニーゆえに管理態勢は杜撰で、それにより世界の裏側で動く者たちの格好の利用場所となっていることは黙認し続けてきた。組織規模では、資金洗浄に使われることにも、むしろ、招くような政策を行った。汚泥のうえの平和といわれても、ディビッドはかまわなかった。それでこのコロニーは潤い、利用価値があると知れば、犯罪者も滞在中に下手な問題を起こすことをしない。市民の安息は築かれていた。
今回のことは、本当に不測の事態だ。自分はいつものように、犯罪者たちのささやかな活動を黙認しようとしただけなのだ。ザフト基地襲撃などと、一線、二線も越えた行為を引き起こすとは、考えもしなかった。
「──それは…認めましょう。しかし、テロ組織を支援したつもりはありません。だいたい、警察力の小さいこのコロニーで、犯罪組織をどれだけ押さえられるとお思いですか?!」
「それは貴国の都合です」
弱者の立場を振りかざそうとするディビッドを、ザフト兵はさらりとねじ伏せる。
───本国が、なんとかしてくれるはずだ。
さきほどから冷や汗が止まらず、目の前の視線がいたたまれなかった。ぎゅっと目を瞑り、堪えるように俯く。
すべてはアルテラのためにしていたことなのだ。それを本国も知っていたはずだ。もちろん、これまでのアルテラの隠れた事情など、本国への報告に載せることなどしなかったが、そこは暗黙の了解があったのだとディビッドは考えている。黙認することで、遠く離れた一地方への予算を少しでも───。
「お立場は理解していますが、すべてを話していただかなければ、こちらとしても便宜を図ることはできませんよ、知事」
思考を中断したそのことばに、はっとディビッドは顔をあげた。彼は変わらずの冷めた視線で自分を見つめているが、諦念の浮かぶ苦笑で口の端をあげていた。
───ほら、こんな“ささいな”裏側の事情など、どこの国でも……!

アスランは彼に同情しているように見せ、資源のないコロニーの運営がどれほど困難なことか、一筋縄では立ち行かないだろう、と理解を示した。そこからのアルテラ州知事の口は見事なくらいに軽かった。よほどの重圧があったのだろう。彼は、予想できる限りのテロリストたちの侵入経路、人数、報告にない接触の内容、また州政府がどこまで連中のことを把握していたかなど、知る情報をすべて吐き出した。
そうさせておいてから、プラント政府を通じてすべてを大洋州連合へ報告することになると宣告する。州知事は青ざめて「便宜を図ってくれるのではないのか」と詰め寄ったが素気なく答えた。
「わたしには聞いた事実をすべて報告する義務があります。あなたがアルテラを思って尽力されていたことは伝えましょう。ただし、そのために他国へ出向く犯罪者を“支援”していたことを見逃すわけにはいかない」
アスランは静かに怒りを沸き立たせていた。目の前の男にではなく、国を動かす政治というものの周りに、なぜこうした出来事が寄り集まってくるのかということに。
「我々ザフトの基地で起きたことも、その責任が小さいとは思えません。自覚されてはいかがですか」
失意を隠さないままアスランはそこから立ちあがる。
「ご協力ありがとうございました。庁舎まで送らせますからもう少しお待ちください」
何かをいいかける様子のディビッドをそこに残し、部屋から出た。ドアに控えていたルナマリア・ホークがあとをついてくる。
「あの……え…と、部長」
聞きなれない呼びかけについ足が止まる。
「……アスランでいい」
「……アスラン。どうするんでしょうね、彼」
「……………」
流されるままに現状を享受してきた彼のことだ、いずれ本国から降される処分も流されるまま受けることになるだろう、と心のなかだけで答える。
「ルナマリア、彼を丁重にコロニーまで送ってやって欲しい。きみでなくても構わないが、あとの手配を頼む」
「……はい」
問いかけを無視されて少し不満げな様子を見せつつも、彼女は敬礼してからもどり、ドア口にいた兵に話しかけていた。アスランはそれを見守ることなく踵を返す。キラの様子が心配だった。このことを報告すればさらに心を痛めるだろう。彼は誰とでも心理的な距離が近い。さきほどルナマリアも垣間見せたように。相手を慮って他を見失う。彼を尋問の場に同席させなかったのは、キラの立場を守るためにそうしたとキラ自身は思っているようだったが、そこに本当の理由があった。

誰の敵にもならないということは、誰の味方にもならないということだ。このコロニーの政治のように。そんな孤独に彼自身が気づいているのかどうか、おそらく気がついてはいまい。気づかせるわけにもいかない。ただ、それを知ってしまったときのために、自分だけはキラの敵にはならないと示しておかなくてはならないと思っていた。過去の失敗があるせいで、信頼させるにはハードルが高いだろうことも知っていたけれど。
アスランがキラを追ってきた理由は、ただそこにあった。