C.E.74 29 Jul

Scene オノゴロ島・アスハ家別邸

アスランがそれを知ったのは、プラントへ派遣する外交官の最終決定リストを見たときだった。
───キラの名前が、ない?
一瞬データの間違いかと思った。だがアスランの手元にくるまでに、いくつものチェックと承認を経てきているデータだ。間違いがあろうはずがない。
キラもアスランも、ともに駐在武官としてプラントへ渡ることは心に決めて、はっきりとカガリに伝えたはずだった。しかも、このリストの最終承認をしたカガリ自身が提案してきたことだったはずだ。問い質すべくカガリに緊急回線でコールする。カガリはそんなアスランの反応を予想していたのか、今日の夜アスハ家別邸に寄ってくれ、とだけいった。

「ここへきて、いったいどういうことなんですか?」
アスランのことばが丁寧なのは、カガリの横にマルキオが同席しているからだった。マルキオはリストの調整役でもある。
「落ち着きなさい、アスラン」
抑えていたつもりだが、盲目の導師は声から感情を読むのが得意だ。諌められ、黙って目の前のコーヒーカップを手に取った。とにかくまず、理由を聞けばいい。
カガリはさきほどから視線を落として自分のカップにそそいでいたが、アスランがコーヒーをひとくちふたくち口に含み、落ちつくのを待って静かに顔をあげた。
「リストからは外すが、キラのプラントいきは変わりない」
「……どういう意味だ…?」
カガリはもう一度視線を落とした。しかし、打ち明けることにもうためらいはなくなったのか、沈んだ声音ではあるもののアスランの質問には間を置かず口を開く。
「プラントからの要請があった」
そのことばは、アスランに嫌な予感を与えた───。
「カガリ、それは──」
「指名での軍事協力の要請だ」
アスランは驚きに目を瞠る。今、なんといったか。
「判っている、おまえが何をいいたいのか…! わたしだって、一番に避けるべきことだと……最初は…」
オーブ、プラントの国家間で結ばれる約束事について、個人に依存する内容を飲むわけにいかないといいきっていたのは確かにカガリだった。だが、彼らが危惧した事態とはまた違った話になっていることは、その彼女の口ぶりで知れる。
カガリはプラントから持ちかけられたその内容に、困惑していた。

ザフトからの盗用機体を元に開発されたストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが、現在なしくずしのままオーブ軍所有となっていることについては追及しないという申し出が、まずあった。それは、それだけであればありがたいだけの話だったろう。
だが、話はそのあとに「ただし」と続く。カガリを迷わせたのは、次にあげられた内容だった。
ストライクフリーダムのパイロットであるキラ・ヤマトから戦闘能力研究の協力を得たい。もちろんその特異性に配慮し、非公式かつ全面的な本人の生命保護態勢を約束する───。
表向きには軍事同盟上の協力者としてキラ個人を招き、その裏でキラを護るという。その能力と希少価値のために。
突然ふってわいたプラントからの“密約”に、カガリは青ざめた。
ただプラントへいったからといって、キラの安全が絶対になるわけじゃないのは彼女にも判っていた。だがその国が、ザフトが、それを護るといっている。
プラントとの条約締結をまえにオーブで頻発しはじめたブルーコスモスの抗議活動が、彼女の迷いに拍車をかけていた。
あの子を護るには、どうすればいい──。キサカにも、マルキオにも相談した。思いつく限りの仲間に、相談をした。……ひとりを除いて。
「キラが、おまえにはぎりぎりまでいうなと…おまえは止めるから、嫌だ、と」
アスランは衝撃を受けつつ心のどこかでもしやと悟る。
カガリはさらに、その要請のきっかけをつくったのが、キラ自身によるはたらきかけだったことも明かした。

彼はいつのまにかひとりで決めて、ずっと見えないところで動いていたのだ。アスランが条約の調整に奔走している、そのあいだに。
───隠しても知れることを、あいつはいつもそうやって……。
そうして取り返しのつかない時間まですすめて、最後に自分を怒らせるのだ。