C.E.74 1 Oct

Scene アプリリウスワン・ドッキングベイ

プラント首都、アプリリウス市。
十基のコロニーで構成されているその市のうちの一区、アプリリウスワンには最高評議会ビルのほかザフト本部など、プラントの中枢となる機関が多数存在していた。
いわゆる“砂時計”中央のくびれに位置する港には、首都中枢区だけあってひっきりなしに要人の乗るシャトルが出入りする。それだけに警戒態勢は非常に強力だ。
ザフトのシン・アスカとルナマリア・ホークは、オーブ連合首長国からの国賓を迎えるべく、ボーディングピアを急ぎ移動していた。港のゲートで、軍籍である自分らの認識票を確認しながらも複数回のボディチェックと軍本部への確認連絡がおこなわれ、そこへ足を踏み入れるまでに予定より時間を要した。
───こういうの緊張すんな…。
知人であるとはいえ、“来賓”の護衛任務に就くのは初めてのことだ。おまけに新しい上官も一緒だ。シンは歩きながら、身に纏う赤い軍服の襟元をもう一度整えた。

異動辞令を受けたのは昨日のことだった。
『シン・アスカならびにルナマリア・ホークは、明日一〇・〇〇ヒトマルマルマルよりヤマト隊へ異動。以後、キラ・ヤマト隊長麾下にて作戦を遂行のこと』
「──また異動っすか!」
途端に、べしーっという音が痛みとともに後頭部に炸裂した。ルナマリアがひっぱたいたのだ。
「おまえらタライ回しにされてるなぁ」
笑いながらいうのは、たった今、本日までの所属と判明したこのジュール隊の副官、ディアッカ・エルスマンだ。
メサイア攻防戦で隊長を失ったグラディス隊の面々は散り散りバラバラにされ、なおかつその配属はしばらく落ちつくことがなかった。たまたまふたり一緒に6月からこの隊への配属となり、やっと落ちつくことができたと思っていたのだが。
「まぁいいから。復唱のうえ“はい”のお返事」
通信モニターの向こうでは連絡員の女性が少し困った顔をしていた。彼らの背後で一緒に通達を聞いていたディアッカは、早く通信受領をしろと促す。
「……シン・アスカ、明日一〇・〇〇よりヤマト隊にてその任遂行します」
「同じくルナマリア・ホーク」
ふたりは連絡員に告げてから受領サインを送った。
「それにしてもキラのところかぁ。……まぁ、いろいろあるかもしれねぇけど、頑張れよな」
「いろいろ……そりゃあるでしょうね、あのひとんところなんか…」
ディアッカのちょっとした含みには気がつかず、シンはそういって不満そうに返した。
問題など、あるだろう。その人キラ・ヤマトは、プラント国民でもなければザフトの正規軍人でもないという立場で、ここプラントへやってくるのだ。しかも、指揮官として。そんな前例はもちろん聞いたことがなく、また、なんでそういうことになったのかなどシンの考えがおよぶところではなかった。
「……まぁ、なんかあったら相談にのるから、おれにいえよ。な」
ヤマト隊が荒れるだろうことなど、ディアッカにも容易に想像ができた。そのうえこんな問題児をあずけていいのか、と。シンのことはけっこう気に入っているディアッカだったが、まだまだ跳ねっ返りであることは否定できなかった。

シンたちが向かう方向から、知った顔が三人と知らない顔が三人、一団となって歩いてきた。自分らが迎えるべき目的のご一行様だ。ふたりはそこで敬礼し、挨拶はルナマリアが切り出した。
「お待ちしておりました、プラントへようこそ」
「あ、こんにちは!」
この場に不似合いな一声に、一瞬全員が固まる。
それを発したキラ・ヤマトの背中を、左斜め後方に立つアスラン・ザラが小突いた。三人おいて一番後ろにいるメイリン・ホークがそれを見て、肩を震わせて笑いを堪えているのが、見える。
「あっと、すみません。だって、ふたりとも会ったことあるからつい、ね?」
キラはこの6月に会ったときの雰囲気とは少し違って見えた。ルナマリアは常々妹のメイリンからその人柄を、「優しくて、穏やかで、明るくて、かわいい系の人」という説明で聞いていた。とすれば、今のほうがおそらく“素”に近いのだろう。最後の「かわいい系」というのは容姿ではなく、性格のことだ。いわゆる天然タイプということらしい。こうして目の前でその笑顔を見れば、性格だけではなく見た目もかわいい系であることがよく判る。
「キラ・ヤマトです。よろしくシン、ルナマリア」
キラはザフト式の敬礼であらためて挨拶をした。
「…本日付けでヤマト隊配属になりましたシン・アスカであります」
「同じくルナマリア・ホーク。今日は随行してオーブ特派大使アスラン・ザラ様護衛の任につきます」
その言に今度はアスランが「すまないな、よろしく」、といった。

その後、ラウンジに移動すると残る初顔、ヒルダ、ヘルベルト、マーズの紹介を受けた。モビルスーツのパイロットでそのままキラと一緒にヤマト隊の配属になるのだという。
気がつけば、オーブからの一行だというのに、アスラン以外は全員がザフトの軍服を着ている。シンはますます複雑な心境になった。
───部下つきでくるって。…どんだけ…。
そんなシンの胡乱な目つきにアスランはすぐ気がついた。考えていることが手に取るように判り、無理もないな、と自然に苦笑がこぼれる。
アスランはシンの傍に寄った。
「シン、今日の予定を確認したい」
「あ? あ……はい」
ポケットから携帯端末を取り出し確認する。
一一・三〇ヒトヒトサンマル、ラクス・クライン氏と会見、続けて昼食。一四・〇〇ヒトヨンマルマル、隊長はエルスマン議長と会見、終了しだいプレス会見。他のみなさんはその間ザフト本部へ…」
「おれもか?」
思わずあいだを切ってアスランが訊く。
「……本部についたらあんただけでカシム国防委員長と会見」
呆れたような声音でシンが返事をする。
うっかり“つきそい”だけできたつもりでいたアスランは、単身の予定に少しばかり驚いた。しかし、よく考えれば来月から駐在武官としてこちらへくる身だ。自分を棚上げに考える癖にアスランは自嘲した。
その様子にシンは辛辣だ。
「何が面白いんすか。気味わりィっすよ。……一八・〇〇ヒトハチマルマル、隊長の着任式。んでもって、そのあとささやかながら歓迎会があります」