C.E.74 3 Apr

Scene オーブ軍本部・棟内通路

内閣府官邸から、移動ヘリを使いオーブ軍本部へもどったキラはアスランを探す。
停戦間もなく落ちつかない軍のなかで、アスランはさらに落ちつかない位置で職務をこなしている。アスランとキラも含め、先の戦場で宇宙軍第二宇宙艦隊所属だった面々は、停戦後改めて正式な所属を通達するといわれたものの、いまだ辞令はないので軍内でなんとも中途半端なままだ。
アスランはそんな状態のまま、各所のこぼれた仕事を雑務係のように端から片づけていた。今日その日、何を手伝っているかも判らないので、この広い軍棟内で探すのは骨が折れる。
それでもあたりをつけて彷徨っていると、求める姿を見つけることができた。陸海空軍、宇宙軍、本部それぞれの棟を分岐する広い十字路だ。残る一通路は総合エントランスとラウンジなどに繋がる。
本部側への通路、つまりキラが進んできた方向に顔を向けて立ち、ムウ・ラ・フラガと話をしているところだった。ふたりともに和やかな雰囲気はないのでどうやら仕事のことで立ち話をしているようだ。
キラがアスランの姿を認めるのとほぼ同時に、アスランもこちらに気がつく。途端に難しげな顔を緩めて優しい微笑みをこぼし、「キラ」と呼んだ。その一連の流れは昔からまったく同じでキラは苦笑した。嬉しそうな彼の様子に、キラはいつも心が温かくなる。
「アスラン、ムウさん」
ふたりに声をかけながら近づくと、ムウは「じゃあおれはこれで」といった。ムウもアスラン同様あちこちに借り出され忙しくしているので、用件以外に話をする気はないようだ。ふだんの彼の話好きを思えば、キラは一瞬戸惑ってしまう。「じゃ、失礼しますよ准将殿!」と、いつも見る軽い調子で挨拶され、それはすぐになくなったが。
その一瞬の戸惑いのためにわずかに遅れた敬礼をムウに返して見送ると、キラはアスランを振り返った。
「ごめん、話の途中だったかな」
「いや、終わったところだった。カガリのところにいってたんじゃなかったのか、キラは」
告げた覚えはないのに、アスランはこちらの予定を把握しているらしい。自分のほうが忙しいくせに、まめな性格だなとキラは思う。
「いってきたよ。それでちょっとアスランにも報告」
その一言にアスランはまた小さい笑顔をこぼした。オーブに降りてからこんなふうにアスランの笑顔をよく見る。子供の頃と同じように。
「おれオフィスにもどるんだけど。こっち歩きながらでもいい?」
仮で与えられた執務室がある本部のほうを指しながらアスランはいった。キラの返事を待たずに足はもう指した方向へ歩き始めている。慌ててアスランから半歩ばかり遅れ後を追う。ムウ同様一分一秒が惜しいとでもいうようだ。この忙殺されている状態でよくにこにこと笑うものだと関心するが、同時に忙しいといえども今の状況にはひと心地ついているともとれた。
キラはその笑顔になごんで今から告げる内容を少し軽くなったと感じ、ラクスが、と話をきりだした。

「プラントから帰還要請きてるって聞いた?」

アスランは目を瞠り一瞬足を止め「聞いてない」とぼそりといった。ことばを終えるとまた歩きだす。ふたりはそのまま沈黙し三十メートルほど歩き続けた。アスランは沈黙でキラの話の先を促している。
「いろいろ条件というか…双方の、」
それを察して口を開きはじめると、何かに気がついたアスランがすまない、といってキラの話を止めた。
「アマギ三佐」
前方から歩いてくるアマギにアスランが声をかける。彼は先の戦争の功績で一尉から三佐に昇進していた。アマギはふたりの姿を認めると、丁寧に「ザラ准将、ヤマト准将」と呼んで敬礼する。
「タケミカヅチの乗員名簿と戦死者リストが合わないようなんですが…」
「…ああ…それは、思い当たるものがあります。以前報告したはずなんですが」
アスランは手元の携行式端末機器を手早く操作し、リストをアマギに指し示す。データを読みながらアマギは応答していた。
キラにはまったく関わりのない話だったので、ぼんやりと傍でふたりのやりとりを観察する。

…妙な違和感がアスランにあった。

「そうですか判りました。すみません、今頃こんなチェックが回ってきて」
アスランのやりとりを切りあげる声に気がついて、キラははっと逸れていた注意をふたりにもどす。
「といいますか、何故海軍のリストを? …閣下は宇宙軍ですよね?」
「皆仕事が多いので手伝ってるだけです。それにわたしはまだ正式な所属が決定していないので」
そうでしたか、ご苦労をおかけします、とアマギはまた丁寧に礼をいい敬礼した。アマギに見送られながら再び歩きはじめる。
「あれ、アスラン辞令きてなかったんだ」
「ああ。……?」
目顔で「そうだけど、なんで?」と訊ねられ、キラはさきほど記憶したことを告げる。
「統合軍統合本部戦略開発局、だと思うけど」
「え、なんでおまえが?」
「フライングしていいのかな。カガリの机の上にあったリスト見ちゃったんだけどそこにそう」
見たままのことをいうと、アスランがため息をついた。
「…キラ……見ちゃった、って……だめだろうそれ…」
「でもカガリべつに隠してなかったから」
アスランは渋い顔をして、また深く嘆息する。おまえら姉弟は…などとぶつぶついいながら歩き、進むほどに増えてきた士官や下士官とすれ違うたびに、アスランは慣れた仕草で答礼する。キラは甦ったさきほどの違和感に、また無口になってしまう。
急に黙ってしまったキラを振り返り、アスランは「それで?」といった。キラが自分の思考に入り込みぽかんとしているのを見て何かをいいかけ、さらに何かを思い直したように「キラは今時間あるのか?」と訊ねてきた。
「あるよ」
「じゃあ、執務室でちゃんと聞く。通路はここから人が多くなるし、それ、ちょっと歩きながら聞く話じゃないだろ」
キラは違和感にひっかかりながらも、気を取り直しアスランについて彼の執務室へと一緒に向かった。