C.E.75 1 Feb

Scene デーベライナー・指揮官室

デーベライナーに到着してからアスランは特務のとおりキラの警護に徹していた。目の届く場所を離れず、可能な限り傍につき従った。アスランに個室の用意を、と環境整備チームに指示を出しかけたアーサーを断り、指揮官室で過ごすと伝えると嫌な顔をされる。艦内の人間も信用しないつもりか、といいたいのだろう。実際、アスランは信用していなかった。事実なのだから、そこで取り繕う必要はないだろうと思った。
「きみ、ぼくの傍にいたいだけなんじゃないの」
キラなりの厭味だったらしい。「そうだったら何か不満なのか?」と問うとそっぽを向く。そのままおとなしくなったのを幸いに、アスランはアルテラでの作戦立案に時間を使った。
ヤマト隊が今抱えているのはテロ事件が勃発したというコロニー、アルテラでの制圧任務だ。駐留するザフト基地が巻き込まれているということ、駐留基地以外にはコロニー内に軍事組織がないという理由で、プラントはアルテラの本国である大洋州連合から軍事支援の要請を受けた。現状、地上にしか軍配備を持たない大洋州連合は、まずプラントに頼ったのだ。押っ取り刀で地上から駆けつけたとしてもデーベライナーの二日は遅れることが予想できる。コロニーの多数を占める一般市民のことを思えば、できるだけ迅速な行動が必要だった。
最初の一報を最後にアルテラからの通信も途絶えたままになっている。事態が読めなくなり、あらゆる可能性を想定して作戦を練らなければならない。
加えてブルーコスモスの組織、エヴァグリンが関わっていることも、充分に考えるべき状況だった。

アスランはザフトの軍籍を得て初めて知った情報にこれ以上ないくらい苛立っていた。
キラはデーベライナーの出航までに、数件の報告を上申して艦のセキュリティ機構の強化を図っていた。乗員のリストも、ありえない回数、変更している。
───何の確信もなくあんな危険をおかすはずはないと、判ってはいたが……。
オーブで“たまたま”居合わせたために知った、キラ単独での情報作戦。彼はデーベライナーを狙った不審な動き──それは主に情報処理上のログなどからだったが──に、すぐ気がつき、その先にエヴァグリンがいることをあの作戦で突き止めたのだ。
アスランはそれを知ってすぐにキラを問い詰めた。
昨年の11月から、すぐに相談できる場所にアスランはいたのだ。アーモリーにも何度も足を運んでいた。直接会ったときに話す機会が、いつでもあったはずなのだ。
キラは、いえるはずがない、と答えた。「オーブ軍のきみに」と。
キサカのところへ情報が渡ったことを契機に“協力国”へ明かすことにはなったが、そもそもがこれは“ザフト”に起こった問題なのだ。たとえそのターゲットが“キラ個人”だったのだとしても。
淡々と正論を吐くキラにアスランはぞっとした。彼はそうしていつまでもアスランに「何か」を隠して、そのままプラントでの仕事を続けるつもりだったのだろう。
───冗談じゃない。
アスランはキラを守りたかった。それには、ただプラントに駐在する武官では身動きがとれないと思い、無理な根回しで自身のザフト復帰を図った。周囲に大きく迷惑がかかったが、その行動は正しかったと今思う。こうして、同じ立場にならなければ明かせぬことがあるのだとキラからはっきり告げられたのだから。
「……ほかに隠していることはないだろうな」
「ないんじゃないかな」
アスランが確認すると真面目とも思えない返事がかえる。
「どうだか。ここ何ヶ月で、おまえがおれにいわなかったことがどれだけあると思っているんだ」
研究組織の設立、ザフトへの身売りに今回のことといい、どれも話が重すぎる。あとから聞かされて肝を冷やすこちらの身にもなってくれ、とアスランは深く息をついた。
隠し事がある相手を守りきるのは難しい。それでも守ると、ただの意気込みだけではなく現実にするために、アスランは苛立ちを抑えて考えられる限りのことを考え続けなければならなかった。

作戦を練るために指揮官室にこもり続けて数時間。
双方の機嫌が快方に向かう様子もなく、部屋のなかではそれぞれがキーボードを打つ音しか聞こえてこない。会話もずっとなかったが、アスランは頭を使うことに忙しく気を遣う暇はない。キラはキラで、さきほどからずっと自身のデスクで端末に向かい何かの作業をしていた。やがて手が止まると、沈黙を破って突然声をかけてきた。
「アスラン」
「……どうした…?」
キラを見ると、彼はそこを動かぬままディスプレイに視線を落としている。アスランは集中を解かれて小さくため息をつき、座っていたサイドデスクから立ち上がり、キラの傍まで行った。
キラの端末のディスプレイを覗くと、そこに開かれているコマンドインタプリタの作業内容ログが目に入り、アスランは「えっ」と声をあげた。
「何をしてるんだ、おまえ…」
「アルテラに接続してみた」
「なに?」
「回線が全部繋がってないみたいな、変な報告が本部からきてたでしょ。だからアルテラ周辺のネットワークを全部見てたんだ」
コロニーの中央コントロールどころか、草の根のような民間ネットワークの通信網までもが遮断された状態となった今の状況は、コロニー内部ではなくその外にある通信衛星や中継地点から切断されている疑いがあった。キラは通信網を調べあげて、アルテラとの通信すべてを遮断できるいくつかのポイントを見つけ、その中からこっそりと生きているネットワークを探し出し、そこへ割り込んだ、という。
「…それは…もしかして」
「そうだね。敵の通信回線じゃないかな」
あっさりと答えてみせる彼に、見つかるんじゃないか、というと、上目使いにちらりとアスランを見た。
「そんなへましない。そのかわり、同じラインの傍受も無理だけど」
その回線上には、パケット式で複雑に暗号化された搬送波のやりとりがおこなわれているようだった。キラはそのパケットを利用して、敵の通信にうまく紛れ込ませているのだといった。それ以上の動きをとれば、見つかる恐れがある。
「受け取り側が気がついてくれなきゃだめだけど…」
「どこにコンタクトしてるんだ」
「………CCPサイバークライムポリス
「………………」
CCPとは、警察のネットワーク犯罪を取り締まる部門だ。キラはそこへ“ハッキング”でコンタクトをとっているという。
「だって政府機関は監視されてるからだめだし、そしたらちょうどいいのってここくらいしかなくって…」
「CCPも監視下にあるかもしれないだろう」
「同じ搬送波が流れてないのを確認したから大丈夫」
「そこにおまえが流したら…」
「途中からコロニー内の回線に入ったから。大丈夫だってば、ぬかりないよ」
「………………」
アスランはふたたびことばをなくした。キラは昔からこうした犯罪めいたいたずらをして遊んでいた節がある。つまり、“慣れて”いるのである。
このままそれを見逃すことには疑問だが、今の状況の一助になるかもしれないと考えれば、ここは素直に褒めてやるべきだろうかとも思う。しかし、アスランは仕方がないといった風情でため息をつき、ただキラの頭に手をやるだけにとどめた。キラはそれに気をよくした様子もなく艦橋の通信士を呼び出し、CCPへのコンタクトの監視を引き継いだ。