C.E.74 1 Oct

Scene プラント中継ステーション・アークエンジェル

アークエンジェルのモビルスーツデッキからストライクフリーダムの駆動音が響いた。
───もう、この機体のこの音を、この場所で、自分が聞く機会はないかもしれない。コジロー・マードックは感慨深げに目を眇めてフリーダムを見上げた。
「じゃあ、マードックさん。いきます」
「おう、元気でな、ぼうず」
スピーカーでなく、わざわざ一度コックピットから顔を出したキラは、長年自分の機体の面倒を見てくれた整備主任に別れの挨拶をした。ばいばい、と最後に手を振ってフリーダムの中に収まる。まだ会う機会はいくらでも訪れようが、とりあえずの別れの儀式だ。
「キラ・ヤマト、フリーダムいきます!」
カタパルトから勢いよく発進したフリーダムは、プラント──アプリリウスワンのドッキングベイへ飛び立ち、あっという間に小さくなっていった。
続けて、ドムトルーパー三機が発進する。搭乗するのはヒルダ・ハーケン、ヘルベルト・フォン・ラインハルト、マーズ・シメオンの三人だ。
その様子を見送って、アスランは自分が乗るランチボートに向かって床をけった。ボートに乗り込むと操縦席にはムウが座っている。
「お嬢ちゃんは?」
「……え…さきに乗るように、いっておいたんですが…」
もどって半身をボートの外に出すと、「すみません!」という声が聞こえて、メイリンが文字通り飛んできた。慌てた勢いを抑えるようにアスランがメイリンの手をとる。
「す、すみません…!」
今度はそのことに謝って、メイリンはぺこぺこと頭を下げた。
「いいよ。どうかした?」
ごく間近になったアスランのきれいな笑顔に見蕩れて一瞬詰まりつつも、メイリンは制帽を探してて、と遅れたいいわけをした。

今日、メイリンはザフトの軍服を着ている。
名目上オーブ軍捕虜という扱いで今回の帰国を果たすことになり、彼女は一応軍人の格好をしてはいるが、その後は除隊処分となることが確定していた。
「最後まで力になれなくて、すまなかった…」
アプリリウスワンに向かって発進したボートの中で、アスランは何度目か判らない謝罪を口にする。メイリンもその度にする同様の仕草…顔のまえで両手をぱたぱたと振ると、「そんな、とんでもないです! プラントにもどれるだけで、すごいことです!」ということばをアスランに返す。
実際、ザフト復帰を目の前にしながら拒絶したのは当の本人だった。
スパイ嫌疑捏造の件を盾にすればごまかしがきく書類ができていたにも関わらず、メイリンはアスランの脱走幇助の動機を「私的理由」と正直に証言してしまったのだ。
確かに、戦後オーブに降りたとき、「除隊は考えていたことです」と話していた。彼女をその気にさせたのは脱走時のレイのひとことと、その後いわれない罪を着せられたことによる。自身のこれまでの貢献心を挫く事件ではあった。
また、メイリンには別の本心もあった。今この目の前にいるアスランやキラ、ミリアリア…。彼らが軍人を続けることの志を思い、自分がただ流されるようにその職を選んだことに恥ずかしさを覚えている。もちろん、復隊したとすれば心を入れ替えて励むこともしたであろうが、我ながらその生き方が似合っているとは思わなかった。
「でも、ザフトに入隊したことは本当によかったと思っています。いろいろありましたけど、アスランさんたちに出会えましたし。勉強になることもたくさんありました」
メイリンは新しい旅立ちに似合いの、晴れやかな笑顔をしていた。アスランにもそれが彼女の本心であることが伝わり、少しばかり安心した。