C.E.74 17 Sep

Scene オーブ軍官舎・1102号室

アークエンジェルの新エンジンやストライクフリーダム用のランチャーなど、短い期間にキラが開発に携わったものは多くあった。いずれも細かいものだったとはいえ、予定の工期をいくつも繰り上げ急いだのは、キラがじきにプラントへ行ってしまうからだ。出発を目前にして宙域でのテストなど他人に任せればよいものをと周りは引き止めたが、それは製作者としての責任でもあるし、フリーダムのものはキラでなければどうしようもない。なんとか予定を調整して三日半のテスト航行へでかけ、幸いにも良好な結果でほくほくと大気圏内へもどったのはつい三時間ほど前のことだ。

本当のところ期待していなかったのだ。出迎えなど。
一応、「もどったからね」とアスランにメールは入れておいた。彼がとても忙しいことは知っている。忙しいのであればそれを見るもの日付を越えて帰宅直前のことなのだろう、とキラは予測していた。だから、カグヤ島の宇宙港から真っすぐに官舎へ帰宅したキラは、夜中といえるこの時間でも同居人がもどっているなど、まったく頭になかった。
それなのに部屋の玄関にカードキーを通してドアを開ければ、室内は煌煌と明かりがついており、こちらの物音を聞きつけたアスランが笑顔とともに「おかえり」といってキラを出迎えてくれた。
「アスラン…まだ帰ってないと思ったのに」
それには応えないで呆然とするキラを双手に抱きしめてくる。
「おかえり、キラ」
耳元で再度囁かれ、キラは慌てて「ただいま」と応えた。アスランは挨拶にうるさく、返事をしないといつまでも「おかえり」をいわれることになる。そうこうしてキラが思わぬ出迎えに感激する暇もないままアスランはぱっとその体を放し、先に立って室内へと入っていった。それを追いかける彼へ、トリィは直しておいたぞ、と背中越しにいってまたキラを驚かせた。
「そんな時間あったの、アスラン」
リビングに足を踏み入れるとトリィが鳴いて主人の帰宅を歓迎する。さらに驚いたことは、ついさきほどまでアスランが作業していただろうと思われるテーブルに広げられた数々だった。
「……なにこれ…新しいハロまで作っちゃって…」
「キサカ一佐が条約策定委員会に入って、いろいろ負担を引き取ってくれたんだ。おかげで時間ができた」
C.E.75年から勤務が開始されるプラントへの派遣外交官リストにアスランが正式に入ったため、今のままではその準備もままならないとキサカが気を遣ってくれたとのことだ。
「プラントへ行く準備といっても…これしか思いつかなかった」
アスランは自嘲気味にテーブルにあるハロの作りかけを指差していった。ラクスのプラント帰還が決まったときから作ろうと考えていたらしい。何かの記念があれば彼女にハロを贈るのは、もはや習慣となっているようだった。傍目にはこういうのを“恋人への贈り物”とみるのだろうが、アスラン自身にそういった意味がすっぽりと抜けているところが実に不思議だ。
キラは荷物をそのへんに放り出してソファに座ると、さっそく彼の作品を観察した。製作途中のハロを見るのは初めてだ。
「壊すなよ」
いい置いてアスランが放り出した荷物を片づけてくれる。いつもなら小言がふってくるところだが、今日はサービスしてくれるらしい。
そのあとアイスココアを片手にもどったアスランは、キラにそれを手渡すと正面に座ることなくソファの隣へ無理矢理割り込んできた。
ふたり掛けとはいえ少し窮屈だなぁと文句をいおうとするが、アスランはそうして頼んでもいないのにキラの手に収まっている作りかけのハロの構造の解説を始めたので、キラは考え直して口を閉じる。
