C.E.75 2 Feb

Scene ボルテール・艦橋

本国評議会からは、「ジュール隊はヤマト隊に合流し、治安介入部隊としてともにアルテラ鎮圧作戦を実行せよ」と通達されていた。自分らのような者たちが押しかけることでコロニー内部の混乱がどのように広がるかは判らないが、最悪の事態をすぐに想像してしまうのは過去の経験ゆえに仕方がないことだ。
それを察したとも思わないが、キラが画面の向こうから、アルテラ政府には市民の基外避難を進めるように指示したといった。
───ああ、キラもいたんだったな、「あそこ」に。
その頃の彼は、確かまだ一般の学生だったはずだ。
自分は、ザフトの軍事養成機関をでて四ヶ月後の、初めての潜入作戦だった。結果、想像すらしなかったヘリオポリスの崩壊を目の当たりにして、そのあっけなさに驚きはしたが、ゲームのエンド画面を見るような冷めた思いしかなかったように記憶している。
正直なところ、今また同じシーンを目の前のアルテラで目撃することになったとしても、ただナチュラルを敵としか思っていなかった頃と大差はないのかもしれない、と思いはするけれど。
無情というのでもなく、ただどこか麻痺しているように感じるのは、あるいは心理訓練のたまものか、自身を守るための心の防壁なのか。
そうでなければもともとがそういった無感動な人間だったということだが、それを確かめようもない。ガキの頃はどうだった?などと尋ねる相手が傍にいるわけでもないのだから。───そう、画面の向こうにいる、あいつらのように。
「機動部隊はどうする?」
ディアッカは艦橋の通信モニター内を占めているキラに問うた。ディアッカはジュール隊の副官の立場とともに、モビルスーツ隊の戦闘指揮官でもある。
『基外の港湾付近で待機させる。立てこもり犯の手にザフトのMSがあるのは事実だ』
キラの背後に立つアスランが返答をよこした。たった今その人物から今作戦の説明もあったばかりだから、降下後の作戦指揮は彼がおこなうのだろう。

