C.E.75 1 Feb

Scene デーベライナー・第一作戦室

予定にはなかった人物が訪れてから二時間は経過しただろうか。その来訪者を伴って、このヤマト隊の隊長、キラ・ヤマトが艦橋へともどってきた。
キラの後ろについていた真紅の姿はアスラン・ザラ。
特派大使と名乗ったのだから、ザフトの制服を纏っていてもその身分はオーブからの派遣外交官のままなのだろうか。それでも彼は手慣れた仕草でザフト式の敬礼をして入ってきた。ブリッジオフィサーの面々がそれぞれに戸惑った顔をしている。おそらく自分自身も少しはそうであろうとアーサーは思った。
毅然とした態度のアスランを一方に、キラのほうは心なしか悄然として見える。軽く艦内の状況を聞いて何の異変もないことを確認すると、「作戦室へ」とアーサーを促した。
デーベライナーの第一作戦室は艦橋の脇というよりもその中にあるといっていい。艦橋の一角にある小部屋のようなそれは、ブリーフィング中にも艦の様子を即時把握できるよう、艦橋のオペレーションがすべて室内のスピーカーに流れてくる。そのために打合せに集中できないという難点もあるが、作戦中に内密な話をすぐにおこなうことができるため、指揮官にとっては有用な部屋だといえよう。
広さは十平米といったところで多人数向きではない。中央にはデスク式のシミュレーションボードが占めていてさらに定員数を減らしている。その筐体を回り込んで奥の、少しばかりスペースに余裕のある場所まで移動すると、キラとともに作戦室へ入室した彼にアーサーは自分から声をかけた。
「進宙式以来ですね、ザラ准将。それは、いったいどういうわけです?」
“それ”というときに視線を彼の制服と徽章に向けた。
一応他国の高官と認識しているため敬語を使って問いかけると、アスランはふっと目許だけを細めて微笑する。少し寂しい雰囲気のあるその表情は、彼自身複雑であることを表しているようだった。
「また、迷惑をかけます。トライン艦長」
見えているとおりのことか、とアーサーは嘆息する。所属する隊へ割り込むように彼が配属されてきたという経験は、アーサーにとってこれで二度目のことだ。またかと思わないわけでもない。それでもアーサーは辞令を受ける以前にヤマト隊の特務を説明されていたし、ゆくゆくは国連機関へと所属を変えて働くということも受け入れたために今ここにいるのだ。その組織への協力国として、プラントと肩を並べているオーブの介入が多少予定より早く大げさになったと思えば、こうした事態も予測の範囲内なのだろうと思った。
ましてや、彼──アスランが、本来的には単独での特務を負ってきたのだとあってはアーサーに口を差し挟む余地などない。
彼がFAITHとして、キラの警護のためだけにきたのだと、聞かされては。

FAITHはエルスマン議長の指示で一度解体し、メンバーもゼロからスタートし直した。任命には国防委員会および最高評議会の総意が必要となり、以前のような議長と国防委員会直属の意味合いはなくなっている。また、そのために幅が広がり、承認があれば他国の者を含めザフト外の人間でもその権限を与えることが許された。
もちろん、他国人あるいはザフトに所属しない者にはそれなりの契約が付加される。キラとアスランの場合は自国のオーブで軍に属していることもあり、外交官特権の一部放棄など厳しい条件があるはずだった。
そして例外はあるが、今では負った要務を完了すれば同時にFAITHからも解かれるため、任命される者は一時的な権限を持つに過ぎない。FAITHだから特務を与えられるのではなく、まず特別任務が先にあり、それに見合った人選がおこなわれるわけだ。
人物よりも運用に視点をあてた、より組織向きで合理的な機関となったそれだが、そうはいっても外国人を受け入れることは両国にとって面倒の多いことだ。それがふたりもこうして立て続けにある状況は、どう見ても不思議だ。それだけキラという人物のプラントでの重要度を表しているのだろう、としかアーサーには判らない。
アスランがキラの護衛に必要なのだ、といわれれば、そのことにはどこか納得する。キラがストライクフリーダムで出撃する可能性がある以上、彼を前線で護れる者が必要であり、アスランのモビルスーツ操縦の技量であればキラのフォローも可能であるはずだ。
なにしろキラの操縦が人並みを外れており、ありきたりのパイロットでは護衛どころか追いつくだけでひと苦労だろう。アーサーが見たところでは、それが適うのはアスランか、あるいはシンだけだろうと思っていた。
今目の前にいる白服の青年は、そんな重要性からは遠く離れて見えた。いや、たとえば深窓の御曹司とかで、それを隠し護るために必死だというなら納得もするが、見た目には華奢で優しげな印象ばかりある彼が、短い史上とはいえ最強を謳うモビルスーツのパイロットゆえだというのだから。

