C.E.74 Dec ヘラクレイオン


C.E.74 3 Dec

Scene L4機動兵器試験宙域・演習機輸送艇

パイロット待機室アラートで息も絶えだえなルナマリアが叫ぶ。
「本当に殺す気なのかと思ったわ!」
それを聞いたシンはおおげさな、と小さいため息をもらした。だいたい、シミュレーションまえに忠告はされていたことだ、「本気でやる」と。
現在ヤマト隊にいるモビルスーツパイロットは六名。それが三人ずつの二チームに分けられ、スケジュールの空きを見て模擬戦が不定期におこなわれていた。シンとルナマリア、リンナのチームは今日がその三度目だ。確かに回を重ねるごとにキラの「本気度」は増していたように思える。

キラ自身が隊の特性を把握するために、マンツーマンの模擬戦闘訓練をおこなうといったのは、着任後まもなくのことだった。
ヤマト隊のパイロットたちは、すでに全員が実戦経験をもっているので記録を見れば済むことでもある。しかし、キラであればこの方法をとってくるのではないかとシンは予見していた。隊長自ら参加する模擬戦であれば、隊長自身の戦闘力をさらすことにもなるため、よほどの自信がなければそのようなことはできない。そのうえ、搭乗する機体は全員がゲイツで揃えるとのことなのでなおさらだ。
さすがにシンにも火がついた。一度は墜としたこともある、との自負もある。しかし、あくまで訓練であって勝敗をつけるものではなく、明確な結果はありはしない。それでもシンは、相手の技量を認めたうえで墜とすつもりで訓練に挑んだ。その結果、たびたび押されていたことは認めざるを得ない。他のふたりよりはいい勝負をしてはいたものの「勝てた」気分には最後までなれなかった。
だが勝負のことは別にして、シンには不満のつのることがあった。

少し遅れてアラートにもどってきたキラは、ヘルメットを鬱陶しげにはずしながらルナマリアに話しかけていた。
「ルナ、コンフィグ調整こないだいった通りにやった?」
「…はい。M1接続値ですよね?」
キラは訓練のあいだ、こうしてオペレーションシステムの個別設定のアドバイスを加えてきた。最初は全員デフォルト値でおこなっていたが、今はそれぞれの機体ごとに違う設定が加えられている。ただし、キラの機体を除いてのことだ。
それにしても、涼しい顔をしている。息を乱しているルナマリアと対比して、汗のひとつもかいてないようだ。
「………………」
なかば恨めしげな目をしてキラを見つめていると、ルナマリアとのやり取りを終えたらしいキラがシンのほうを見た。次はシンの番だった。だが。
「シンは今日やめよっか」
「──はァ?! なんで!!」
今日こそは、というシンの鼻息を挫くことをキラはいった。
「だってもう知ってるもん。きみは」
不満をいえばこの軽い返事だ。確かにこのシミュレーションの主眼は隊長による各員の特性把握だ。それをいえば何度も実戦で対戦したシンのことは今更やるまでもないだろう、ということになる。実際、もうひとチームのヒルダたちとは一度しかしなかったという。過去、同じ陣営にいたのだから、それも判る。しかし、引き下がれない気持ちのシンは、文句をさんざんいいながらキラを追いかけた。「今日はもう疲れたから」といってロッカー室へ入るのをそのまま押しかけて、シンも中へ入りドアを閉めた。キラはそれを横目で見ながら壁面の通信コンソールで艦橋に帰投命令を出している。シンはかっとなった。
「前回もそのまえも!おれには本気だしてなかったろ?!」
そうなのだ。本気でやるといいながら、そう相手をしたのはルナマリアとリンナだけ。自分に対してはどこか適当にあしらわれた感があり、ルナマリアがいうような殺気などは皆無だった。そんな相手にシン自身も本気をだせるわけがない。二度の模擬戦は、遊びでゲームをやったようなものだった。
キラは、シンが憤ってそう告げるのをまっすぐに見つめ返している。それでもその苦情に応える気がないという意思表示に、パイロットスーツを脱ぐ手は止めなかった。そんな態度にも腹がたち、シンはますますキラを睨む。その様子を目にして、キラは小さなため息を吐いた。
「……シンは、戦うの好きなの?」
「あ? 何いってんだよ! おれはパイロットなんだ。戦うのが仕事で、真剣になって何が悪いんだよ」
見るからに虫も殺さないような優男が、似合ったことを口にする。好きも嫌いもないことを、軍人の自分たちが何故問わねばならない?
キラはめずらしく終始沈鬱な表情をしている。視線を落としスーツの足を抜きながら、真剣になる場所はここじゃないよ、といった。
「ねぇ。ぼくは本当に必要があったから、ルナとリンナを相手にしたんだ。シンとはもう、命のやりとりまでしたじゃない。ホントに嫌なんだよ、よく知ってる人間を相手にするなんてことは!!」
いいながら少しずつ声を大きくし、抑えてはいたが最後は怒鳴った。
──キラの様子がおかしかった。たぶん、初めて見る感情的なその姿に、シンはうろたえ、何も返せなくなる。
「……ごめん」
シンの狼狽を見てとったキラは、ひとことそういって黙った。よく考えると、さきほどアラートにもどってきたときにはもう、どこか肩を落とした様子だった。
「……どっか具合でもわるいんすか」
シンはすっかり声のトーンを落として訊ねると、キラは黙したまま首を横にふる。
「…いったままだよ。嫌なだけ、ほんとに。……ごめんね。シン」
キラは無理につくったような微笑を残してシャワー室へ消えた。
シンは唖然として立ち尽くす。まさか、“見た目”のままの感情をもっているなんてことが、あるのだろうか、と。

