C.E.74 11 Jun

Scene オーブ首長会議事堂・会議室

オーブ連合首長国とプラントのあいだでは3月27日に停戦の合意がなされたが、このあとには休戦を定めるための平和条約の締結が控えていた。さらには、条約に合わせて軍事同盟を結ぶことをカガリが決断したため、ウズミの理念を撤回するのかとの反発で、政局はおおいに混乱していた。
しかし、カガリはウズミの抱いた志まで翻したつもりはなかった。実際のところは、中立国としながらもこの数年戦場となることを避け得なかった現実がある。ことばだけがひとり歩きしている理念の根底を見極め、現実におこってしまうことを含んだうえで、国民の平和のために尽くせる手段の幅を広げようとしているだけなのだ。そのためにこれまで対立の多かったサハク家とも結び、国内での矛盾や対立を消化することも始めている。
正しい手段が常にあるとは、カガリも思ってはいない。だが今は、自分が信じる道を選びとり突き進まねば国民もついてこないであろうし、オーブの軍事力を狙う諸外国にまたもやつけいる隙を与えることになると考えていた。

そんな思いの勢いを表すごとく、カガリは会議室への通路を二名の随員を従えて足早に進んでいた。アスランもカガリの隣に並んで歩いている。今からおこなわれる会議は、揉めると判っていることが議題にあるので少しだけ気が重い。カガリはつぶやきにそれを漏らした。
「厄介なのはやはりフリーダムとジャスティスの処分についてだろうな」
三年前の課題だが、盗用機体を元に開発されたこれらの置き位置は、オーブとプラント双方にとって微妙な問題だった。
「そうだな。おれとキラ個人が関わっていかざるを得ない問題だ……」
アスランも沈鬱な表情をしていた。彼自身だけのことであればこうも低い声でこぼさないだろうに、とカガリは思う。彼女としてはふたりともが大事なので、悩みも二倍だな、と心の中で唸る。
それを振り切り、自分自身も鼓舞するかのように、きつい口調でアスランにいう。
「だが、国としては。軍人とはいえ個人に依存する内容を飲むわけにはいかない。しかし、国内にそれを利用しようと考える者も、いることはいる。スケープゴートを強いるような意見は全部はね返せ」
「……判っている」
───とはいっても、こうしたかけひきは苦手だ。
カガリがちらりと横目で見ると、アスランからはそんな苦手意識が苦い顔となって表れていたが、筋の通った理屈はよく捏ねるし、目上相手にも引けを取らず頑固を貫くし、何より“くそ”真面目な態度が取り柄のこの男には心配していなかった。彼の真摯な姿勢は頭の固い老人たちにはうけがいいだろうと予想していた。
随行員が先に立ち、訪れた会議室のドアを開ける。中にはすでにこれからおこなう平和条約策定委員会の委員たちと首長らが揃っていた。
アスランをともなったカガリが入室すると、案の定、議場内の面々が一瞬ざわめく。アスランはさきほどの渋面のかけらもない涼しい顔をして、空いている席のひとつに着いた。
「今回からザラ准将にも同席いただくことを許可いただきたい。ご存知の通り今までオブザーバとして意見を頂戴していたが、今度の条約締結と軍事同盟の検討に、彼の意見を参考程度にとどめることはできない。委員会で実際に発言していただくためにザラ准将の委員会入りを推薦する」
カガリは座らないまま、凛々しくもよく通る声で第一声に発言した。すると、議場内はまたもやざわめく。
「……国内の反発がでることはお考えにならないので?」
首長のひとりがほんの少しだけ控えめに訊ねる。
「では訊くが。あなたがたは今までの彼の働きに対して、ナチュラル排斥者の血縁としかいまだに見ることができないと、そうおっしゃるのか」
「そうではありません…ただ国民感情の…」
「真摯に国のためにおこなっていることに対して、なおでてくる根拠のない風聞を払拭する責務は国にあると思うが違うか」
カガリは努めて声を荒げず冷静に反撃する。彼らのこの反応は想定済みだ。
「個人感情でわたしが彼を擁護していると見ている者がいることも知っている。だがわたしとしてみればいいかげんに個人感情抜きで国政にあたれぬのかと申し上げたい!」
後半はやや強い口調でいうと、その場にいる誰もが何も次のことばを告げることはなかった。
カガリは「まだ何かあるならいえ」といいたげにゆっくりと彼らに視線を送り、誰も自分に目を合わせないことを確認するとやっと席に着いた。
「委員長、挙手でザラ准将委員就任の決をとってくれ。今日の会議はそれからだ」
満場一致であったことはいうまでもない。