指輪


C.E.73 29 Sep

Scene カグヤ島・アウトレットモール

「プラントへいくんだってね」
アスランの誕生日プレゼントを買うのに、アスラン自身をつきあわせていた。そして、それを買うには少しばかり早かった。
何故なら、キラは忙しいアスランといるための口実が欲しかったし、一ヶ月は先の彼の誕生日にそのお祝いができるとは限らなかったから。
「何日くらい?」
「…カガリの護衛でいくんだ」
「判ってるよ、そんなこと」
どうして、あの国にいくことに後ろめたさを感じる必要があるのだろう、とキラは思う。だいたいのことは想像できているが。
「必ず、もどるから」
「あたりまえでしょ」
もどかしい空気が流れる。キラは気づかぬふりでアウトレットモールの小洒落た通りをふわふわと歩き、道沿いにならぶ店舗を外側から眺めていた。
「そんなこというと、もどらない気持ちがあるように聞こえるよ。……少しでもそんな気持ちがあるなら、いわないことだね」
口調は穏やかに、はっきりと責めることばがキラの口で紡がれた。そのものいいに少し腹をたてた表情になったが、図星をさされた気まずさなのか、アスランは沈黙したままになる。
古いイギリスを模した通りの足元はわざとでこぼこのままに組まれた煉瓦舗装で、視線を店に集中していたせいもあって、キラはそのひとつのちょっとしたでっぱりに、ふいにつまずいた。
すぐに掴まれた腕に、礼よりも「ごめん」というひとことが出て、アスランから顔を逸らされる。ありがとう、といえば昔のように微笑んでくれただろうか、とキラはぼんやりと考えた。
キラはさきほどからショーウィンドウを眺めるばかりで一向に店のなかには入ろうとしない。本当に買物をするつもりがあるとも思えないその雰囲気に、アスランが文句のひとつもいわずにつきあっているのは、彼の心の底を少しは理解しているからなのだろう。
「きみが欲しいものをあげるよ」
何が欲しいのか、本当は正直にいって欲しい。昔から無欲な彼が、それをうまくいえないことは判っている。いえない、というよりも、自分自身が何を欲しているのか、彼は判らないのだ。
その彼がいちばん困る問いをかけて、キラは微笑んで振り返る。切ない心が少しその笑顔に乗ってしまったかもしれない。アスランはまた視線を逸らした。
「キラが、おれにあげたいって思うものでいい」
「……ずるいね、アスランは」
実際、キラは本当に困っていた。アスランは欲しいものを持たない。たとえばこうして誕生日に贈るようなもので、といえば。そういうことには無欲な彼が、オーブをとりまく世界のことについては苛立ちに至るほど欲してばかりいる。苛立つのは、自分で何もしていないことに、なのだろう。アスラン・ザラとしてこの世から姿を消して二年。彼は確かに、そのことに焦燥を感じていた。
「カガリ、政略結婚させられそうだってね」
急に話題を変えてふったキラに、一瞬はっとした目を向けたアスランは、つぎには俯いた。
「カガリには好きな人と一緒になってくれないと嫌だ」
そして、それは今横にいる彼で、彼以外にカガリをあげるのも嫌だ、と、確かに思っている。
───アスランだから許してるのに。ぼくの代わりにカガリを護ること。
その話がカリダから伝わってきたのはつい最近のことだ。彼女の、代表首長としての立場も理解しているけれども、それだけは、とキラは憤った。そして、その怒りをついアスランに向けてしまう。きついまなざしでアスランに視線を送ると、彼は今度はまっすぐにそれを受け止めていた。
「…おれの立場で、どうしろっていうんだ」
アスランも怒っている。彼女の倖せを護りたいのにいつも叶わず、日を追うごとに憔悴していく彼女をごく傍で見ていながら、何の力も持たない自分自身に。
「きみの立場って何。…アレックス・ディノに、何の立場もないじゃないか」
彼の心を知って、キラは思いやることもせずにただ彼を責めた。アスランは傷ついた顔をしたが、それにも気がつかないふりをする。
いっそ自分を嫌いになってくれたらいい。無欲なはずの彼が、本当に欲しいものに気がついてしまうまえに。
キラの心のなかでは、いつでもこうした矛盾を繰り返している。面倒な人を好きになってしまった、と思う。自分自身の倖せを望まない者などいない。けれど、それ以上に倖せになってもらいたい人たちがいるから。そして、その両方を叶えるのは難しいと判っている。どうすればいいかなど、キラもいつも判らなくて戸惑うことしかしていない。そんな自分を置いて彼を責めるなど、本当に心が痛んだ。
「カガリに指輪くらい贈ってあげたら?」
「…え……?」
キラの急な提案に、アスランは思考が追いついていない様子だった。
「政略結婚がほんとの話になるまえに、牽制することくらいはできるでしょ? …ほら」
アスランの腕を掴んで、引っ張る。キラのその足はアウトレットモールの外へと向かっていた。
「こんなとこじゃなくて、ちゃんとした店にいかないとね」
「…キラ…! そんな…カガリの気持ちを確かめもしないでそんなもの…」
「カガリを護ってくれるんじゃないの?!」
足を止めて振り返り、はっきりと怒りを声にして。そうすればアスランがすぐに負けてくると、知っているから。
キラの思惑の通りに彼は小さいため息を吐いて、キラを促すように歩きはじめた。肩にまわされた手から、隠そうとしているその怒りが、キラに伝わってくる。
「センスに自信がないなら、ぼくが一緒に選んであげるからさ。…ていうか、選んであげたい。ぼくが。誕生日プレゼント、それでいいでしょ」
強引が過ぎると思いながらねだってみた。しかしアスランは何の疑問もなく、キラに任せる、という。
何故判らないのだろう?
そのことばの奥に、きみには選ばせたくない、という醜い心が潜んでいるということに。

─End─