C.E.74 20 May

Scene オーブ陸軍オノゴロ駐屯地

レドニル・キサカはオーブ陸軍オノゴロ駐屯地の一室で携帯式の通信機器を操作していた。この駐屯地はオーブ本部から北東部の徒歩圏内に位置し、本部内の陸軍棟を実質玄関口としている。キサカはふだん、内閣府官邸にほど近いヤラファス駐屯地にいることが多いが、今日はエリカ・シモンズからこの通信機を受け取るためにオノゴロ島まできていた。
「また潜入任務ですの?」
エリカが訊ねるがキサカは笑みを返すのみでそうとも違うともいわない。もちろんエリカも返事を期待しての質問ではなかった。
事実は一週間後に東ユーラシア連邦への潜入が控えており、その準備をしている。エリカが持参したのは、最新式の通信機で、暗号化アルゴリズムの強化と伝送そのものを隠す(ごまかすといったニュアンスが近いか)特殊な技術が使われているものだ。

受け取った機器をひととおり試し、機能に満足したキサカは、エリカを出口まで送ろうとドアノブに手をかけた。
「ついでのご報告というわけではありませんけど」
それを引き止めるようにエリカが告げる。
「また何か問題でも発生しましたか」
キサカは代表首長のカガリに近い人物ということもあり、モルゲンレーテ内での困り事をいちばんに相談されることが多い。エリカは彼の思い違いに「そうではありません」と笑顔ながらにいった。
「ヤマト准将がユーラシア西側難民のとある研究者と、コンタクトがとれないかといってきましたので…」
「何?」
「確かにそういう学者がいる、と教えたのはわたしですけれども。伝手があるわけではないのでお断りしましたよ?」
キサカは難しい顔をして、そうか、といった。
「……みずから“SEED”研究に関わっていく心積もりがあるようです。自身のこととはいえ、あまり無防備に動かれてはよろしくないんじゃないかしらね。もちろん当人にも警告しましたよ」
プラントとの紛争を片付けようという今、次から次へと新たな動きが起こる。キサカがこれから動こうとしている東ユーラシア連邦の任務は、実はキラ・ヤマトにも関わることだった。
───あまり勝手に動いて欲しくないのだが。
一度キラとも腰を据えて相談せねばなるまい、とキサカは思う。

「ありがとう、シモンズ主任。教えてくれてよかった」
ドアをまえにした立ち話はそこで終わった。