C.E.74 19 Apr

Scene ヤラファス島・カウリホテル

ラクスのプラント出立に向けた壮行会は、カガリの手配でヤラファス島にあるホテルで催された。
それにはいくつかの理由があった。ラクスとアスランのスケジュールに空き時間をつくるため、内閣府官邸の近くが都合としてよかったこと、また、ラクスを迎えるにあたりプラントからザフト、ジュール隊が到着し、昨日から宿泊していることなどがあった。もちろん、イザークとディアッカもこのイベントに引っ張りだされている。
ホテルといってもこじんまりとした立食パーティ用の一室で、集っている面々も気心の知れたものばかりだ。改まった服装でかしこまっているでもなく、それどころかマルキオの元で暮らしている孤児たちがばたばたと走り回り騒いでいる始末だった。
「カガリがこられなくて残念だったね」
キラは自分の隣で楽しそうにしているラクスに話しかける。
「はい。でも、カガリさんとはこのところお仕事でずっと一緒で。その合間にお仕事抜きのお話もたくさんできましたから」
だからしばらくお会いできなくても充電してあります、とラクスはこぼれる笑顔でいった。
それに応えてキラも笑顔を返すが、明日で離ればなれになってしまうことに少しだけ憂いが滲んでいる。
プラントから迎えに訪れているように、今後イザークの隊がラクスの護衛を務めるという話だが、正直なところ、キラはイザーク自身のことをよく知らない。三年前の大戦のあとに少し話をしたことがあるだけだ。ラクスにしても同様だろう。
過去に確執はあったものの、アスランとディアッカから話を聞いて、信頼に足る人物であることはよく判っている。それにプラントには、彼女に味方する者らが数多く政府や軍部にいることも判ってはいる。けれども、彼女にとって人として心を許せる者がはたしてどのくらいいるのだろうか、と思う。
出会ってから今まで、ラクスがキラにしてくれたように心の慰めが必要なときは誰にでもある。キラとラクスはそういう意味でお互いを支え合いながらこの数年を乗り越えてきた。
今になって一緒についていきたいとか、やっぱりいかないでとか、いろいろと思いがよぎるが、それが心のうちにことばという形になるほどには強くはない。ラクスが心を決めてから、キラも心に決めたことなのだから。だから、ぼんやりとした寂しさを感じる以外には、心からの喜びでラクスを見送る気持ちで今日を楽しんでいた。

キラは思い出して、さきほどから足りないと思うものを探して、室内に首を巡らせた。自分たちのいるテーブルから離れた壁際に立つ人物に視線を止めると、「こっちにくれば」と合図を送る。彼は首を軽くふって、その隣にいるイザークとディアッカを見て「こいつらの相手をしてるから」と目でいう。キラは残念、という微笑を返してアスランから視線を離した。

「ラクス様は、射撃、護身術の類いは…」
イザークはさきほどから、ラクスのプライバシーに踏み込まない程度の個人的情報をアスランから仕入れている。それを参考に今後の護衛プランを考えるつもりでいるようだ。
「いや、何も。──“様”はやめろとさっきいわれてなかったか」
「人前でそれはまずい。癖になってはいかん。そういうことだ」
彼のきっぱりとした判断にアスランは苦笑する。
イザークとラクスの話をしたことはほとんどなかった。いつだったかディアッカから、彼は「歌姫ラクス」のファンだということは聞いたことがあった。そのときアスランは興味もなく聞き流していたが、わずかにでも彼にはラクスに味方する気持ちがあることを知り、今に至ってそっと安心することとなった。個人的ファン心理は抜きにしても、アスラン以上に真面目である彼のことだから、最高の護衛任務についてくれるだろう。それでも自由奔放な部分もある彼女のこと、あまりがちがちに護衛されては双方の衝突にもなりかねない懸念もあるが、今もうひとり並んでラクスに視線を送っているこのディアッカが、うまくバランスをとってくれるに違いない。
イザークは彼にとって重要な質問に、“何も”と軽く返事をしたために、「要人であるにもかかわらず、何故護身術すら身につけさせないのだ」とがみがみ文句をいっている。それもそうだな、と思ったままをアスランがいうと、彼は目くじらをたててさらに文句を追加していた。

まもなく、マルキオとムウに声をかけられて、イザークはアスランとディアッカから離れた。
アスランはできる限りの協力をとラクスのことを語り続けていたので、だいぶ口が疲れていた。手にしたままだったワインを最後まであおると、ディアッカがいつの間にか取りにいっていた次のグラスを差し出した。
「ありがとう」
いや、と返すとディアッカはアスランが視線を向けていた先の話をはじめた。ラクス、ではなく、その隣にいるキラのことを。
「親父はあいつのことをいろいろ知っているぜ」

───出生のことをいっているのだろう。

ディアッカの父、タッド・エルスマンはつい先日、プラント最高評議会議長に就任した。タッドは基礎医学、臨床医学、生化学、分子生物学、応用生体工学の専門家だ。プラントが今後は、軍事的な強化を置いて次世代コーディネイターに関わる課題に取り組んでいく姿勢を表明したようなものだった。事実、三世代目の出生率の極端な低さは、早急に解決しなければならない問題となっている。
その政策をすすめる舵取りに抜擢された新議長の専門分野を見れば、メンデルに関わった時期もあったことは想像に難くない。

ディアッカにキラの出生のことを話したことはなかったが、以前からすべて知ってはいたようだ。メンデルで違法な実験もなされていた事実や、三年前にそのメンデルで「何かあったらしい」ムウとキラのこと、キラの突出した能力を目前に見たことなどで、思うところがあったのだろう。彼なりにプラントで調べたことがあったらしい。
もちろん彼に他意はなく、その結果で何をするつもりでもなく、また他人に話すつもりはないことをアスランは充分に理解していた。
「もっとも気になってるのは生まれのほうじゃなくてSEEDのほうみたいだけどな」
「“シード”…?」
耳慣れないことばにアスランは首を傾げた。どこかで聞いた記憶はあるが、その内容まではすぐに思い出せない。
「コズミック・イラの時代でやっと現れた、人類の次なる進化の可能性…っていえばいいのかな。まぁ、生まれも関係あるかもしんねーけどな」
「──それがキラに、何が…」
いいかけてから、アスランは一年以上もまえに、そのことばと意味について教えてもらったことを思い出していた。
「変なものばっかり背負ってるなぁ、あいつ。助けてやれよ?」
「いわれるまでもないさ…」
ディアッカはそれ以上その話を続けなかった。ならばそれは、“とりあえず耳に入れておけ”という程度のことなのだろう。
しかし、アスランはこれを警告と受け取る。アスランが考えていなかったことで、キラが何かに巻き込まれるかもしれない──との…。