アーモリーワンへ帰投する輸送艇のなかで、ルナマリアとリンナはシミュレーション結果の検討をおこなっていた。操縦技術のみならず、機体スペックの自己調整にも訓練の重点がおかれているところはヤマト隊特有かもしれない。
「わたしも技術者だったから判るんだけど」
リンナがいった。彼女はさすがにその経歴から、キラからのOS調整に関するアドバイスは少なかった。
「機体と搭乗者の相性なんてある程度つくり込めるんだ。それが搭乗者自身でできれば、さらにいいでしょ。そういうことだと思う」
得てして天才に凡人の気持ちは判らないというが、キラの細やかな指導はかなり親切といえた。これはたぶん、ナチュラルに囲まれた環境から身についたものなのだろう。
シンはずっとキラのことを考えている。こんな繊細なところをもっている人が、自身がもつ能力のためにたくさんの人を殺してきたという現実。ふだん見せもしないけれど、自分自身への嫌悪をいつも抱えているのだとしたら。さっきのはきっと、それが少しこぼれてしまったのだ。たぶん、そういうことなのだ。
嫌がる心に蓋をして、キラがザフトに身を置いてまでやろうとしていることの本当の理由を、シンは知らない。だが、無理をするだけの意味がきっとあるからなのだろう。そうであれば、自分はそれを支えて助けるのが役目だ。
───アスランにもいった。おれは諦めない。おれは守る…。
キラが嫌だというなら、自分が代わりに討つ。そのために、もっと強くなる。キラのために、キラよりも強くなってみせる。
シンは、呪文のように心の中で唱えた。

