C.E.74 1 Jun

Scene オーブ軍本部・本部棟食堂

ラクス・クラインがオーブへくる。
目的はオーブ連合首長国とプラントで結ぶ平和条約のための調整、つまりプラント側の要望をオーブへつきつける立場だ。オーブにいい難いことをいわせるために、プラントにとっては彼女の存在が役に立つ。が、ラクスはラクスでその自身の存在価値を逆手に、プラント内で彼女が目指す未来のための「わがまま」を通させている。
ラクスはいまや議長より目立つプラントの顔だ。地球での支持者も多い彼女は、国家および世界の平和を担う者として名誉大使を委嘱され、プラントと諸外国の橋渡し役などを務めていた。

先月はラクス来訪の調整だけでアスランは忙殺されていた。何しろ、今回の滞在は一週間におよぶ。そのあいだに会談をおこなう人数たるや両手にあまり、かつ、誰もが要人とくればスケジュールを合わせるだけでも手間ひまがかかった。
もちろん、実務そのものは政府のしかるべき部署があたっているが、アスランは軍関係者からなる会談相手の最終的な選出検討を手伝う立場にあった。会談内容も会談する人間によって変わるものなので、総合的な判断と調整が必要になってくる。そのために頭にいれるべき情報が山のようにあって、書類を読むだけで一日の業務が終了する日もめずらしくなかった。
来訪を二週間後に控えた今日はさすがにアスランがばたばたとする段階ではなくなっていたが、会談相手の急な予定変更がいつ入るとも限らない。行儀がわるいと思いつつ食堂に業務端末を持ち込み、食事をとりながらメールチェックをしていた。
「ザラ閣下」
いつのまにか、ランチのトレイを手にしたメイリン・ホークが彼の隣に立っていた。知り合いに今の姿を見られて多少気まずい思いをしつつ、空いている正面の席をすすめる。端末は畳んで制服のポケットに仕舞った。
「ちょっとだけ、プライベートの話があるんですけど…今いいですか?」
「プライベート?」
メイリンとはごくたまに本部内ですれ違うくらいにしか、この頃は顔を合わせる機会がない。接点が減ってしまっただけにアスランは話の内容に予想がつかなかった。
「実はゆうべ姉から連絡があって、伝言なんです」
「ルナマリア?もしかして今度、ラクスと一緒にくるのか?」
ルナマリア・ホークは今、シン・アスカとともにジュール隊に所属しているが、ジュール隊の任務のひとつにラクスの護衛がある。
「そうです。シンも。それで…」
滞在一週間のうちオフが一日入っているが、要はその一日をアスランにつきあってもらいたいという話のようだ。
「なんかどうも、姉がいうにはシンがアスランさんに会いたがってるみたいで。本人は否定してるそうなんですけど」
メイリンの説明にアスランは苦笑する。シンは相変わらずのようだ。
もとよりラクスの日程に合わせ自分もオフにしていたので、その要望を叶えるのは容易い。ラクスと遊びたがるだろうキラを予想して、それにつきあうつもりだったのだが、この場合は元部下に応えてあげたい。
「ちょうどおれもゆっくり話したいと思っていたんだ。彼らとは滞在中、仕事上で何度も顔を合わせるとは思うんだが、話がしたいと思えばやっぱり休みじゃないとな」
実際にふたりとは停戦から会っていないし連絡もとっていなかった。──いや、シンとは、その数日後に通信でレイの話をしたとき以来だ。
声をかけてくれてありがとう、とメイリンに礼をいうと、メイリンははにかむような笑顔で、いいえこちらこそありがとうございます、とアスランに礼を返した。