C.E.74 29 Mar

Scene オノゴロ島軍港・ドック

「わたしを准将に、ですか? それは…いくらなんでも…」
キサカの話にアスランは狼狽した。実をいえば今の“一佐”の立場もオーブにあっては若干もてあまし気味だ。野戦任官のつもりであったから、降格はあっても昇進があるなど、少しも考えてはいなかった。

多少強い風を正面から受けて、眉をひそめる。気持ちの表現と相俟った。

決戦前にもらった今の階級は、アスランがザフトから預かっていた“FAITH”の権限を見る限り相当だろう、とキサカがいったのを、渋々ながら戴いたものだった。
プラントと違ってあまり能力主義の浸透していないオーブで、幅をあけて年上ばかりの将官が居並ぶ中に入っていくことはどうにも気が引けた。実際に特務隊、 FAITHであった期間は短く、いくつかの作戦の立案と大隊規模の指揮しかやってはいない。オーブの戦歴ある勇士と肩をならべるに至らないだろう、とアスランは思う。
キサカが笑って「遠慮することはあるまい」というので、何故自分の気持ちが通じないのかと肩を落とす。
「…これはカガリ…代表の意志ですか」
軍人の心情に理解があるとも思えないこの措置に、ついアスランはそう訊ねた。
「勧めたのはわたしでね」
意外な返答が返る。

風が強いから、とキサカに促され、ふたりはドックの外通路(ふだんは非常用にしか使われない)から、ムラサメを見下ろす位置にあるキャットウォークへともどった。
「このオーブでは、将官クラスは平時も護衛がつく」
意味ありげにキサカが続けると、アスランは今から告げられるであろう意図を予感した。キサカは以前から、その問題についてアスランに配慮を続けていてくれたからだ。
「きみらをブルーコスモスから護らねばならないのでね。都合がいいのだよ」
“アスラン・ザラ”の名前は、ブルーコスモス主義者の過激派の一部にとっていまだに暗殺のターゲットだ。それだけ父、パトリック・ザラがおこなった、また、おこなおうとした虐殺行為は非道の一語につきるのだ。そのおこないを止めようとした息子にまでも、あの血をひいているのだ、と叫ぶほどに。

「だいたい、きみのこれまでのオーブへの貢献を鑑みればこのくらいは当然戴いていいものではないかね?」
分不相応を繰り返すアスランに、キサカはそれに見合う働きがあったと讃える。これもキサカの本心だ。
「とくにきみには───その立場を考えればこれからの仕事のほうが大変だと思うが? …いろいろとな」
一佐の地位をもらうと同時に、アスランは思うところがあり“アレックス・ディノ”の偽名も捨てた。そして、アスラン・ザラという立場にたてば、それだけ周りへの影響力が強くなる。自分たちが目指すことのために、名を利用することも必要だと思ったのだ。──リスクを考慮しても。
「それもあってのことだよ。ぜひとも受けてくれたまえ」
キサカは笑顔を残して去っていった。アスランはそれを目で追い、ドックのなかで静かにたたずむムラサメの中にその姿が消えるまで見つめていた。