ジュール隊がランデブーポイントに到着してからまもなく、デーベライナーと接触回線でのブリーフィングがおこなわれていた。こちらは艦橋でそれを受けているが、向こう、デーベライナーは艦橋脇の作戦室で繋いでいるようだった。その場にはキラとアスランのふたりしか見えないが、最初に挨拶があったので、艦長アーサー・トラインも艦橋から繋がっているらしい。
イザークが指揮する増援部隊は、アルテラ周縁部の包囲を担当することになった。キラとアスランのふたりが内部に降りるため、指揮系を代行する役割もある。
さすがに長いつきあいだ。その内容を告げたアスラン自身に不本意があることは窺い知れた。それはそうだろう。何故アスランだけではなく、キラまでアルテラに降下する必要があるのか。自分らが合流したことで指揮の維持がかなうといったのは、そのアスランでもあるのだが。───まぁ、いわされてるんだろうな、と思うくらいには、昔よりも彼の気持ちは読めるようになった。
「聞いてきたより、だいぶきな臭い話だな」
イザークが腰にしていた腕を上げ、組んだ。通信を開始したときに爆発した憤りをいったん抑えて、話に集中を切り替えたようだ。
「きさま、本当にその作戦でいく気か。だいたい、本部はエヴァグリンの何を認識している?」
『…全部です。エヴァグリンを“動かしたい”といったのはぼくで、本部も同意しています。“アルテラの話”をあとからもってきたのはアスランだったけど、想定内ですよ』
キラは表情を動かさずそういった。背後のアスランは、キラの言でさらに表情を固くして少しばかり恐ろしい気配だ。
“アルテラの話”とは、オーブ軍の情報機関が収集した、エヴァグリンとアルテラを結ぶ証左のことだ。辺境にありがちな租税回避策を利用して、エヴァグリンに繋がる企業の資金洗浄を助けているとオーブはみている。
実際、アルテラは戦時中からザフト基地引き揚げを打診されており、窮地に立たされている状況だった。大洋州連合本国の管理も行き届かない廃れた区域で、自治政府が頭を悩ませているところ、ブルーコスモスがつけいったということだろう。
『でも、目先の状況を収めるのが先決ですから。エヴァグリンのことは、その次です』
「とはいってもな。どう絡んでるかまでは判らないんだろ。端から頭に入れて動いたほうがよくないか。とりあえず、おまえは艦に残れよ」
少しばかり急いて見えたキラを諌めるつもりもあって、ディアッカは口を出した。事件は「ザフト基地の襲撃」なのだ。ブルーコスモスの一組織が出入りしていると判っているそのアルテラで、彼らによるテロ行為ではないと何故断言ができようか。
『追及しないつもりはない。知事が腹を割って話さないのなら、それなりの対応をする』
そう返事をしたのはアスランだった。キラに「艦に残れ」と、いわばアスランに助け舟を出してやったつもりだったが、その彼に流される。その様子を見てディアッカは心のなかでやれやれと嘆息した。
「まぁそのつもりなんだろうけどさ。…にしてもおまえ、国から持ってきた話をザフトに全部漏らしていいのか?」
すでに余談だが、率直に訊ねた。オーブ軍の情報部が収集したエヴァグリンの活動に関する調査内容は、表裏問わずザフトが得ているそれとは差があるようだった。国家間で協力関係を結んでいるとはいえ、それが“アスラン”の口からもたらされることについて、多少心配にはなる。
『情報の取り扱いは一任されている。迂闊に開示しているわけじゃないから安心してくれていい』
向こう側からのすかした返事に肩をすくめると、隣に立つイザークが苛ついた気配で割り込んだ。
「こちらの降下部隊も待機はさせておく。必要ならいつでも呼べ」
『ありがとうございます、ジュール隊長。デーベライナーとエターナルをお願いします』
モニターには、これから危険な作戦に赴くとも思えない新米隊長のやわらかな笑顔があった。イザークはそのモニターを、ブリーフィングの開始から睨みっぱなしだ。もちろん緊張感の見えないキラにではなく、その後ろに控えている人物に対して、だろう。
「気をつけて行けよ。もどったらすぐに報告を入れろ。きさまの、後ろにいるやつの話も、聞きたいしな!」
最後のことばを吐き出すようにイザークはいった。モニターにはちらりと後方に目をやるキラと、イザークの憤懣を見て薄笑みを堪えるアスランが映っている。キラはカメラに視線をもどすと『了解』といって通信を終了した。

途端に「なんなんだあれはァッ!」というイザークの雄叫びが艦橋に響いた。ブリッジクルーは、こんな隊長の姿に慣れたとはいえ、今回ばかりは何を憤っているのか理解できず目を白黒させている。
ディアッカもイザークも、アスランがデーベライナーに乗っていることをまったく知らされていなかった。モニターにその顔を認めただけでも驚いたのに、彼はそのうえザフトの制服を着ていた。
「まったくな。何やってんだろうねぇ、あいつは」
ディアッカが笑いながら茶化すと、「このおれが、知るかッ!」とイザークが怒鳴った。
何となく状況は読めている。キラがプラントへ何をしにきているのかも知っているし、デーベライナーの目的も教えてもらっている。デーベライナーの進宙式があった日、イザークともどもに、キラがすべての事情を打ち明けてくれたのだから。
「まぁ、キラを護りにきたんだろうな、ザフトにもどってまで」
イザークもそんなことは判りきっているだろう。だが、一年前と同様にもどれと声をかけた自分の手は借りず、いつのまにか勝手にもどっていることが腹に据えかねているのだ。アスランはいつでも、誰も頼りにしようとせず、ひとりで突っ走っているように見える。
「あいつはいつもそんなだ!」
だが、イザークはそのひとことで今度こそ頭を切り替えたようだった。次のひとことはもう落ちついていた。
「───何があるか判らん。索敵警戒厳にしておけ。モビルスーツ隊は全機アラートだ」
メサイア攻防戦から各所で小競り合いが続く状況の中、勢力はより細かく分散され、世界全体を見ればますます混乱し、ブルーコスモスの過激派がその隙を狙う。恒久的な平穏など、望むほうが莫迦ばかしいことなのか。デュランダルがあの世でほくそえんでいるような気がする。
いずれにせよ、本当に「何か」が起きるのであれば、徹底的に潰さねばならない。戦時中の空気を備えたイザークの横で、ディアッカは艦橋前面に映るコロニーを冷淡に見つめた。