C.E.74 13 Jun

Scene カグヤ島・宇宙港VIPラウンジ

その日はふたつの用事で、アスランとカガリはカグヤ島を訪れていた。
ひとつはこのカグヤの宇宙港で、プラント大使ラクス・クラインを歓迎するためだが、もうひとつは私用である。数日後はカガリの父、ウズミ・ナラ・アスハの命日だ。ラクスの来訪で当日ゆっくりと墓前に立つことができないので、ふたりは事前の墓参りをしたのだった。
「お父様は、怒って、いるかな」
慰霊碑のまえで、カガリがぽつりという。
ギルバート・デュランダルの標的が自国に向けられることを予想していたこともあったが、メサイア攻防戦をまえに彼女は、結果的に「国防のみに徹することなく」とオーブが新たに進む道を示し行動した。ウズミが提唱した理念は「他国の争いに介入せず」だ。カガリの決めたことを「いらぬ正義感」という者もいる。だが、戦渦拡大に繋がるような世界間の争いを事前に諌める力があれば、それはオーブ国民を護ることにもなるのだ。長い道のりであろうが、無茶であろうが、カガリは全世界における政治力、影響力を、このオーブに持たせたいのだった。父、ウズミと根底の思いは同じだと信じてはいるが、それでも先の見えない未来がある限り不安はつのる。
「カガリのことは、ちゃんと見守っていてくださるさ」
アスランは静かにそう彼女へ語りかけたが、それが慰めになったかどうかは定かではない。カガリは、慰霊碑のまえでそれ以上のことばを発しなかった。

ふたりは午後になってからラクスを宇宙港で出迎えた。向こうでは大変だろう?と声をかけるカガリに、「毎日が充実して楽しいですわ」とラクスは相変わらずの笑顔で答えた。アスランとも笑顔で挨拶を交わすと、カガリの秘書官がVIPルームへの移動を促した。
ラクスの初日第一のスケジュールはオーブ代表首長カガリとの会談だ。アスランも同席することになっていた。
「聞いてると思うが、アスランが平和条約策定委員会に正式に委員として名前を連ねることになった」
「ええ…だってまだ委員じゃなかったことが不思議なくらい、すでにいろいろと貢献されていて」
「初めからこうなることは判ってたくせに、こいつがぐずぐずと委員会入りを拒んでてな」
早速話題はおれか、と思いながらアスランは無駄と知りつつ反抗を試みる。
「しかし、おれの名前があまり表に出るのは問題が…」
すると予想通りに、カガリが何度いえば判るんだ、と怒りだした。
「動いた分だけ名前を出せ! おまえが何をやっているのかプラントにも地球にも、見せればいいんだ。そうすればぐだぐだと父親の名前を聞かされずにすむ!」
自分以上にそのことを気にしているカガリの励まし(?)は充分に効果がある。思えば、今ここに集っている三人が三人とも知名度の高すぎる親の名を背負っている。
いい過ぎたと思ったのか、カガリが軽く咳払いをして「……ことばがわるくてすまないが」といった。
「いつまでも“アスラン・ザラ”ではなく“パトリック・ザラの息子”でいいのかおまえは」
「もう…判ったよ。だから委員にもなっただろう」
いいから早く実のある話を進めろ、とアスランは投げ出した。

「プラントの情勢はどうだ? もう目に見えた混乱はないように報道されてはいるが」
ギルバート・デュランダルによるロゴス打倒の政見放送で明けた、コズミック・イラ74年。それからメサイア陥落の3月まで怒濤のような動きと紛争に翻弄され続け、ヤノアリウス、ディセンベル数区の崩壊もあり、プラント国民は疲弊しきっていた。
──さらに2月、世界が混乱する最中にデュランダルが突如掲げた「デスティニー・プラン」。
公表の当初は、それまでの混乱操作と巧みなプロパガンダにより、プラント内と地球各国で受け入れ方向に進むかと思われていた。だが、メサイア陥落前後から地球の“コーディネイター研究者”をはじめとする識者、さらにはプラント国内からも遺伝学者らの考察により、プランそのものが虚飾にあふれた論理で実践されようとしていた事実が判明した。
そもそも、マーシャンについての研究報告(遺伝子上の調整を加えてもなお、必ずしも設計──遺伝子情報どおりとはならない結果となる事実)や、メンデルでキラ・ヤマトが創出された経緯を知っていたにも関わらず、デュランダルがなぜ破綻したプランを強制的に実行しようとしていたのか、その真意は今となっては定かではない。
こうして、打ち上げられたまま消えたものに狂信的な支持者が各所で擾乱を起こし、プラン再開を声高に叫ぶこともあった。時が経ち、管理社会と選択のない未来は、かつてのキラたちの思い同様に決して歓迎できるものではないという感情が徐々に広まり、一時期の熱狂は何だったのかといえるほどに、一部を除きプランの支持者も消えていくことになった。
「確かに沈静化しつつはありますわ。でもプラントに対する、国外へ広がってしまった波紋のほうが気なりますわね…」
沈鬱な表情でラクスは答えた。「打倒ロゴス」の気運には盛りあがりもあったものの、終わってみれば結局プラントは暫定政権を除けば二代続けて大量破壊兵器を持ち出すトップを据えていたのだ。デスティニー・プランの悪評も拍車をかけた。コーディネイター排斥を掲げるブルーコスモスの動きは、その最大のバックであるロゴスを失った今も健在で、各所で対コーディネイターテロやアジテーションを続けている。

とくに気になるのは、ブルーコスモスで構成される国際的勢力組織が次々と台頭し始めていることだ。
今までのような地球連合や各国の内部に隠れた存在であることも厄介極まりなかったが、“勢力”として目の前に現れても、それはまた世界を二分する流れへと動く気配を感じる。
終わりの見えないその先に、三人は押し黙った。

「とにかく今は。我々の平和条約だ。このオーブがなんとか、緩衝剤になってみせるから」
カガリの決意は堅い。たとえ負のループが待つ未来でも、それは変わらない。いつか断ち切るのだ、自分たちの手で。