C.E.74 29 Mar

Scene オノゴロ島軍港・アークエンジェル

停戦後オーブに帰還してからも、キラとアスランはアークエンジェルでそのまま寝起きして過ごしていた。明確な理由などないが、どこもかしこも落ちつかず、昼夜を問わず軍やカガリから呼び出されるこの状況では、家族のいる仮住まい──アスハ家別邸へもどったところで迷惑にもなる。この数ヶ月はこの艦で過ごしていたからそれなりに持ち込んでいるものもあったし、きちんとした住まいが定まるまではへたに動かないほうがいいだろうと考えた。
……要するに、“めんどくさかった”のだ。
さきほどのアスランの話では、思ったよりも早く軍が住む家を手配してくれるようだ。
それならば、とキラは荷物の整理を始めた。目に見えてかさばるものは本や服くらいのもので、実際そんなにものがあるわけではない。整理するのは主に、各所で落としてきたデータの類いだ。OS開発に便利なツール、プラントやロゴス、地球連合などの相対していた組織の情報、単なる趣味と暇つぶし、さまざまなものがキラの個人端末にダウンロードされていた。かなりの量なので、おおざっぱにではあるけれども、不要なものを整理しつつ外部ストレージに移した。

“Copernicus”と記されたディレクトリを目にして、一瞬キラの手が止まる。これはアスランのデータだ。

月にはキラやアスランが幼少時に利用していたデータストレージセンターがあった。キラはヘリオポリスに移ってからも通信衛星を経由して引き続き利用することがあったが、アスランはプラントへあがってからまったく使っていなかったらしい。
コペルニクスに立ち寄った折りにそんな話になり、思い出したついでだから、とアスランは置きっぱなしのデータをダウンロードしていた。それはすべて五年以上もまえの、ふたりが思い出を共有していたころの数々だ。
あとでもらうからとりあえずおまえのところに落としておいて、と頼まれたままになっていた。
───これはデータメディアに入れてあげよう。
アスランは気にしないだろうが、キラはその中身を覗き見ることもなくディレクトリごとフラッシュメモリに移した。


キラは、アスランに恋をしていた。

その気持ちにはっきりと気がついたのは、長いつきあいのことを思えばごく最近だ。
今思えば子供のときから、自覚のないまま恋し続けていたように思う。
最初で最後の“特別なともだち”。恋人のように運命的な存在。他に代わるものなどこの世界には存在しないと思い知るまでに、この長い年月が必要だったのだろう。
もちろん彼に対して、そんなやわらかな気持ちばかりがあったわけではない。自分自身のジレンマを理解してもらえないことの苛立ち。あれほど共にいて、誰よりも自分を知っていたはずの彼が、判ってくれようとしないことへの、憤り。トールの死が引き金になって、殺意まで覚えた。そして、その後の絶望───。
ぎくしゃくとしながらも、再び訪れた信頼……。
あの頃から自分の恋心に気がつくまで、ずっと地に足がついていなかったように思う。
前大戦後には自閉して、一時期はアスランに会うことを拒みたい気持ちになったときもあった。それなのに今は、心の中は暖かで豊かな、優しく凪いだ恋情だけが残っている。
───アスランには誰よりもしあわせになってもらいたい。
そのために自分が彼にしてあげられることは、何ひとつないけれど。何故ならアスランは、アスランがしあわせになるためにキラが何かをすることなど、少しも望んではいないのだから。
───ぼくがしあわせになることが、唯一ぼくにできる、アスランのしあわせ。
キラのことをいつもいちばんに考えてくれる優しい幼馴染みの、それが望みであることを、キラはよく判っていた。