C.E.74 1 Oct

Scene 最高評議会ビル・タッドの執務室

しんとした議長執務室に軽快な電子音が鳴り響いた。
「きたのかね。通してくれたまえ」
プラント最高評議会議長タッド・エルスマンは、秘書に応えると席を立ち、やがて目の前に現れる人物を待った。間をとらずシュッとドアが開き、ザフト隊長格の白服を身に纏った細身の青年が入室した。
「キラ・ヤマトくん」
「議長閣下」
初対面のふたりは握手で挨拶を交わし、タッドは来客用のソファをキラにすすめた。

こうして実際にキラを目の前にし、タッドはつくづく印象の違うことに驚いた。
かつてヤキン・ドゥーエ戦役でザフトを悩ませたストライク、そして今はフリーダムのパイロット。いつか映像で見たフリーダムの戦闘記録は驚くべき運動性能を映していた。生体工学の出身でそちらの技術には暗いタッドでも、その操縦には並の技量では追いつかないことが判る。
そのうえ彼は、正攻法とはいえない手段でこのプラントに取り引きを求めてくるという大胆な内面も持っている。仲立ちをしたラクス・クラインの話ではそれは、オーブ国民としての立場ではなくキラ個人としての申し出だという。オーブ軍准将という身分にあってそれが国内でどんな非難があることなのか想像に難くない。単純に若いが故の向こう見ずなのか、大戦を終結に向かわせた“英雄”のスケイルなのか、まだタッドには判断できない。
いずれにしろ、目の前にいる人物はどこから見てもその行動にそぐわない容貌と穏やかな声音を持っていて、それを微かに頼りなく感じている自分がいることに苦笑した。
───人は見かけによらないとは、本当にこのことではないか。
意味ありげな笑みをこぼしたタッドに、キラは「どうか?」と訊ねる。その小首を傾げるさまを見れば、誰もタッドを責めることはできまい。

素直に「意外に思えて」と自分についての感想を述べられ、キラは微笑した。すでにオーブ国内で聞き慣れた感想でもあったが、こうはっきりと告げてくる人は、そうはいない。
キラはラクスから「信頼に足るお方です」といわれ、アスランからは「議長はなにもかもご存知だ」といわれていた。タッドの息子であるディアッカからも、文官らしくないまっすぐな人だから、と教えられていた。
彼らのことばを信用し、タッドには事前に自分の目的を隠すことなく伝えている。それを容れ、かつ実行に必要な地位まで用意してくれた。過去の経緯から、議長といえど軍部に理由なき権限を振りかざすことは難しくなっている。それを通して準備したのは、その政治手腕も相当なものと想像ができた。

ふたりはしばらく会話し、時間を告げる秘書のコールで同時に立ちあがった。このあとはふたりともに広報局で会見をおこなうことになっている。
執務室をでるまえに、タッドは自分のデスクのうえに置いてあった小さなケースを手にした。
それはいつか、キラも一度だけ見たことがあるもの──特務隊、FAITHの徽章だった。
「わたしがつけてあげよう。これからテレビに映るのだから、曲がらないようにしないとね」
タッドの申し出に少し驚いたが、「お願いします」と頼んだ。この人物もなかなか見た目とは違いフランクな人のようだ。キラはこのときに初めて、この議長がディアッカの父親であることに得心がいった。