C.E.74 2 May

Scene モルゲンレーテ地下施設・エリカの執務室

──モルゲンレーテ本社地下工場。オノゴロ島軍港北部に隠された兵器開発施設。その内部に入ることができるのはモルゲンレーテ社員でも限られた者だけで、外部の人間はとくに容易に足を踏み入れることはできず、さらにはその存在すら知れるものではない。
三年前の大戦中には技術協力などで数度訪れたことがあったが、キラがこの場所へ足を運ぶのはそれ以来、ということになる。
「わざわざきてもらって、すみません閣下」
モビルスーツ開発の上級主任者を務めるエリカ・シモンズが笑顔と握手をキラに差し出した。それに同じもので応え、キラは「いえ、お疲れさまです」と労った。
「開発もだいぶ軌道に乗ってきたんですよ」
オペレーション・フューリーから状況が落ちつかず、進行中の開発のほとんどが遅延続きだった。停戦から二ヶ月、やっと順調に進み出しその遅れも取りもどしつつあるのだという。モルゲンレーテの職員は本当に優秀だと思う。

キラは今日、その開発状況の視察にやってきたのだった。事前にエリカと通信したときには「ついでのお願いもあります」といわれている。
「実は、ちょっと噂を小耳に挟んだので」
エリカのそのひとことに、キラは「しょうがないなぁ」といいながらいたずらっぽい笑みを浮かべる。
持ってきましたよ、とデータメディアをひとつポケットから取り出しエリカに渡した。
「やだ、ご存知でした?」
「タイミングがよすぎましたから。お願いをいわれたときの」
キラは笑いながら返す。エリカは受け取ったメディアを早速手元の端末にロードし、中のファイルを確認すると、「かなり混沌としてますね」と苦笑いする。整理整頓は苦手で、とキラは恥ずかしそうに笑ってごまかし、そのかわりにと自分で内容を要約をする。
「三年以上もまえのものですし、遊びでやったものですし。そんなに使えるものはありませんよ。あとでぼくがちゃんと見ますから、その中から流用できそうなサブプログラムとか…役に立ちそうなものがあれば、また整理して…ちょっと手も加えて、お渡しします」
「それは大変ありがたいわ。でも、これもこのままいただいてもいいかしら。面白いですよ、“完全なオリジナルのMSOS”なんて」

キラがエリカに渡したデータの中身は、カレッジ時代のちょっとした趣味の結果だ。
ごくふつうに工学部の学生として、モビルスーツの機能と、とくにそのオペレーションシステムに興味をもった。この頃、その存在が知れているのはザフト製のみであったし、ましてや一般の学生にはその設計も仕様ももちろん手に入れることは叶わなかったので、“想像”で、オリジナルOSを組んだことがあったのだ。
当時民間で(ちょっとだけ“裏技”も使い)手に入るだけの機体の性能や外観などから、内部の構成を想定し、それらを動かすにはどういうオペレーションシステムであれば可能になるかを遊びで考えた。自分で一から組み立てたものの、それをのせるための機体までは作りようがないので、本当に動くのかどうかすら判らない。
そんな、本当に戯れにしてつくったものの存在を思い出したのは、メサイア攻防戦のまえにコペルニクスへいったときだった。
コロニーに住んでいたときは、大切なデータは身近なヘリオポリス内のストレージセンターのほかに、年に数回、引っ越すまえに契約してあった月のセンターにも保存することを心がけていた。コロニーに住むことは星に住むことよりも危険の率が高いこともあり、おおむね誰もが同じようにしている。だが実際には、コロニーは最上の安全対策が施されているので、あのような惨事に遭遇でもしなければ杞憂ともいえるリスク対策だ。
コペルニクスで、そういえばと当時のバックアップを思い出し、保存してあったデータを取り出してみた。今の家へ越すときに中身を確認し、数々の懐かしい痕跡の中から、このオリジナルOSのデータを見つけたのだった。
視察の予定を組んだとき、たまたまモルゲンレーテから工廠に出向していた技術者と息抜きでその話をした直後でもあったので、耳聡いエリカからのお願いの内容はすぐに察した。

三年前、ストライクのOSを瞬時に把握し調整するという離れ業を成し遂げたのも、この経験が助けになったといえる。
「だとしても驚異的なことであるとは、ご自身で自覚されています?」
過去にも何度かいわれたエリカの問いをキラは受け流す。
「専門のプログラミングを訓練したコーディネイターであれば、そんなに驚くほどのことじゃないですよ」
それはエリカももちろん知っていた。だが、ふつうのコーディネイターと違っているのは、彼がものの数分で、戦闘をおこないながらそれをこなしたという事実だ。モルゲンレーテに所属する数人のコーディネイターや、あのザフトからきた彼にも確認したことがあるが、「その状況にならないと判らないが、たぶんできないだろう」とのことだ。

「准将は、“SEED”をご存知ですか?」

───あなたは、SEEDを持つ者。
キラはマルキオからその単語を初めて聞かされた。そして、戦争から離れていた時期に興味が沸き、ライブラリなどからその意味を調べあげていた。
その因子による能力は、とくに極限状態に発露するケースが多く、戦争中の覚醒者が多かったという。しかしこれは本人の意思に関係なく発現するものでもあり、本人に自覚のないケースが多い。現在の研究では、潜在数のほうが多数を占めると見ている。そのような状況で発現時の研究データは乏しく、確認できていることといえば、反射速度などの飛躍的な向上、直感力…これは透視や先読みに近い超感覚の発現などのいくつかが挙げられた。
それらの概要を知って、キラには確かに思い当たるものがあったのだ。いつかバルトフェルドに“狂戦士のような”と評された自分の戦闘能力。突然やってきた、感覚がどこまでもクリアになっていく状態が、それだというのなら。
「……知っています。シモンズ主任の仰りたいことも、判ります」
「…そうでしょうね。それで、どうされるおつもりなんですか?」
エリカはキラの心を見透かしているかのようにいった。
「──何か、させたいんですか?」
質問されたことをごまかすために、苦笑しながら質問で返す。キラには思うところがあったが、今の段階でエリカにそれを打ち明けるつもりはなく、また、他人がSEEDについてどう考えているのかには興味があった。
「いいえ。でも、万人が持つものではないものを知って、何もせずにいられるのかと思っただけです」
わたしには縁のない話なので、とエリカは笑顔でつけ加えた。キラは笑みを返しただけで、それ以上を語ることはしなかった。