C.E.74 29 Mar

Scene オノゴロ島軍港・施設内ロビー

キサカとの話をアスランから聞くと、キラは“仲間が増えた”嬉しさを含めた声で「昇進おめでとう」といった。実は、分不相応を感じているのはキラも同様で、今後を思ってひとりでいたたまれなかったのだ。首長などの上層部にある数人は、キラとカガリが血縁関係にある事実を知っているので、妙な贔屓があるのではないかとの疑いの目を向けられることもある。それはある意味事実でもあったけれど、それを振りかざすつもりなどは、もちろんのことまったくない。それを誤解するなということも無理があるのは承知しているが、親よりも歳が上になる人物からの嫉妬にはまったく辟易とした。
想像していたよりオーブ内部の隠れたところでは、こういった愚にもつかない嫉妬や派閥意識などが横行していて、アスランもカガリの私設秘書兼ボディガードをしていたあいだ、その空気に慣れるのにずいぶん苦労をしたらしい(当然、さまざまな事情でアスランへの風あたりが強かったからだ)。
───敵になるのは、何も命を狙うものばかりとは限らないよな…。
いつかアスランがこぼしていたことを思い出す。若いふたりが立ち回るには、まだまだ経験を要する話だった。
「…キラおまえ…、軍事教練ちゃんとうけろよ?」
唐突にアスランがそういいだしたのでキラは眉間に皺をよせて聞き返す。
「なに突然」
「准将が銃を撃つのもろくに慣れてないんじゃ立つ瀬ないだろう。自覚があるのか判らないけど…おまえこれから正規の軍人としてやっていくんだろ?」
「うん」
ここへきてあらためて聞いてくるなんて、本当にアスランは真面目だと思う。
「うんて……緊張感に欠けるよキラは」
「……なんで怒ってるの」
「べつに怒ってない」
そういって、ふたりが座っていたロビーのソファからたちあがると、飲料缶の販売機のほうへ歩いていった。
久しぶりに小言めいたことをいわれたので「アスランだ…」とキラはつぶやいた。
何がいい?というのでカフェオレを注文すると、「こんな甘ったるいもの」といいながらもアスランはホットのカフェオレを奢ってくれた。

「キサカ一佐からの伝言があって。これからの生活拠点なんだけどな」
そもそも、アスランがキサカと話しにいったのはこのことだった。昇進の話はついでに出たのだ。
「護衛の都合もあってできれば将官用の官舎に移ってもらいたいそうだが、キラにはご家族がいるだろう?」
「…うん」
「今ファミリー向けの空きがないそうなんだ。だから軍の外ではあるけど専用の居住エリアに限られるって。ほかにも護衛のための条件がいくつかあるそうだ」
護衛は勝手についてきて護ってくれる便利なものではない。護られる側にもそれなりの態勢が必要になってくる。護られる代価は、プライバシーと自由といえた。
「ハルマさんの仕事のご都合もあるだろう? 最悪の場合一緒には…」
「父さん今、軍施設の仕事してるよ。通う場所が一緒だから不都合なにもないと思う」
それならよかった、とほっとした笑顔でアスランはいった。
「せっかくなんだから家族と生活したいだろう、キラ」
それが本心か、とキラは思う。アスランにはもう、誰も…家族がいないから、キラにはその時間──家族と過ごすことを大切にしてもらいたいと考えているのに違いない。アスランの痛みと優しさを感じて、キラは切なさに包まれる。
「そういうアスランは、どうする?」
「おれは官舎に入るよ。ていうよりもそこしかないから」
以前のようにカガリについて官邸内で寝起きすることはもう無理だし、かといって、キラたちが最近まで過ごしていたアスハ家別邸も、親族のキラが出ていくのに、彼が世話になるわけにもいなかいということだ。カガリは気にしないだろうに、とキラは思う。しかし──。
「うちにくれば?」
「──は?」
そう提案すると、心底驚いたようにアスランがキラを見て止まった。
「護衛のこと考えても、一緒だと都合いいんじゃないの?」
「え…え?」
「アスランは……家族みたいなものだし」
「……………」
この申し出は予想もしていなかったようだ。でもキラにとっては、戦いが終わってオーブにもどったらぜったいにそうしよう、と決めていたことのひとつなのだ。
「…嬉しい、けど…。そんなわけには…」
ためらう理由が判らない。どうして、と訊くと、「どうしてって…」と口の中でごにょごにょ何かいっている。
「母さんたちもそうしろっていうに決まってる。今更遠慮するの変じゃない、子供のときさんざんうちで寝泊まりしてただろ?」
立て続けに押せば、眉尻が下がりいっそう困ったような顔になった。
自分はぜったいに譲る気がないのだから、アスランはもっと潔く決めればいいのに、と傍観者のごとく感想を、キラはこっそり思っていた。