C.E.74 5 Apr

Scene オーブ軍本部・本部棟正面口

その日もキラは定刻で仕事を終了した。軍の教育を受けているアスラン、ムウらと違い、自分は軍人としてはまだ勉強すべきことのほうが多く、今の混沌とした軍の仕事を手伝えるほどには機転もでず、あまり助けにならない。すぐにでも本領を発揮できる開発のほうは、今は停戦直後ということもあってそれほどやるべきことがない。
だが、今はその状況に甘えるままにしている。長い緊張状態を堪えつづける自信があまりもてないだけに、いざというときその身を全力で投じることができるよう休めるときは休むということだ。以前、アスランに似たようなことをいって、彼に休みを強いたことがある。次に文句をいわれないためにアスランの手本になるつもりもあった。

今日は初めて気がついたアスランの一面について、もう少し消化したい気持ちがあった。だが結局、この一日はまるまる彼の声を聞くことすらなかった。
それを残念に思いながら軍施設の正面入口を抜けると、たった今未練に感じていた人物の声が、自分の名前を呼んだ。
声のする方へ目を向けると、そこで誰かを待ってる様子のアスランが破顔して手を振っていた。デートの待ち合わせで彼氏を見つけた女子学生のごとく印象に、キラは「うわ…なにあれ、恥ずかしい」と小声でもらした。
こんなふうに、油断すると思わぬところで無邪気な様子を見せるので、キラはまいったな、と思う。やめてくれ、とも。何故ならそのひとつひとつが自分の彼に向く想いに拍車をかけていくように思えるからだ。オーブにもどってからというもの思考に余裕があるせいか、アスランに向く自分の気持ちがうまく抑えられない。
さすがに、本当の女学生のように手を振りながら駆け寄ってくるようなことまではしてこないので、キラは自分からアスランの待っている場所まで歩いていく。そうして近づきながら、彼が待っていたのが自分以外の誰かでは、などとは疑いもしない。
「アスラン、もう帰れるの?」
「ああ、やっと所属が決まったから、とりあえず今日は。明日からまた忙しそうなんだけど…」
交わした少しの会話で、やはりアスランは自分を待っていたと確認する。
「アスラン」
「ん?」
「今からふたりで食事、しようか」
「うん、いいな。久しぶりにキラとゆっくり話したいし」
キラが誘わなくても、アスランは誘うつもりで待っていたのだろう。
「うん。ぼくも確認したいことがあるしね」
いつもの彼と“軍人”を演出する彼の違いを、食事しながらじっくりと観察するつもりだ。
なんのことだと訝しむアスランには内緒、と秘密を告げて返し、追及を躱すために今夜のお店はきみが決めてねと目の前の課題を押しつけた。