C.E.75 2 Feb

Scene アルテラ・庁舎

四機のモビルスーツに囲まれた武装シャトルが、アルテラ港からのビーコンに従ってゆっくりと進む。港の管制が正常に機能していることは確認できた。アルテラと外部との通信網は断絶されていたが、敵が外とつないでいる通信にこっそりと割り込み、そこからキラたちはいくらかの内部の状況を把握していた。外部と遮断されていることとコロニー内のザフト基地以外は、通常と何も変わらないということだ。
入港をすませるとすぐ、座席シートから立ち上がったアスランが携帯端末からシンたちモビルスーツパイロットに港湾内での待機を命じる。ボーディングブリッジをキラについて歩きながら、今度は警衛の小隊と基地を包囲する対テロ特殊部隊にも手短に指示を回す。キラが譲らなかったのは、自らの現地視察と知事との直接会見だが、それを通すための一切の手配も指揮もすべてアスランが一手に引き受けた。当然、息つく暇もないだろう。とはいえ───。
アスランとは今朝部屋をでてからずっとプライベートな会話をしていない。昨日の不機嫌全開な様子がもうないことは判っているが、それとは別に今日は冷ややかで物遠い。その昔、ディアッカからアスランの、アカデミーからクルーゼ隊にいた頃の冷然としたさまなど話に聞いたことがあったが、キラはずっと想像しがたく思っていた。つまりこういう様子だったのだろう、と今思う。感情を取り除いて、機械のように仕事をこなす、共闘した二度の大戦時にもキラには見せなかった雰囲気。おそらく、キラも見たくはなかった彼の一面。
「キラ」
急に呼びかけられてキラははっとした。アスランが背後から声をかけたのは、キラが左に曲がる方向指示灯に気がつかずまっすぐ進もうとしていたからだが、そのことよりも名を呼ばれたことに気がついたのだ。
「───あ、ごめん」
一瞬の思考から離れ、行きかけた方向を直して、また進む。
そういえばアスランはひとまえでも、キラをよそよそしく「隊長」とは呼んでいない。少しばかり「らしくない」と思う。なんというか、そういった公私の別といったものには、こだわるのに───。
訝しく思ったが、その考えを進めるまえにターミナルビルから外、コロニー内部へと辿りついた。

その風景に奇妙な懐かしさを感じた。アルテラはかつてのヘリオポリスと同じ、シリンダータイプのスペースコロニーだ。地平線がなく反り上がった地面は、プラントや地上の景色を見慣れた者には奇異な印象だろう。
まもなく出迎えに現れた政府高官らしき人物が、白兵武装した小隊を引き連れた彼らを見てわずかにうろたえる。このコロニーが長らくの平和を享受していた様子が窺えた。キラはまたもヘリオポリスを思い出し、どうしてもこの先に嫌なものを感じてしまう。
───さっきから弱気、かもしれない。だめだ。
今は隊長で後ろには兵を従えているのだから、自分がしっかりしないと──。
SPを連れた係官は足早に近づき、白服のキラに向かってくる。あと数歩の距離でアスランがあいだに割って入った。
「───外務次長補のジェイコブ・ターナーです」
「ザフト、ヤマト隊アスラン・ザラ。まずは内部の状況を確認したい。最新の地図を提供してほしい。こちらのデータと照合したい」
アスランは次長補を相手に相変わらずよどみなく仕事を進める。キラはそのまま任せて、街のほうを見渡した。ターミナルは筒の端にあり、内部の地面としてはややせり上がった位置にある。ここからはコロニーのなかを高台から見下ろす感じになる。車などの動きもほぼなく、静まりかえっているように見えた。そして、ザフト基地のあるあたり、かなり遠方だが視界のうちにある。そこも何の動きも見えず、状況は何も判らない。
そうしているあいだ兵らへの指示まで済ませたアスランが、次には次長補に案内を乞うた。キラと一緒に彼らが乗ってきた車へと乗り込む。
「……街は落ちついているようだな」
車が発進してまもなく、ふいに話しかけてきたアスランを見るとさきほどからの硬い面持ちは消えていた。声も穏やかだ。助手席の次長補が振り返ってそのことばに応える。
「警察は皆そちらに注力しております。このような厳戒態勢は初めてのことですが、幸い市民には混乱がなく…」
「基地周辺の住民は?」
「少し離れたところにある施設に全員避難させています。指示通り、状況によってはすぐ外部へ脱出できる場所です」
それからしばらく、アスランは次長補に街の様子をいろいろと訊ねていた。まとう雰囲気を柔らかくしたのは、彼の口をなめらかにするためだったのか。
───おかげで、ぼくも少し緊張がゆるんだかも。
この相乗効果まで果たして狙っていたのか、どうか。

