C.E.74 21 Sep

Scene オーブ軍本部・本部棟食堂

「え?! マリューさん、退役するんですか?」
「…まったく…なんでおまえがそれを知らないんだよ。同じ所属だろう」
「アスランだって知らなかったくせに」
「そ……っ…。仕方、ないだろう、こないだまでずっと官邸に拘束されてて…」
「そこ、情報がいちばん落ちるとこじゃん」
さきほどからキラとアスランのじゃれ合いが目の前で展開されていた。マリューはにこにこ、ムウはにやにやと、その様子を眺めている。
四人揃ってでは久しぶりの昼食だった。主にはアスランが不在であることが多く、もうオフィスをヤラファス島にしたほうがいいのではないかという毎日だったが、この頃は少し余裕があるらしい。
珍しく見かけたふたり一緒の席に割り入ったものの、隣に座りあう彼らの睦まじさは新婚の自分たちに負けず劣らずの様子だった。それでもときおりアスランのほうが自制してみせる努力がなんとも微笑ましく、破顔したままことばを挟むことなくふたりのやりとりを眺めて楽しむ。横にいるムウと目線を合わせると、彼も同じことも思っているように微笑んでいた。

マリューが彼らと出会ってから三年が経つだろうか。
身近にはなかったコーディネイターであるキラにはさまざまな衝撃を受けることも多かったが、中身はごくふつうのどこにでもいる少年だった。アラスカで死線を乗り越えて現れたときにはいささか冷めた印象を伴ってきたが、アスランがアークエンジェルと共闘を始めた頃には、また年相応の少年らしさを垣間見せるようになっていた。それはもちろん、今のようにアスランと一緒にいるときのことだ。
幼少の頃に結んだ絆の深さはいつでも過去へ引きもどすのに違いない。
いつかアークエンジェルの展望室で、近づく月の都市をふたりでただ黙って見つめているのを見かけたことがあった。肩を寄せ合って、本当にことばもなく、思いを馳せるようにゆっくりと迫る月に視線を送っていた。実際には会話もしていたのだろうが(実際、マリューは話し声を聞きつけその場所へいった)、ことばにのせる必要のない記憶をふたりは共有しているのだ、とその時マリューは知ったのだ。
そうして、今も自分が彼らから目を離すことができずにいるのは、そんな彼らに憧憬を抱いているからだと思っている。

マリューがひとり思いを巡らせていると、アスランをやり込めて満悦らしいキラがこちらのほうを向き、難しい顔を見せた。
「マリューさん家庭に入るってことですか? …プラント、いかないんですか?」
早とちりするキラに彼女は慌てて「いくわよ、もちろん!」と答える。マリューはオーブの特命全権大使として、プラント行きメンバーの筆頭に名を連ねていた。
「大使が武官っていうのも殺伐とした感じだからって。…ね?」
そういって視線を向けた先のムウが頷く。同じく彼は大使館付武官補佐官に決定している。
「確かに今後ザフトとは、そういう結びつきが強くなるんだろうけどな。まぁだからこそ、多少は柔らかく見せたいってものだろ、とくに“地球のみなさん”にはな」
地球連合の力が衰え、あたりは弱くなったとはいっても、オーブとプラントの軍事同盟の決定に連合加盟国からの批判は続いていた。地上での勢力図が描き変わる事態なのだから仕方のないことではある。できるだけ穏便にまとめるため、オーブの外交筋は日々頭を悩ませている。
そういった中にスタンドプレイともいえる交渉をプラントに持ち込んだことで、政治家からのキラに対する圧力は多い。もはや国の枠が視点にないキラにとってはどうにも小さな嫌がらせなのであろうが、朗らかに見せている影で心労が多いことをマリューは知っている。アスランが唯々諾々とカガリの要請につきあい、軍務よりも政治的立場に寄った活動を続けていたのも、ひとえにキラを守ろうとする所以ではないかと思っている。
そしてふたりのどちらも、そうしたことを指摘しても互いの相手を見て否定するだろうことは判っていた。

プラントへ行っても別の問題があるだろうことは容易に想像できるが、少なくともオーブにいるよりはいいのではないか、などとマリューは考えてしまう。ささやかにはあろうとも、彼らが互いに気を遣うほどでいなければならないことなど、彼女にとってはそちらのほうが理不尽に思えてくる。
「じゃあ、退役パーティしませんか?!」
耳に飛び込んできたキラの明るい声は、そうしたマリューの不満や心配をかき消した。自分には彼らを信じる力があり、それが彼らへの力にもなる。あなたたちの味方だ、と見せることしかできない自分にとっては、このあとのこともそうして見守ればいいのだと思う。
「あー、それはもう確かミリアリアが動いてくれてるな…。でも日程はキラがプラントへいったあとじゃないのか?」
退役はプラントへの異動直前になるので、キラがオーブを去ってその一ヶ月後のことになる。ムウの残念な発言に、キラは「えぇー……」とデザートスプーンを子供がするように口にあてた。アスランはそれを見て早速「キラ、行儀がわるい」と小言をいっている。
「あら、わたしは二回お祝いしてくれるっていうなら、やってくれてもぜんぜんかまわないのよ?」
マリューの意見にふたたびキラの目が輝く。ムウがそういうことなら、と提案を出した。
「じゃあ、あれだ。キラの壮行会とマリューの退役記念てことで。来週どっかで一緒にやるか?」
賛成!と大声を出したキラに、食堂内の注目が集まる。さすがにしまったと身を縮めるが時すでに遅く、彼の隣の親友までが呆れながらも少し恥ずかしそうにしている。
その一瞬前、「キラの壮行会」ということばにアスランが微かに反応していたことを、マリューは正面に座る席から認めていた。

キラのプラント出発は十日後に迫っていた。