艦橋でぼうっとするキラの視線は、正面に見える艦橋窓に固定していた。そこには漆黒に散りばめられた星々しか映ってはいない。瞬きも動きもしない星の点々は、貼付けた写真のように思えた。
───シンに嫌な思いをさせてしまった。
気鬱が増して、シンとの模擬戦は本当にやりたくなかった。だがそれは、気鬱の原因とは別の、キラがもつトラウマのせいでもある。
キラは今、アスランに傍にいて欲しかった。元凶である彼でなければ、このやりきれなさをどうにもできない。間近に控えたデーベライナーの出航が、急に不安になった。こんなことで、大丈夫なのか、と。滅多に訪れることのない気分の落ち込みではあった。おそらく、明日には晴れているだろう。だが今日はもう逃れることを諦めるしかない。
キラはそうして長い時間、手元にある部下たちのシミュレーションデータを見ることもなく、星を眺めたまま微動だにしなかった。
毎回訓練に同行しているアーサーは、いつもと違うキラの様子に声をかけた。
「今回は思わしくなかったですか?」
データを指していう。
「……データは優秀です、みんな」
キラは少し微笑んで返した。だが、データ上の結果は本来の目的ではない。キラは自身で対戦したときの感触で判断する。これから必要か、否か。気鬱の原因はここだった。
「アーサー、もどったらデーベライナーの搭乗員リストだしてもらっていいですか。決定した分まででいいので…」
「もうほぼ決定してますよ。もうすぐですからね」
───あとひと月あまり…。
模擬訓練は今日が最後の機会だろう。まだ諦めたくなかったが、何度やっても結果は同じだということは判っていた。そして、もっと早く思い切るべきであったことも、判っていた。
キラは苦い顔で再び虚空を見つめた。


C.E.74 13 Dec

Scene 月軌道周辺宙域・アークエンジェル

アークエンジェルのパイロット待機室アラートで久しぶりの制服に着替える。久しぶり──とはいっても、まだほんの数ヶ月しか経ってはいないし、とくに感動もない。
郷愁といった感情をもつとすれば、それは優しい記憶だけが残る彼の地だけで、オーブにはない。月を出ても本土へはいかなかったし、流されるまま軍籍も移転したわけだが、いつでも愛国心というものが欠けることになった。
ただ目の前にいる人々を護ることしか、考えてこなかった。
それを思えば、今袖を通したオーブ軍の制服に何の感慨もなくても当然のような気がしてくる。それがいいことなのかそうでないのか、自分自身でも計りかねた。
「あら、何か憂鬱なことでも?」
待機室のドアを出てからすぐに吐いたため息を見咎められた。
「ミリアリア」
「おかえり、キラ」
ただいま、と返すと嬉しそうに微笑んで腕をとられる。
「…って、どこいくの?」
ミリアリアに手を引かれるまま、キラはラウンジまで連れていかれた。つまり、久しぶりだからおしゃべりがしたい、ということなのだろう。彼女とはときおりメールを交換していたが、検閲に引っかかるので互いの元気を確認するくらいの内容でしかなかった。
「だからね、今ではオーブにもプラントにも護りたい人がいて。このふたつがまたけんかを始めちゃったら、ぼくはもうどっちの味方もできないんだなって思って」
「また、オーブにもどるまえ“みたいなこと”、する?」
「それはできない。何をどうするのでも、責任をとれない立場でそうするのは、よくないって。アスランはそういうことをいってたと思うから。……同じこと説教させると、うるさいんだよね…」
「郷愁」などというフレーズが頭を過ったものだから、つい月での記憶が再生されてしまう。説教されても懲りずに繰り返すキラを、アスランも諦めたことはなかった。「まったくおまえは」とか「どうしていつも」とか、そんな母親なみの小言をいって。コペルニクスではアスランといる時間のほうがずっと多かったから、母親以上だったかもしれない。さすがに再会以後、説教される数は激減しているが、真面目な彼がいいかげんなことばかりするキラの傍に何故いまだいるのかがよく判らない。
「……恋は盲目っていうけど?」
「……………ミリィ…」
真剣な顔をしてひとりで納得しているミリアリアに苦笑がこぼれる。彼女には昔から──16歳の当時から、アスランのことをからかいのネタにされている。つまり、キラにぞっこんなのだと。時を過ぎてふたりが恋人になっていることまで知っているかどうかは謎だったが。
キラは照れ隠しに話を元に引きもどした。
「…仕方ないから、もういっそ全世界にぼくの護りたい人がいればいいって思うんだ。だれの味方もできないから、ぼくはケンカがはじまるのを必死で止めにいく。こういうのって夢想してるとかいう?」
「いうわね」
「じゃあぼくはきっとロマンチストだね」
「でもそのロマンには手を貸してあげたいわ」
どちらともがいうは易いと思っている。それでも今、ふたりが乗っているこの艦、アークエンジェルが向かう先に待つのは、そのロマンを叶えるためのひとつになるのかもしれなかった。
「…でね………それで…“艦長”、…は?」
「“艦長”だもの、ブリッジにいるでしょ?」
いい難そうにキラが訊ねると、ミリアリアは意味ありげに微笑んでそういった。