ハロにはひとつひとつ違ったおまけ機能を仕込んでいて、今回はこうしてみたとか、このあたりがうまくいかないんだとか、夢中になって話している。アスランは昔からこうした“熱中癖”があった。急にもてあます時間ができ、キラにトリィの修理も頼まれたきっかけもあり、つい工作ごとにハマってしまったのだろう。キラは話を半分ほど聞き流しながら、変わらないなぁとしみじみ過去に耽った。
「色がまだ決まってないんだ」
たいていの色はもう贈ってしまっていて、あとは基本色のバリエーションか、はたまた二色にしてみるとか、悩ましいところなのだという。
「ラクスに決めてもらえばいいんじゃない」
本人の希望に添うのは、それはまちがいなくいちばんであろうからとキラはアドバイスした。キラがそういうなら、とアスランは提案を容れて、「今日はもう終わりだ」と片づけを始めた。とはいってもなくしやすいパーツ類をまとめて工具箱に仕舞う程度のもので、明日にも続きをやるつもりなのだろう。
そうして三十秒にも満たない片づけが済むと、アスランはそのままキラに向き直って強引に肩を引き寄せた。
「うわ」
急に抱きしめられてバランスを崩しそうになり、そのまま彼へ倒れ込む。アスランといえば、近づいた顔を幸いにとキラの頬や額にいくつもキスを落とした。
「え…う……ちょ……やめてよ、アスラン」
「うん」
素直にそう返事をしてキスは止めてくれたが、抱きしめる腕は緩みそうになく、そのままキラの耳元に顔を埋めたまま動かなくなってしまった。
「……アスラン、もしかして寂しかった?」
突然の過剰なスキンシップに、頬が熱くなるのを感じながらも訊ねると、そうかも、と囁かれた。
「“かも”じゃなくて…寂しかったんでしょ」
「………………」
「……仕事が忙しくて顔も見ないことなんて、今までにもけっこうあったじゃない」
「…そうだけど」
アスランは、キラが先にプラントへ発ってしまう日のことを想像して思いを募らせているのかもしれなかった。予定ではその一ヶ月後にアスランもプラントへ行くのだが、ふたりの心が近づいた分だけそれを遠く感じてしまうのかもしれない。実際、キラも同じ思いがあった。
アスランはようやくキラを放して少しの距離をとった。狭いソファのうえの距離など、たいしたものではないのだが。
「置いていかれる気分がする」
思いがけず拗ねた子供のようなことをいわれ吹き出す寸前だが、彼の真剣なまなざしにそれを押しとどめる。どうしたものかと思うが、キラはふと思い出した過去を引き合いに出す。
「…そんなこといってさ、アスラン。きみだってぼくのこと置いてったことあったでしょ。二回も」
コペルニクスで最初に。次はつい一年ほど前、勝手にザフトへもどったときだ。
「そんな…好きで置いていったわけじゃないし…だいたいこのあいだのときは、おまえおれのものじゃなかっただろう?!」
「カガリも置いてったよね?」
「………………」
キラのわるふざけにアスランはことばに詰まる。先走って迷走したあの頃のことは、いまだ周囲の面々に頭のあがることではない。アスランの反省を思ってキラはあまり蒸し返すことはしないが、距離が縮まるとつい遠慮が薄くなることもある。さすがに傷をいじったと思い、キラは「もどってきたから、許すけど」と、つけ加えた。
口の重くなってしまったアスランの目を見ることができず、手元に落ちている彼の手を拾ってそっと握った。すぐに絡んでくる指先が、少し体温の高い彼のぬくもりを伝えてくる。
「さきにプラントへ行っちゃうけど、待ってるからね、アスラン」
そっと表情を窺うと、やはり寂しい、と訴える瞳がキラを見つめている。
「……キラ」
この瞬間にも自分を呼ぶ彼の優しい声が何より好きだと感じていた。
離れることが寂しいなど、アスランに負けないくらいにキラも思っている。不調で留守番にしてしまったトリィも傍になく、この三日間をキラがどれほど長く思っていたか。
彼に「寂しい」などと愚痴をいわれる筋合いはないのに、とキラはそっと心の中でつぶやいた。