C.E.74 5 Apr

Scene オーブ軍本部・本部棟食堂

オノゴロ島に位置するオーブ軍本部は、陸海空宙統合の五軍がそれぞれ棟に別れている。通常「本部」といえば軍事の中心に位置するこのオノゴロ島軍棟施設全体をさすこともあるが、その中でも、統合軍(旧国土防衛軍)の入る棟のことも意味する。
それぞれの棟の中に各施設が配置されているので、今キラが足を踏み入れたこの食堂も本部の食堂であり、おおむね統合軍に所属する軍人と軍属しか利用しない。
広い食堂の一画には将官専用の場所もあったが、キラはそこで食事をしたことがない。本部の将官といえばアスラン以外に知る者がいないし、何より年齢がかなり上の人間ばかりだ。そこに自分が混ざるのもおかしいような気がして、今日も一般兵や下級士官などに交じって日替わりランチのトレイを手にしていた。

座る場所を探していると、その先から「おっ、准将閣下!」と明るいムウ・ラ・フラガの声が届く。ムウは四人席にひとりで座っていた。おいでおいでと手招きをしている。閣下と呼びながら、その態度は相変わらず気安い。
「やめてくださいよ、ムウさんまでそんな呼び方」
誘われてムウの正面の席に座りながら、名ばかりの准将をもてあます心境がこぼれる。
「え、な〜にいってんの! 勤務中はちゃんとしないとね。規律をきっちりと守ってこそ軍よ?」
「そういうあなたはかなーりゆるゆるですけどね?」
ムウのもっともな(しかし、あくまで軽い物言いだ)理屈に茶々をいれるのは、帰国後まもなくムウの籍に入ったマリュー・ラミアスだ。いや、正確にはマリュー・フラガである。彼女もオーブ軍に入隊した時点で“マリア・ベルネス”の偽名を使ってはいなかった。
キラのすぐ後でトレイを取っていたらしい。マリューはキラの隣に座った。
「これからよろしくね、ヤマト准将」
今日の辞令で、キラとマリューは同じ統合軍統合本部技術開発局となった。それを知ってムウはいいなぁとこぼす。
「ムウさんはアスランと同じでしょ」
「そう戦略開発。でも彼は戦略やるしこっちは機動兵器戦術だ。やる仕事はいろいろ違うな。顔合わせることもそんなにないぞ、多分」
それでも同じ局であれば、自分よりアスランと顔を合わす機会は多いのではないかと思う。ちょっとうらやましいと思うと同時に、こちらはマリューと一緒なのだからムウも同じことを思っているのではないかと想像してこっそり笑った。

しばらく三人で雑談を交わしたあと、キラは先日感じたアスランの違和感を思い出し、ふたりにも訊ねることにした。
「ムウさん、こっち降りてからアスランとは何度か話してますよね。こないだも一緒にいたし…」
「ああ、ここしばらくはな。所属が決まるまでふたりして手が足りないところまわってた感じだから」
笑顔を消して訊ねてきたキラにムウは少し心配な顔になって、「ん、なんかある?」といった。
「なんかアスラン、様子が変わったかなと思って」
「……………」
ムウとマリューは、ぽかんと黙して顔を見合わせる。
「それって具体的に、どう?」
「…なんか、どう…っていうか、う〜ん…」
キラとしてはささやかな違和感を感じるだけのことなので、どうといわれてもいえることがない。頭をひねるキラに、ふいに何か思い当たったのかマリューが「あ」と小さくいった。
「なんかあるマリュー?」
「ええ、なんとなく。それ要するにアスランくんが軍人してるってことじゃなくて?」
「え?」「は?」と、キラとムウが同時に声をあげる。
「だって…。降りてからっていうとアークエンジェルにいたときと今とってことでしょ? それだったらそこしか変わってる…というか変えてる、のほうが正しいかしらね。それしかないんじゃないかしら」
「…それ…軍人してるって…」
マリューのいうところが判らずキラはいい澱む。
「ふつうにしてみればオーブ軍の中にあってアスランくんはふつうに軍人してるように見えるけど。アークエンジェルで見てたときは確かに全然違ったわね。素のままだったんだと思うわよ、あそこは軍隊じゃなかったんだから」
それは確かに、と思う。キラ自身は地球連合軍に所属していた間も軍隊にいるという実感からは少し距離のあるところにいたように思うので、その切り替えまでは想像ができない。
「そのままオーブ軍に組み込まれたときも変わらなかったけれど、軍本部で務めだしてさすがに気を引き締めた、とか?」
さすがにマリューはこういった心の動きに勘がいい。彼女の分析はするりとキラの中におさまってしまった。
「なんとなく、納得してきました。なんだかこの頃アスランに違和感を感じてたんですけど、アスラン自身に不自然な感じがしてなくて」
「まぁ、おまえとはプライベートのつきあいのほうが長いわけだから、そりゃ違和感だろうな」
ムウがその理由を代弁する。
「でも確かに…。切り替えるにしても極端な感じはするわね。ほらだってこの人は勤務中でもこんなだから。…比べちゃいけなかったかしら」
からかうような視線をムウにむけてマリューはくすくすと笑う。おーい、とムウが否定ではないつっこみをいれているがそれを無視して、呆れたようなニュアンスが少しこもった声で「アスランくん、ほんとに真面目なんだわね」といった。
「おれだって真面目です」「あらそう?」などという円満な新婚夫婦のやりとりを楽しく見つめていると、
「キラくん、大丈夫?」
と、マリューが話をこちらにもどしてきた。
「え? あ、はい……」
「よく知ってるはずの友達のべつの顔を見て驚いちゃった?」
「え……いや、あの」
その通りなのだろうが、ことばに組み立てられそう聞かされると、なんだか気恥ずかしさがこみあげてくる。そのうえ、「はぁ〜若いなぁ、きみはいいよねーそういうところ」などと、ムウが大仰に関心してくるので、キラはその若さをまるだしに「ムウさん、からかわないでください!」とついムキになってしまった。