C.E.74 1 Oct

Scene ザフト本部・射撃訓練室

“なつかしい”ザフト本部ビルの中ほどにあるフロアのラウンジには、おもにザフト上層部の人間や彼らに招かれた外部の人間がうろついている。部屋の中央にある丸く太い柱はソファがぐるりと囲ってあり、さらにその上部には複数のテレビモニターが同じように囲ってある。
その場にいる大方の人間は、そこから放送されている会見に注目していて、オーブ軍服に身を包んだアスランがラウンジに入室しても気がつかない。それでも数人は「あっ」という顔をして彼の顔をまじまじと見つめてきたが、その誰もがアスラン自身が知らない人物だったのでそのまま素通りをした。
テレビにはザフト広報局の記者会見が放送されていて、そこには新議長のタッド・エルスマンとオーブから特務のため招聘されたキラ・ヤマトの姿が映っている。時間的なことを考えれば、それは録画された映像を再放送しているもののようだが、業務上などでリアルタイムな放送を逃した者も多いのか食い入るように見いっている人の数は多かった。
次の予定にはまだ時間がある。
たった今アスランが会見してきた相手、戦後新しく国防委員長に就任したアリー・カシムとは話が弾むことなく、予定の何分も繰り上げてその部屋を辞してきたところだった。
アスランは後ろにつき従う(見張られているともいう)人物を振り返り訊ねた。
「シン。この上のフロアにいってもいいか?」
いわれてシンは困ったように片眉をあげた。この上のフロアは関係者以外の入室はふつうに断られるエリアだ。とはいっても、軍の大事な情報端末があるわけでもなく、ザフト兵がふだん過ごしている休憩室や訓練室、食堂といったものがあるだけだ。ものめずらしさに、ザフト兵の随行で見学にいく部外者がないこともない。アスランはもちろんそれを知っていて、「久しぶりだから、ちょっと見たいだけだ」と他意のないこともシンに告げた。
「まぁあと三十分くらいですからね。暇つぶしのネタも思いつきませんし」
携帯端末で時間と予定を確認しながらシンがいった。

エリート集団のクルーゼ隊に配属されていたアスランたちは、入隊当初はこの本部に身を置き、自室も本部に隣接する宿舎にあった。パイロットの宿命ゆえにヘリオポリスの作戦からほぼもどれることはなくなり、馴染んでいたはずのフロアはただなつかしさだけが残っている。さらには見知った顔が数少なく、その間におきた二度の大戦で多くの命が散ったことを実感させられた。
「おれ、あんまり本部判んないんすよね。入隊からずっとアーモリーにいたし。最近はアプリリウスフォーだったし」
ことばを発しないアスランに気を遣っているのか、シンは後ろで勝手に話しはじめる。単に黙々と男ふたりで歩く沈黙が耐えられなかっただけかもしれない。
「…ああ、ラクスのところか…。このあとは?…ヤマト隊はどこが拠点になるんだ?」
「艦がまだできてないっすから。やっぱりアーモリーでしょうね」
アーモリーか、とアスランはため息を吐く。工廠が集中するアーモリーは、プラント本国のあるL5とは離れたL4に位置していた。あまり気軽に通える距離ではない。来月からアスランが身を置くことになるのは、アプリリウスなのだ。

ふと顔をあげた先の部屋のドアに、キラに随行していたルナマリアがぼうっと立っている。
「え、おいルナ。なにやってんだ、こんなとこで」
「あんたこそ、シン。…アスランも」
おれたちは暇つぶし、とシンが答えるとルナマリアは自分たちもそうだといって、彼女がたつ背後のドアを指した。そこは拳銃の射撃訓練室だ。
「隊長がちょっと遊びたいっていって。しょうがないから見張り。他の兵に見せるわけにもいかないでしょ」
「……ゲームセンターと勘違いしてないか?」
アスランは渋面をいっぱいにした。横ではやはりシンが呆れたように息を吐いている。ふたりにそのまま待機をいい置いてアスランは訓練室に入った。

個別にセパレートされた射台のひとつに、白い背中が見えた。重たい射撃音が間を置いて二発鳴り、轟音からくる耳鳴りを余韻にしながら静まる。ほぼ真後ろからそれを見ていたアスランは、動きを止めてしまったその背中にそっと近づいた。ザフトの白い制服では、その細い身体がより強調されて見える。後ろから抱きしめるように彼の背中を覆い、銃をかまえる腕に手を添えた。
「…肘がまがってる」
イヤーマフもつけずにいたキラの耳元で囁くと、その身体がびくりと震えた。
キラに銃の訓練をしろといったのはアスランだ。どこにいても危険のあるその身で、いつでも自分が守れるとは限らないからと思うところもあった。銃を持つことすら嫌がっていたキラだが、アスランの心配を知ると素直に従って訓練も真面目に受けた。もとからあるポテンシャルは高いため、キラはすぐに上達した。
今更ながらに、アスランはそれが哀しい、と思う。
「ひと月も、耐えられるかな…」
アスランの心に同調するかのようにキラがつぶやく。
「すぐに傍に、くるよ」
アスランがプラントにきてもその距離が縮まらない、とさきほど知ったばかりだったが、心からの約束をする。
「おまえの傍からは離れないと、決めてるんだ」
そのことばに、力の入っていたキラの肩と腕がふっと緩む。銃を持つ細めの両手を自身の双手で覆い、その冷たく重いものをキラから奪い取った。静かに台に置き、そのまま腕でキラを抱きすくめる。うなじや耳の後ろにくちづけを落としながら、新しい軍服の匂いに消されそうになるキラの匂いに縋りついて、アスランはいつまでもその腕を放すことができなかった。