C.E.74 1 Oct

Scene ターミナルホテル・レセプション会場

シャフトタワーにある軍御用達の豪奢なホテルでその歓迎レセプションは開催されていた。
当然ながら、キラにとってプラント内は知らない人間ばかりだ。アスランに会場内を引き摺り回され次から次へと人を紹介されたが、すでにその名前と顔は一致していない。何十人と挨拶を交わしたのか、これ以上は無理と覚える気力をなくした頃、キラの様子を察したアスランは今度はひとりでどこかにいってしまった。
さすがに神経が疲れ、ほっと一息ついていると、ずっと傍についていたルナマリアが話しかけてきた。
「…ほんとに“ささやか”で驚きました?」
「え? …あ、とんでもない!」
こんなに人が集まるイベントなのだとは知らなかったキラは、ここまで派手にしなくても、といたたまれない気分だった。
実は昨日の夜から嫌な予感だけはしていた。
「スピーチがある」とアスランに予告され、テキトーに挨拶すればいいんでしょといえば、そういうと思った、と眉間に皺をよせ準備してくれたらしい草稿を手渡された。その内容の堅苦しさに、キラはめまいがしていたのだった。
「デーベライナーの進宙式典はもっと派手になると思いますよ?」
瞳をくるくるとさせながらルナマリアが追い打ちをかけた。
“デーベライナー”とは、ヤマト隊の旗艦となる宇宙戦艦だ。隊長の到着を待ってまだ建造の途中にある。進宙は数ヶ月後のことになるが、その先のことを想像してキラはうんざりする。
「そんなぁ、まだやるの?! それもう、ちょっと、大袈裟にすぎないかな…!」
「なにいってるんだ、新造戦艦つきの指揮官なんだぞ。大袈裟なことなんだ」
すぐ背後から声がかかる。振り返れば、どこかへいったと思ったアスランが、にこやかな黒服をひとり連れて立っていた。
「やぁ、どうも。すいません、挨拶が遅れまして。…デーベライナー艦長を務めますアーサー・トラインであります」
キラは彼には見覚えがあった。昼にラクスと最高評議会ビルで会見したとき、彼女の後ろにイザークらとともにいた人物だ。慌ただしくしていて紹介がなかったが、あの場にこの人物がいた理由が判った。
「はじめまして、キラ・ヤマトです」
自分の艦のパートナーにキラは笑顔で手を差し出す。
「キラ。彼はミネルバで副官の任に就かれていた方だ」
アスランがそう紹介するとキラは少しばかり戸惑ったが、アーサーはそれを察したふうもなく「これからは協力してやっていきましょう」とキラに握手を返した。

うろうろとしていると壁際にひとりで佇んでいるアスランを見つけた。視線の先は固定されていて、そこにはアーサー・トラインと楽しそうに談笑しているキラ・ヤマトがいる。
───そんなふうに眺めてんなら自分もまざってくりゃいいのに。
自分には理解しにくいところでいろいろと遠慮がちなアスランの姿を見て、相変わらずだなとシンはつぶやいた。一応はゲストなので放っておくこともできずアスランに近づき声をかける。…というよりは、シンのほうが実は放っておかれていたので、その不満を彼にぶつけるために近づいていった。
シンはこの会場に入ってから、「ここでいちいちついてこなくていい」とアスランに押しとどめられ、つまり今日の役目をとりあげられて、会場の脇でずっと所在なくしていた。任務中なのでパーティに混ざりお酒を飲むわけにもいかず、帰ることもできず、その文句をそのままアスランにいうと、「すまない」といってシンの飲み物をオーダーした。あっさりとアルコールを手渡され、任務中だからと辞退すれば、隊長の許可があればいいんだろと返される。
「…あのね。…隊長はあっちです」
「ああ、知ってる。キラなら許可するから、気にするな」
───どういうんかな…もう。
新しい上官と元上官はツーカーの仲だとはすでに本人の口から聞いている。とりあえずそれを信用して、シンはもらったジンをあおった。正直のどが渇いていた。

アスランはシンが傍にきてもはばからずキラのほうをじっと見つめていた。その顔をこっそりと覗き見れば、何かを考えているようでもありまったく何も考えていないようでもある。キラばかり見ているのも、他に視線を移すのがめんどくさいからといいだしそうな雰囲気があった。あまり社交的な人間ではないことは、シンは彼の配下にいたときに見知っている。
「あんたはプラントにもどらないんですか」
ふたりで黙ってるのもなんだから、とシンは相変わらずの失礼と丁寧をごっちゃにしたことばでアスランに話しかけた。
咄嗟に出たこのことばの裏には、わずかにもどって欲しいという気持ちが混じっているのかもしれない。
シンのアスランに対する気持ちはいまだに複雑なものがあった。だが、嫌いというわけではない。先の戦争中、あれほど困らせ悩ませ、しかも彼が乗る機体を墜としさえしたのに、匙を投げることなくいまだに自分を気にかけてくれている。同じ隊にあったときには、それまでに見てきた上官や先輩と違い、自身の戦歴に奢る態度もなく、自分の力を認めて作戦を任せてくれたりもした。嫌う理由など、どこにもなかった。
自分で告げた質問に逡巡している間に、その彼は一度シンに視線を落とし、またすぐにもどした。
「……もどれると思うのか?」
目を逸らされたまま、逆に問われる。さすがにそれはないだろうなと思いつつも、アスランは以前そうして復隊した経緯がある。必要とされる力を持つ者は、無理をして腕を引かれるものだ。
だが、以前と違って彼がオーブで無為に過ごしているわけではないことをシンは知っている。それなりの地位にあり、戦後ずっとプラント、オーブ間の条約、同盟締結に奔走していたことも聞いている。アスランがいるべき立場ですべきことをしているのであれば、気軽にいえる話ではなかったとシンは反省する。
ところが、思いもしないことをアスランが続けて発した。
「来月からこっちにくるけどな」
「───は?」
意味を掴みかねたその反応に、なんだ知らなかったのか、とアスランが振り返る。
「オーブの軍人外交官ということで、常駐なんだ」
「───え?!」
「だから、ザフトにもちょくちょくいくかもな」
「──────」
シンはことばをなくした。