「アスランが持ってきた情報のなかに、アルテラとブルーコスモスの関連を示す資料があるっていうんで。とりあえず情報を少し整理して、対応策も練り直す必要があります」
キラはどこか弱い調子で告げる。なんというか、やはり機嫌のわるいおぼっちゃまといったところだ。ブルーコスモスが絡んでいると聞けばそれも仕方があるまい。
しかし、それ以外にもどこか、冷たい空気が流れているように感じた。
「ブルーコスモス、ですか…? なんとも厄介な」
この場の重い雰囲気が気になって、アーサーは無駄にことばがでてしまう。
「ジュール隊の応援を断ったと聞いた」
突然発言したアスランのことばに、キラがはっとして顔をあげた。アスランはその彼の視線を一度受け止めると、今度はアーサーにいった。
「それは撤回させました。アルテラには彼らの到着を待ってから降りることになります」
「な……いつそんなこと!」
「ここへくる途中、ラクスから聞いた。だからそのまま応援に寄越すよう要請しておいた」
向き直って続けたアスランにキラは驚きで目を丸くしながら憤る。自身の判断を勝手にひっくり返されれば、それは当然の反応だろう。しかし、驚いたのはアーサーも一緒だ。
「え、いやいや、待ってくれ。…作戦にも介入するつもりなのか、アスラン?」
「こいつ次第です。隊長自ら先陣きって飛び出すような作戦ばかりを立てるなら、おれの権限でリジェクトします」
「………………」
アーサーはアスランの乱暴なことばに面食らった。いつも慇懃で控えめな彼を目にするのが常だったからだ。
「───アスラン!」
「なんだ」
声を荒げたキラに彼が刺々しい返事をよこす。どうやらアスランは…アスランも、機嫌がわるいようだ。これはこの数時間のあいだにふたりでそうとう揉めていたのだろう。空気も冷えようというものだ。
睨みあう彼らをまえに、アーサーは困惑した。これを続けさせれば隊の士気に関わる。ここは年長の自分がおさめるシーンではないのかと思うが、ふたりの距離感も掴みかねた状態でのフォローは少しばかり難しい。
だが、キラよりは幾分か冷静をとりもどしたらしいアスランが、一度大きく息を吐きアーサーを向いて話を続けた。
「……艦内の必要な人間以外には、わたしがヤマト隊長の護衛できていることは伏せてください」
「───え? それはまた…どうして」
「…国内外にプラントが彼を重要視していることを明かすことはできないので」
キラが極秘裏に“披検体”としてプラントに招かれていることまでは承知していた。彼がもつ特異なMS操縦能力が“SEED”と呼ばれるものの所以で、なおかつ稀な発現を示す貴重な人材なのだと。そう聞いている。
「……それなら、どうでしょう。きみは作戦隊長として評議会が召還したことにすればどうかな? ここにきみがきた理由も何かないと、それはそれで難しいですよ、ヤマト隊長?」
アーサーはふたりを右と左に見て意見を述べた。
デーベライナーやヤマト隊には秘密が多すぎ、さすがにアーサーも話の帳尻を合わせることに慣れてしまっていた。
「ええ、それは…」
アスランが曖昧な同意を示す。問題はこの隊の最高責任者、キラがどう思うかだったが。
「……いいよ、それで。戦術はアスランのほうが優れてる。現場指揮はぼくより適任だよ。いいよねアスラン」
意外にもあっさりと認めた。しかるべきところは冷静にものが見えているらしい。アスランもそこは異論がないようで、判った、と短く返答した。
アーサーとしても、実際に作戦をこなすアスランを知っているので、正直なところそうしてもらったほうが安心できる。実戦でのキラの指揮を、まだ見たことがないからという単純な理由だったが。
キラはふいに室内の通信コンソールからオペレーターに声をかけ、シン・アスカとルナマリア・ホークを作戦室に呼ぶ指示をだした。訝しむ視線を向けるとキラは告げた。
「彼らにだけは事情を話します」
アーサーはますます眉間に皺をよせた。
「ルナマリアは情報管理官ですから、それは。…しかし、シン? 彼はパイロットですよ?」
一瞬、その質問にキラが少しばかりうろたえた。それをアスランの答えがかき消す。
「わたしが個人的にヤマト隊長の護衛を頼んでいたからです。オーブにいて、コーディネイターとして目立つ存在ではありましたから。ブルーコスモスの標的になっていることを考えてのことです」
淡々と説明するアスランをキラは弱々しく見ていた。思えば気の毒なことに、彼は自分よりいくつも若いのに、“特別な能力”だの“テロの標的”だのと、さまざまな苦労を背負っているのだ。おまけに国際貢献を見据えて、一時的にでも他国の一部隊を任されるなど、そのプレッシャーも相当なものに違いない。
アーサーは改めて、アスランがここへきたことを喜ぶべきではないかと思った。
今は衝突している様子だが、気心の知れている人間が彼を守り、支えになれば、キラの負担がいくらかでも軽くなるのではと思ったのだ。
最初は少しばかり面倒な、とは思ったが、アーサーはすっかりアスランの来訪を歓迎する気持ちになっていた。