C.E.74 30 Jul

Scene アプリリウスフォー・ラクスの執務室

朝一番にオーブ連合首長国からの量子通信が繋がった。相手はアスランだ。話の内容は判っているので、ラクスはプライベートラインでその回線を開いた。

長いつきあいにあって空々しく聞こえる堅苦しい挨拶ではじまるのは、ふたりの育ちとほんの少しばかりの心の距離のせいだ。彼と彼女のあいだではいつもどおりのことなので気になることでもない。
『キラの招聘を評議会に提案したのはあなたですね、ラクス』
型通りの挨拶がすめば、アスランは率直に話題を切り出す。ラクスは彼のこの実直さが好きだった。
「何故そうお思いになりますの」
『とぼけないでください。他にいないでしょう』
めずらしく、自分に怒っている。この婚約者はふだんから女性には怒れないというのに。
『…どういうことですか、キラの立場は微妙だというのに。ことさらに騒がれるようなことを』
こうして彼が感情を乱しているところを見るとき、それはいつもキラのことだった。
初めてそれを知ったのは、自分が地球連合軍に保護されていたのをキラが連れ出し、アスランの元へ帰してくれたときだ。

──────おれはおまえを討つ……!

決意を滲ませた声と、自分を支えるその手が、震えていた。
───選択をまちがって欲しくない。
あの日ラクスは初めて、アスランを助けたいと感じた。

『こちらがどれだけ神経を注いでいるか判っているはずです』
回線のむこうでは、抑えきれないその感情を微かにこぼしつつラクスを責めていた。
「アスランはキラを宝物のように仕舞っておきたいのですか」
ラクスは哀しい思いを少し感じながら、それでも優しく問いかける。
「それはキラが望んでいることですか」
『…それは……』
アスランの動揺が見えた。
この人はどうしていつも、こうやって自分に意地のわるいことをいわせるのだろう。ラクスのその心境は、母親が子供に感じるそれだったかもしれない。
『しかし、ブルーコスモスの標的となったらとは考えないのですか。キラが目立つようなことをするのはやめてください』
「何故ですの」
『だから…!』
彼は理解されないことに苛々としながらことばを発した。ラクスはそれを受けて、ことさらにおっとりとした調子で語りかける。
「隠すことが守ることではありません、アスラン」
ラクスの思いは、キラの命と自由意志を守ること。そのことに必要であるならば、キラの出生の秘密を世界中に公表することもありだ、と考えている。
プラントにとってキラが、理由ある存在、特別な存在であることを知らしめれば、この国は全力でキラを護る。プラントそのものを、キラをブルーコスモスから護るための盾とする。それを容易に叶えられる立場を、すでにラクスは手に入れていた。
「わたくしはキラを守りたい。ですからプラントへそのような形でお呼びするのです」
『………………』
アスランにはラクスの真意が伝わっていた。だが、守りきれなかったらどうするのか。そして──それが、再び戦火をともすきっかけになりうることも、彼女は果たして考えているのか。
「アスラン。あなたとわたくしは違うものです。考え方もその手段も。ときにはまったく異なったやり方になるでしょう」
ラクスはいつもの譲らない瞳で、滔々と語る。そして瞬間、少しだけ憂いを漂わせて「それは今までにもありましたわね…わたくしとあなたで…」、といった。
相容れないわけではない。
「それでも目指す終着点はいつでも同じでした。今回もそう」
憤りを露にしていたアスランの顔は、曇ったまま視線を落とすものになっていた。
「わたくしたちはキラを守りたい。……判っていただけますか?」
彼は腑に落ちない表情をまだ保っている。彼女の意志を変えるつもりがないことは伝わったらしく、その先はことばを続けなかったが、それから数分後通信を切るまでのあいだ、アスランの瞳はずっと何かを訴えているように見えていた。