C.E.74 7 Oct

Scene アーモリー基地・開発工廠第五格納庫

アーモリー市は、本国から遠く離れたL4宙域にあるプラントの新しいコロニー群だ。その名が示す通り造兵廠という役割を中心としており、コロニーの周辺には巡洋艦規模の新造や改修をおこなうスペースドックが多数浮かんでいて、L5宙域とは異なった景観を作っている。
キラ・ヤマトとその隊に属する者たちは、このアーモリー市第一区にあるアーモリー基地が当面の拠点となった。その理由は、隊の旗艦となるデーベライナーと配備機体であるモビルスーツがここで建造中だからだ。L5から移動してきたばかりのヤマト隊は、昨日一日のオフを挟んだだけで今日から早速開発プロジェクトに参戦する。
キラ・ヤマト隊長を始めとするパイロットチームは、ひとまずモビルスーツの開発状況を把握するために最新鋭機のある第五格納庫へ視察にきていた。今、ルナマリアの目前でメンテナンスベッドに横たわるのは、プロトエボリューションシリーズと総称される新開発の機体、その第一号機だ。オペレーションシステムはプラントとオーブの共同開発となっていて、以前からキラが関わっていたらしいことは聞いている。

その新しい機体の搭乗者となるシンは、つい今しがた新しい隊長から機体名が決まったからと声をかけられていた。シンは心の底では最新鋭の自機を与えられ嬉しいに違いないのに、どこかふてくされたような態度でキラに相対している。その様子をこっそりと端から見ていたルナマリアはひとりではらはらとしていた。
「“バッシュ”だってさ。乱暴な感じがきみに似合うよね」
シンの不遜な態度をまったく意に介さないどころか、キラはそんなことをいってからからと笑う。いわれた彼はあからさまにむっとした顔をして、礼もなくその場を去っていった。その背中にキラが「シーンー? 怒ったのー?」などと笑ったまま声をかけている。
「……さきが思いやられるわ…」
ついこぼれたルナマリアの独語を、すぐ隣にいたリンナ・セラ・イヤサカが聞きとめた。
「なんだか変わった隊なんだね、ここ」
女性にしては少しぞんざいな口調だが、鈴が鳴るようなさわやかでかわいらしい響きがある声だ。彼女は今日この日にパイロットとしてヤマト隊に着任したばかりだった。
ルナマリアとしてはまだまだ日常の範囲だが、さっそく“変わった”光景を見ることになって慣れない彼女には不憫に思う。
「聞いてるかもしれないけど。あいつ問題児だから」
「エース級の腕を持つパイロットなんて、クセが強いに決まってる」
リンナは落ちついた雰囲気の微笑みで返してきた。
「…そのとおりみたいね。隊長もああだし」
ため息ながらにつぶやいたルナマリアに「そうそう」と笑いながら相槌する姿は、下手をすればその隊長より大人びて見えた。実際、年齢はキラと同じだかひとつくらい上だと聞いている。さらにキラ、シンと同じくオーブの出身、元はモルゲンレーテの技術者という経歴で、プラントに帰化してからも当初は統合開発局に従事していたということだ。そのせいか、あまりパイロットらしくない空気を彼女は纏っていた。

個性ある者が揃っている点も理解はするが、この隊にはさまざまに“特別の”事情があるらしいことは、ルナマリアはなんとなく気がついている。
とりたててなんの説明も受けてはおらず、通常の異動と同じ手順で所属が決まったが、ミネルバの元搭乗員が多いこともただの偶然ではないだろうし、リンナがこの隊にきたのも「キラが要望した」からだということを耳にしていた。友軍から出向してきたばかりの新米隊長が、何故最新鋭の機体や艦の運営を任され、人員配置のわがまままで通るのか、それだけで自分が今いるのは謎に包まれた場所といえる。
さらに、彼はモビルスーツの操縦スキルも然ることながら、実はウィザード級の技術スキルも持っているらしいとの噂がすでにある。どのような事情でプラントへきたものか、ルナマリアには計り知れない話だが、よくオーブがそれを受け入れたものだと思う。
この隊自体のことはともかくとして、いちばん怪しい存在はこのキラ・ヤマトといえた。
若い女の子…いや、ルナマリアにとって、隠された事情というものは必要以上に興味をそそられる。

シンにそっぽを向かれたキラは、今度はルナマリアとリンナのところへ近寄ってきた。ふたりで敬礼してそれを迎える。
「なんか、嫌われたみたい」
「…あ、あの、シンは目上の人間には誰にでもああいうやつなので。お気になさらずに。必要なら殴っていいです」
「うん。必要なら、ね」
それはないと思うけどね、とキラは柔らかい笑みをのせながら困ったように首を少し傾げた。人好きのする微笑みと少しばかり舌足らずで穏やかな口調は、かつて戦場で見たあのフリーダムの操縦者とはとても思えない。
くわえて、隊長格の人間からこんなふうに微笑みで話しかけられることはめったにない。戦後を過ごしたいくつかの隊は、戦中と変わらずいつも緊張感があったものだ。休戦に入ったとはいえ、家族や親しい人を亡くした者が心を癒すほどの月日ではなかったし、戦後処理の鎮圧作戦などで負傷する者、命を落とす者もいるのだ。今だけのことでもなく、軍とはそういうもので、命のやり取りのごく近い場所にいる。
そんな場所でキラが異色に見えるのは、はたして彼に人を殺したいと思うほどの怒りを持ち得るのだろうかという印象だ。

───「射撃の訓練室? …ちょっと試してもいい?」

そのときだけ目が笑っていなかったな、と思い出す。声音は、その内容に反してあくまで穏やかなものだったけれど。
「明日からぼくらはソトに詰めることが多くなるから。合間に模擬戦闘訓練もやるから覚悟しといてね」
二藍の瞳を煌めかせ、意味ありげにキラがにっこりと笑う。模擬戦など、モビルスーツパイロットは通常の訓練規定で恒常的におこなわれていることだ。それをあえて「覚悟して」とつけ加えるのは何故だろう、とルナマリアは訝しむ。
「マンツーマンで指導するつもりだから」
その答えをそういい残し、キラはふたりの傍から離れていった。今度はバッシュの開発担当主任の元へいき、何やら話している。
「“フリーダム”と模擬戦ね…確かに覚悟だね」
まさかストライクフリーダムを模擬戦闘に持ち出しはすまい。リンナがつぶやいた“フリーダム”とは、キラ自身を指している。プラント内では(おそらく他国でも)その勇名を馳せた機体を操ったパイロットの名は、いまだに記録されないままとなっている。近くにいて事情を知る者や関わった者らは、オーブからきたこの新しい隊長がそうであることを知っているが、ザフト全体でというとほんの数パーセントの人数だろう。来年1月の進宙式でデーベライナーの配備が発表されるが、そこに含まれるであろうストライクフリーダムの名を見て驚愕する者は多いのではないかと思う。
「ちょうどいいわ。わたし、いまだに隊長が…モビルスーツを操縦するってことも、あんまりぴんときてなくて」
ルナマリアが素直に感想をもらすと、一瞬目を見開いたリンナは、そのあと同意を示すような頷きを交えながら笑っていた。