みそかごころ

C.E.74 23 Jan

Scene オーブ軍港・アークエンジェル

「───キラ」
その時間といえば真夜中だった。潜めた声になってしまったのは、そのせいか。それとも。

「消すぞ」
「いいよ」

昔から何度となく交わした、眠るまえのやりとり。それまではどうとも思っていなかったのに、落とした明かりにアスランは急に落ちつかなくなった。眠りに意識が遠くなることもなく、しばらく寝返りを繰り返す。
負った傷がまだ痛む、といえば痛む。が、気になるほどではない。しかし、体力がもどったかといわれれば、それはわずかに自信がなく、以前より多くの睡眠時間を身体が要してるのは自覚している。
それなのに、眠れないなどと。
眠気は感じている。頭がさえざえとしているわけではない。でも何かが足りないのだ。
「キラ…」
もう一度、小声で呼ぶ。
キラはアスランとは違いずっと身動ぎもしていなかった。ただ。眠る呼吸ではない。彼も起きている──と、思う。落ち着かないアスランが気になっているのか。それは申し訳ないことをしたと思う。
「…キラ、いいか?」
起き上がり近づいて、耳元でかけた声にびくりとキラの身体が震えた。
「…なに……え……?」
驚くキラにアスランは応えず、彼が掛けているシーツをめくりそこへ身体を潜り込ませる。
「…………なにしてるの、きみ…」
「………………眠れない」
「………子供と一緒じゃないか」
「……なんとでも……」
足りないのは人肌か。いや、キラか。そう思ってのおこないだったことは確かだ。
へたに同室なのがわるかったのだと思う。そのうえ部屋の両脇に離れたベッドがわるい。もっとそれが手の届く距離だったなら、落ち着いたかもしれないのに。
こうなったら開き直るしかないと、アスランは微妙に壁際に逃げているキラの身体を背中から引き寄せた。
「…アスラン」
「なんでアークエンジェルには抱き枕がないんだろうな」
「……知らないよ。ザフトにはあったとでもいうの?」
「なかったな」
「じゃあ、フツーないんだよ戦艦には」
「ここには“ふつう戦艦にないもの”があるよな」
「…あれが限界だったんじゃないの」
「……………」
「……申請しようか、抱き枕」
「キラでいいよ」
「……………」
何かを諦めたような小さなため息がキラからこぼれた。それがなんだか面白くて、少しばかり笑って、アスランはやっと気持ちが落ち着くのを感じた。
それから一分もたたず、キラが寝息をたてはじめる。やはりこちらの気配を察していたのか。アスランはもう一度心のなかでキラに謝って、髪を梳くようにその頭を撫でた。
彼は疲れているはずだった。プラントによるダイダロス基地攻略を受けてオーブの動きが慌ただしくなり、キラは連日オーブ軍との調整に呼び出されている。だが、それ以外はアスランの傍にいようと努めている、ように見えた。
キラにずっと心配をかけていたのだと思う。
それなのに、怒ることもせずに傷を負った自分の身体をいたわって、キラはなんだかずっと優しかった。今この状況もそうだ。
昨日、キラにキスをした。
それはそのことへの謝意と親愛を表すもので、他意はなかった。それでもキラ以外の他の誰かにもするのか、といわれれば、それはないだろうと思う。
キラ以外に、キラのような存在はアスランにとってないのだし、この先もあろうはずがないと思っている。それだけのことなのだと思う。
だが、それとは別に。
どこか狭量な独占欲と、何より判りやすく身体の欲望があった。
ただ甘えたいだけで、ベッドに入り込むことなどしない。
謝意と親愛の表現に、唇を合わせることもしない。
つまりは、そういうことなのだ。
アスランは、キラに恋愛感情をもっている。
本当は何年もまえから判っていたことを、ただ認めていなかっただけのことだと思う。だが、ここへきて彼は観念していた。
キラからもう離れたくない。放したくない。
ザフトにいるあいだに、頭の中を占めていたのは、ただ、キラのことだけだった。