「…遅かったな」
キラが艦橋に入ると、後ろを振り返ったアスランのひとことめがこうだった。
「え? むしろ予定時間より早かったと思うけど…えと、十分くらいだけど」
「…そうじゃなくて。着艦からここへくるまでが。……何をしてたんだ?」
何をって、とキラは口ごもった。ミリアリアとおしゃべりをしていただけだ。まっすぐに艦橋までこなかったことを責められるとは思わず、キラはそのまま黙り込む。アスランは答えを待たずに顔を正面にもどした。
「アマギ三佐」
「ええ、どうぞ。ずれた三十分も含めて休憩していただいてかまいませんよ、艦長」
その会話に、自分の着艦予定に合わせてシフトを組んでいたのか、と気がつく。すまない、といってアスランは艦長席を離れたが、彼はアマギのことばに甘えるつもりなどないだろうことも予想がついた。
「……ごめん」
「謝るほどのことじゃないだろう?」
アスランがふっと柔らかく微笑んでキラの横にくる。はじめのひとこともあって、機嫌がわるいのだろうかと思っていたがそうではないらしい。
「…あ…、確認してないんだけど、ぼくのシフトって……」
「おれと同じだ」
小声で即答したアスランに気づかず、艦長席に落ちついていたアマギが声をかけてきた。
「ヤマト准将もアーモリーからずっと操縦してらしてお疲れでしょう。お休みください、どうせヘラクレイオンに着くまで、何もやることないですから」
「…え…う…、っ…はいっ」
うろたえて少し挙動不審な返事をしてしまった。

「食事は?」
「フリーダムのなかで携帯食食べてたよ」
「睡眠も、とってないよな?」
「だから食べたってば」
「寝てないんだな?」
「人の話聞いてる?」
意思の疎通が成っているとは思えない会話をしながらふたりで慣れ親しんだ通路を進む。とくに何も考えずにアスランについて歩いたが、まもなく辿りついた艦長室にキラはそのまま連れ込まれた。
「……それで、こないだの無言電話はなんだったんだ?」
「………………」
十日ほどまえに落ち込んで、時差も考えず通信をかけた日のことをアスランはいっている。寝ているところを起こされたというのに、何をいうでもなく俯いてただ黙っていることしかしないキラに、彼はいつまでもつきあってくれた。心配させるだろうし、あとからこうして追及されるだろうことも判っていたが、あの日はとにかくアスランの声が聞きたかった。もっといえば、抱きついて彼に顔を埋めて、その匂いに包まれたかった。
「……だってさ。急に寂しくなるときだってあるじゃん。理由なんかなくてもさ」
「…………そうか」
あっさりと納得したような返事にキラはほっとした。
「と、おれがあっさり引き下がると思うか?」
「─────っ」
が、甘かったようだ。
でもいえるわけがない。シンとの模擬戦でアスランとの戦闘がフラッシュバックして仕方なく、得てもいない喪失に悩まされて、食事をすることも眠ることもできなかった、などと。
「……もう…っ、戦いたくないって…そう、思っただけだよっ…!」
視線だけで攻めてくるアスランに耐えきれずキラは白状した。いろいろなことを省いてはいたが、嘘にはなっていないはずだ。それでも彼のまなざしを受け止めることはできずに、キラは下に俯き、その瞼はぎゅっと閉じた。
やがて十日前に望んだ腕がキラを包んだ。後頭をぐっと彼のほうへ押しつけられて、自然アスランの首元に顔を埋めることになる。
「………ごめん…」
アスランが何に対して謝ったのか判らなかった。無理に告白させたことなのか、それとも、いわれてすぐにキラを戦場から遠ざけることができない現実になのか。
あるいは、キラを戦わせてしまった過去に、か。
キラが違うといっても、彼はいつでもキラのことは自分に責任があると思っている。あのころ絶えなかった小言もそのせいで。キラのためにしか生きていない、といわれているようで、くすぐったくもあったけれど。
「…少し眠ろう? 疲れているだろ」
髪を梳く指が優しいせいもあって、いわれたままに眠気が襲ってくる。頬にくちづけをひとつ落とされて腕が解かれたが、そのまま離れることはなくキラの上着を脱がしにかかった。このごろは艶を含んだ脱がされ方しかしていなかったが、それがなくてもアスランはキラの世話を焼くことに昔から手慣れている。
されるがままになっているキラに、そうしているアスランのほうがくすりと笑った。
「食事は起きたら、な。寝るまえにはよくないから」
「…うん…」
「それともお腹すいて眠れない?」
「そんなことない」
「そうか」
「うん…アスラン」
「うん?」
「お母さんみたい」
「………お父さんじゃなくて?」
些細なことに複雑そうなアスランを置いて先にベッドへ潜った。
───なんだ。ぼくもアスランが傍にいないと、だめじゃないか。
ひとつの自覚に、ひと月近く続いた気鬱がようやく晴れる気がしていた。