外務次長補が「あれです」と指す方向にザフトのアルテラ基地が見えた。テロリストは何を考えているものか、沈黙したまま長い時間を過ごしている。基地内に食料の貯蔵もあるためか、取り急ぎに外部へ何かを要求することもない。基地の周囲は荒れた様相もなく、それは軍事基地を相手に容易く制圧したということも表している。
今時点、基地から逃げのびた者もいないという。キラは中のザフト兵たちの安否を思った。
ひとまずそれらを横目にして、車はそこから八百キロ先にあるアルテラ州会議事堂に着いた。持ち込んだ軍用トラックで追いかけてきた小隊のうち数名を護衛に連れ、キラとアスランは庁舎の三階へと案内される。通された部屋は要人用の会議室らしい。そこで待ち受けていた州知事は、身体が小さく、その表情にも気弱そうな印象のある中年期の男性だった。
「ザフト、ヤマト隊隊長、キラ・ヤマトです。貴国の要請により基地を占拠したテロリストの制圧にあたります。まずは状況の詳細と、テロリストについてご存知のことを教えてください」
「アルテラ州知事、ディビッド・オルターです。まずはこの事態をお詫びしたい。エルスマン議長にもくれぐれも…」
通り一遍の挨拶をキラは聞き流した。見るからに小胆な男だ。気温コントロールが最適なコロニーの中で、しきりに汗を拭いている。
社交辞令がすむと、部屋の中央にある十数名用の大きなテーブルの中ほどに促されてふたりは座った。
「……では、情報をお願いします」
キラが促すと知事は汗を拭きながら説明を始めた。

事件が起きたのは1月31日の明け方。
ザフト基地からのけたたましい警報サイレンに始まった。政府から状況の報告を求めると、正体不明のテロリストが基地内へ侵入、制圧行動を開始、ザフトは応戦中との回答、そして、一時間も経たないうちに基地からの通信が途絶えたとのことだ。その後すぐに、コロニー周縁の通信網がすべて隔絶されている状況が判明し、外部との連絡がままならなくなったといった。キラが、通信を繋ぐまでは。
「何か声明はありましたか」
「連絡が途絶えてから五時間後に届いた、この通信文のみです」
焦燥した顔の知事が会議卓に据えつけの端末を操作し、ふたりにその内容を見せる。キラとアスランは見たものを疑った。
「──独立?!」
簡単にまとめれば、大洋州連合からの独立を宣言、プラントの基地も追い出しその資金提供もはねのけろ、とアルテラ政府に求める内容だった。ありえない話だった。
「独立して、どうコロニーの運営を続けるつもりだ」
アスランは問うても仕方のない相手に聞いた。知事は汗を拭きながら、まったくその通りです、と応える。
L3宙域の単なるベッドタウンとなっているアルテラは、その一基だけで賄えるような資源を何ももっていない。大洋州連合本国と、今はプラントの援助でコロニーの運営が成り立ってるといえる。どう考えても現実的な話をしているとは思えなかった。ザフト基地の引き揚げについても長い時間をかけて調整が進まないのは、こうした切実な事情もある。キラは率直に訊ねた。
「それとも他に何か大きな後ろ盾が、あるとか?」
それはもちろん、オーブの情報機関が仕入れたブルーコスモスとの繋がりを諷喩していた。だが、知事はそれにも判らない、とだけ答える。
「テログループについて何かご存知のことは」
「……アルテラの、市民だということは判っています。軍事基地を一晩で制圧するような一団が、このコロニーに訪れた形跡はひとつもありません」
「……………」
キラは心のなかで嗤った。───それなら、軍事基地を一晩で制圧するような市民が、このアルテラにいたとでも?
表面の話だけを聞けば、これは要するに大洋州連合国民の一部による革命運動ということだ。ザフト基地はそれに巻き添えをくったということだろう。
「何しろここは民間犯罪の治安維持くらいにしか力をもっておりません。むしろ、ザフトの方に民間の問題を手伝っていただくこともあったような状況で……。そこへ基地が武装占拠されてしまったとあっては、こちらではもうどうにも」
おまけに本国は地上の国らしく、その瞬発力には欠ける。さらには外部との通信を遮断され、それゆえに自分たちでどうにかできないか考えていたというのだが、これでは考えるだけ無駄な話だ。そんなことは自覚しているだろう。知事がかきたくもない汗をかくのも判る。
「状況は理解しました。貴国にも報告して一応判断はもらいますが。我々も基地内の兵が心配です。貴国の艦を待たずに制圧を開始することになると思います」
キラが考えを淡々と告げると、知事は萎縮して応えた。
「……それは、……いかようにも…」
それを聞き終えると、キラとアスランは同時に立ちあがる。アスランは制帽を被り直すと、もうその場で通信端末を取り出し待機する兵らに指示を始めた。その合間に要求する。
「コロニー内に司令部を設置したいのですが」
「はい、この庁舎をお使いください。今部屋を用意させます」
会議室の外で待機していた係官を呼ぶと、知事はその指示を与えた。
「おれたちは一度艦にもどろう」
連れてきた小隊の兵たちをその場に残し、キラとアスランは港へ向かった。