C.E.74 15 Apr

Scene ヤマト家・キッチン

オーブ軍本部のほど近くに、軍に所属する人間や家族などが住まうための専用居住区画がある。各所に監視カメラが設置されていたり、区画の出入りには入退チェックがあるなど、多少の面倒はあるが、その分治安の保障がなされている。区画内には、大型のショッピングセンターや子供たちの通う学校、病院、娯楽施設などもあるので、そこから出ることなく通常の生活を送ることができる。
ヤマト家の新居はそのエリア内にあるファミリー向けの一軒家に決まっていた。今日はその引っ越しだ。
とはいっても、このところ逃げ隠れの仮住まい生活が続いていたため、家族の誰もが運ぶべき荷物をほとんど持たない。片づけは早く終わりそうだった。
「あ、それはおれが…」
一階のキッチンでカリダが自身の身長より高い棚の上に重い荷をあげようとしているのを見て、アスランが慌てて手を出す。カリダはアスランに礼をいって、男手が多くて助かるわ、と喜んだ。
「とくにアスランくんはキラと違ってよく働いてくれるもの」
「いえ、お邪魔する以上、便利に使ってくれていいですから」
先月出されたキラの提案を数日かけて逡巡したのち、アスランはありがたく受けることにした。今日からはアスランも一緒にこの家でヤマト家と寝食を共にする。
「何いってるの。国の大事な仕事をしていく人はそんなこと考えちゃダメよ。国のことだけ考えていればいいの」
社交辞令ではなく、本気で家のことも手伝おうと考えていたアスランは、逆にやるなと説教されてしまった。
「そうだよアスラン。母さんにはうんと甘えてればいいよ」
流しで洗いものにハマっていたキラが横から口を出す。そのいいようが恥ずかしくて、キラ!とアスランは叱咤した。そうよ甘えて欲しいわ、とカリダまでが笑顔ながらも真面目にいうので、がっくり肩を落として返事をする。
「…そういうトシでもないですから」
「あらそう? キラなんかまだ甘えてばっかりいるわよ。アスランくんより五ヶ月お兄ちゃんなのにね」
幼少時のキラの口癖をもちだしてからかう。今度はキラが恥ずかしそうに「ちょっと嘘いわないでよ、甘えてないよ」と声を大きくした。
「でもねぇ本当に、本当の家族だと思ってね?」
カリダはあらたまってアスランにいう。小さい頃から家族同然のようにしてもらっていたこの家族に、あらためてそのひとりとして迎えられるのは、なんだか実家に帰省したような懐かしさと照れくささがあった。

ふいに、テーブルに置いたヴィジオから流れるワールドニュースが耳に飛び込んできた。聞き馴染んだ国名が出たからだ。
『──プラント最高評議会はタッド・エルスマン氏を新議長に迎え、オーブ連合首長国との平和条約締結にむけて調整をすすめることを発表しました。エルスマン氏は71年でプラント最高評議会議員を退いていましたが、当時の経歴と現在の中立派の代表的立場である事実などで選考委員会から推薦され、昨日の総選挙にて国民の信任を得ました。氏は応用生体工学等の専門家でもあるため、プラントの緊急課題である後世代コーディネイターの問題についても、科学的知見からの具体的対策を期待する声が国民からあがっています』
プラントの大きな動きのニュースに、三人ともが手を止めてその内容に注意した。
「エルスマン?」
聞き覚えのある名前にキラがアスランのほうへと顔を向ける。アスランは頷き返して「そう、ディアッカの」といった。
「知ってる方なの?」
カリダはディアッカを知らない。
「………ザフトで、同じ隊だったやつの父上です。話をしたことはないですが」
ディアッカと自分の関係をひとことで何と表そうか一瞬迷った。彼とは信頼関係があるが、「ともだち」とは言い難い微妙な“仲間”だった。
「アスランくんの周りはいつも大変なのね」
カリダのいう“大変”の意味はよく判らなかったが、自身の周りといわれても実感がない。プラントのことは、アスランにとってはもうテレビの向こう側のような世界だ。祖国には違いないのだろうが、郷愁めいたものは欠けていて、愛国心でザフトに志願した自分のことさえも他人のことのように遠く感じられた。
愛想を尽かしたとか、そういったことでは決してない。
今目の前にあるものが、大事すぎて、大きすぎて、霞んでしまうのだった。