C.E.74 5 Apr

Scene オーブ内閣府官邸・代表首長執務室

オーブ全軍の大規模異動の辞令がこの日降った。決定まではまさに神業ともいうべき猛スピードだった。
戦後混乱の時期にあって、何をのんびりも考えることなどできない。さらにいえば、使えるべき人材をしかるべき場所へ早く充てがえば、それだけ混乱が早く片づくというもの。続く紛争で、軍内の人員の適性などが表面にでていたことも助けになったが、あとはカガリの決断のよさがこの偉業を成し遂げた。
いわゆる「三隻同盟」として名を連ねた面々の多くは、オーブ統合軍統合本部で平時の軍務に就くことになった。統合軍は、実質これまで軍全体の中心にあった本土防衛軍に代わり、今後の中核となる。統合本部は幕僚機関としての役割に併せて、その構成人員に相当数のタスクフォース要員が含まれ、戦時には艦隊などに再編される。もちろん、アスランやキラたちもその中に含まれていた。

アスランは正式に統合軍統合本部戦略開発局の所属になった。戦略において機動兵器や艦艇などを活用するための俯瞰した検討、およびそれに付帯した戦術の精査や検討を広くおこなう部署だ。プラントでのハイレベル教育に、ごく個人的な趣味が付随したメカニック知識の幅広さと深さ、そして機動兵器パイロットとして前線で目にしてきた経験が、この位置で大きく役に立つ。他に作戦部や技術開発局からも必要といわれ、銃、ナイフの白兵技術の強さから、教育士官としての要望も高かった。
プラントの軍アカデミー主席卒業は伊達ではない。それでなくとも、オーブ内にあってコーディネイターとして公に活動している人間はそう多くはない。軍に限らずどこへいこうとも引っ張りだことなろう。それは同じくコーディネイターを公言するキラやバルトフェルドも同様だが、トータルバランスとしていちばん役に立ちそうといえばアスランに目がいく。
そのポジションはどうやら幼少時から同じで、キラからは「器用貧乏」と過去に称された。要するに“いると便利なヤツ”だ。キラには何か思うところがあったのか、オーブにいる以上それは宿命だから、ともいわれたことがある。
今日もこうして軍ではなく内閣府官邸に呼び出され、目の前にいるふたりを見れば、軍事だけではなく政治的職務も押しつけられるであろう未来は想像に難くない。軍人であり政治家でもあった父の存在を思い出し、できる限り父とは遠くありたい自分にとっては嫌な流れだ、と眉間に皴がよってしまうのも無理からぬと思った。

そんなふうに、さきほどから憮然とした表情をしたアスランをまえに、カガリとラクスは気にするふうでもなく、ラクスのプラント帰還について打ち合わせをすすめている。
「それで、本当に決定なのですかラクス」
「はい」
あらためてアスランが彼女の意志を確認すれば、彼女らしい迷いのない即答がやってくる。それに沈黙を返せばカガリが「なんだ、もしかしておまえももどりたいのか」という。
「…何いってるんだよ…」
もどりたいとかもどりたくないとか、そういうことをいう立場ではない。
「プラントでわたくしを必要とされているのでしたら、それはお手伝いをしようと思います。それにプラントからカガリさんをお手伝いすることができますし、とてもよいことに思いますわ」
ラクスはいつものようにのんびりとしたトーンで、話をもどして真意を話す。それを受けてカガリはラクスへ向いた。
「申し訳ないがわたしはそれは期待している。これからオーブとプラントの関係はすごく動くだろう。同盟のこともあるし、大国と肩を並べて、プラントにとって重要な位置を占める国であるとの認識だ。……アスラン」
急に名を呼ばれ、え?とカガリを見た。
「しばらくおまえには政治向きの仕事も手伝ってもらいたい」
予想していたとおりのことばがきた。できれば自分はプラントからは離れた位置にいたほうがいいと思っていたのだが…。
「おもに平和条約の策定だが、とにかくプラントのことを教えてもらいたいし」
「……おれが、か?」
「ラクスはプラントへあがってしまうし、おまえ以外にいないだろ」
「……バルトフェルド一佐、とか…」
「おまえがいいといっているんだ」
「……………」
無駄と知りつつ少しの抵抗を試みてみる。──状況を見て、確かに自分なんだろう、とは、思うが。
「早速ですけれども、アスランにはわたくしのプラント帰還の調整をしていただきたいの」
「辞令ついでの用件とは…そういう話か…」
待ちかねたようにいったラクスのことばに、アスランはじろりとカガリを睨んだ。カガリはおどけた仕草で両手を広げあげてみせる。
「こういうお仕事は苦手でしょうか?」
不機嫌を隠さないアスランに、ラクスは心配そうに訊ねてきた。
「…いいえ…苦手とか…。ただ…政治向きのことは…。おれは考えすぎるきらいがあるので適格とは思いません」
ノリ気がないのででてくることばの歯切れがわるい。
「キラみたいにろくに考えないほうがだめだろう」
かわいがってる弟に容赦ないことをいってるなと思いつつ、心のうちではとうに諦めている。アスランなら大丈夫ですわ、と、ラクスにも優しくいわれ、覚悟を決めた。
「世界をどうにかしたい、国を護りたいと思うなら、今の戦場はそこにしかないだろ」
と追い討ちをかけるカガリに、「判ってる、尽力します」といって席を立った。