Scene コアスプレンダー/アークエンジェル
『───レイ…?』
「はい…いないんです。もどってこないんです。機体も…パーツすら見つからなくて。こっちではもう戦闘中行方不明ってことになって」
コアスプレンダーの通信コンソールにあるスピーカーの向こう側で長い沈黙がおりる。
シンは震える声を抑えるために、やはり長い沈黙を要した。
「──判ってるんです。たぶんメサイアに…議長のところにいって……それで………。それ、はっきりさせたいだけで…」
モニターはオフにしているので相手の表情は判らない。
だが、今話しているその人はいつもことばが少なかった。
ふたりのあいだに長い沈黙があっても、いつもどおりだとも思う。
「でも。おれが最後に見たのは…あの人を追っていったところだったんで。……もしかしたら…その…何か……」
『………うん…』
また、長い沈黙。
「…あの…。嘘はつかないでください。本当のことだけ、いってください。…もう…五日も経ってるし」
シンは、もう一度心を決める。
「覚悟はできてますから。どういう事実でも」
* * * * * * * * * *
ひっそりとしたアークエンジェル艦橋の通信席に、アスランはひとり座っていた。
今のこの状況で、こちらへ連絡をしてくることはかなりの苦労を要したであろう。ひょっとしたらまた何か無茶でもしたかもしれない。営巣入りになるようなことをしていなければいいが、とアスランは思った。
しかし、それだけ彼にとって重要なのだ。
このことは。
───レイの最期を、確認することは。
「…判った」
* * * * * * * * * *
『──おれも直接は見てない。だが、キラからそのときのことは聞いてる』
静かに、回線の向こうは話しはじめた。
シンは息を飲み、そのことばを待つ。
『確かにレイは──崩壊していくメサイアに、いた』
──ああ、やはり、と思いながらも、シンは衝撃に身体を震わせる。
唇を噛みしめて、滲んでくる涙をぐっとこらえた。
落ちつくのに、またかなりの沈黙が必要だった。
「…それ、で…最期は………どんな…」
『斃れた議長──デュランダル、と…グラディス艦長と一緒に見たのが最後だった、と』
レイは議長を慕っていた。
絶大な信頼をよせていることは、その言動から知っていたけれども、何か深い、シンの知らない結びつきがあるのではないか、といつも感じていた。
だから、議長の傍へ……。
『…自分でデュランダルを撃ち……泣いていた……と…』
今度は、予想もしなかったことばの衝撃が身を包んだ。
───レイが、議長…を?
『…最後は…自分で変えていく未来を…選んだのだと…』
* * * * * * * * * *
息を飲む音が聞こえて、長い沈黙が続いていた。
やはり、ここまで話すべきではなかっただろうか。
……真実を望んだのは、彼のほうだったけれども。
『……でも…』
声が震えている。
『…でもレイは死んだッ……!』
「………そうだな…」
叫ぶように嘆く彼に、何故、自分はこんなに静かに応えることしかできないのだろうか。
アカデミーからの仲だといっていた。
それならば、自分とニコルのようなものだ。
ニコルも自分の傍らにいて、よき理解者であろうとしてくれていた。
アスランは通りすぎた悲しみを、思いおこす。
「……でも…」
* * * * * * * * * *
『自分が望む明日が……欲しかったんだろう……』
───その、一言。
何故この人がそれをいうのか。
何故知っているのか。
シンは目を見開き、目の前にいない人間に問いつめる視線をなげかけた。
──いや、判るのだろう。この人ならば。
おまえは本当は何が欲しかったんだ、と。
かつていわれ続けたことばを思い出す。
自分が欲しかったもの。
それは失って、ぜったいにもどらないものだった。
それは戦っても手に入らないものだった。
じゃあ、どうすればいいのか。
最後の最後まで、迷い続けた自分。
あの日、レイはいった。
───未来はおまえが守れ…。
自分には未来がないから、おまえが、と。
だのに、レイは最期に拒んでいた。受け容れることを、やめて。
自分が欲しい明日が、欲しいのだ、と。
デュランダルに告げたのだ。
そうして自分にも示したのか。その最期に。
ぜったいにもどらないものを、おまえはとりもどしてみせろ、と。
「………ううッ……」
涙が、あふれる。
* * * * * * * * * *
『──ウ…ッ………レイ………レ……イ…ィ………』
片耳にあてたインカムから嗚咽が響く。
かけることばはもうない。
目の前にいれば、その震えているであろう肩を抱いてやることもできるけれど。
不器用な自分を悔しく思いながら、アスランはシンの涙に沈黙で、いつまでも寄り添っていた。
───コズミック・イラ74年、3月11日。
メサイア陥落を受け、プラントはオーブ連合首長国からの停戦の呼びかけに応じた。
それからの数日は、生存者の確認と救出、機密機体の回収などであわただしく過ぎた。わずかになった戦後処理のため、少しばかりの艦を残し、アークエンジェルが地球へ降りたのは、停戦協定締結の27日と同日のことだった。