アークエンジェルを含めたオーブの宇宙船団はL3にあるオーブ領コロニー、ヘラクレイオンへと向かっていた。並行するプラントの艦隊と合わせれば、今この宙域には壮観ともいえる光景が広がっている。
数日以内に到着するヘラクレイオンでは、オーブ、プラント間での平和条約が締結される。
過去、人類が宇宙へ進出するその以前から、いくつもの平和条約が結ばれて、破かれた。それを無駄に思うのか、形だけだと思うのか、あるいは今度こそはと心に誓うのか。キラは何度繰り返すとしても、最後のことばを選びたい、と思った。


C.E.74 15 Dec

Scene オーブ連合首長国・エリカの自宅

────資源衛星コロニー、ヘラクレイオン。
かつてヘリオポリスを構成した衛星に再建されたオーブ領のドーナツ型コロニー。
この日、オーブ連合首長国とプラントの平和条約締結がこのヘラクレイオンでおこなわれた。かくてオペレーション・フューリーに端を発しメサイア攻防戦で雌雄を決した戦争の終端となった。
同時に、コーディネイターとナチュラルの融和、相互理解を主眼にした安全保障と軍事協力を約束する軍事同盟も結成された。それは双方の排斥運動、テロ活動などに対し断固たる態度で臨むことの表明であり、また互いがどちらかへ偏ることのないように互いを監視することも内容に含む。
今後プラントはナチュラルを、オーブはコーディネイターを、積極的に受け入れる環境作りにも一層尽力しなくてはならない。そうしてその先に急増するであろう、ハーフコーディネイターへの対策も必要になってくる。正直な話、課題は山積みだ。
永世中立を翻しながら、オーブは国連の再建も同時に提唱した。プラントも火星も含める本当の意味での国際連合が今こそ必要であると。コーディネイターに傾いて陣営のバランスがなどとしか考えられない国は置いていくといい、世界を再び二分するような国には断固とした態度に臨むと、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハが声高に叫ぶ。
どの国もいえずにいた(いいたくなかった)、この数年の紛争の根源の問題に手を挙げたオーブに、賞賛と非難の声が多く聞かれた。

───そうはいっても。
エリカ・シモンズはとりあえずの喜びに盛りあがるヘラクレイオンの中継を見ながら考えていた。
現在のままで問題の解決はない。平等にはなりえないナチュラルとコーディネイターのあいだで、夢のような相互理解がどこに実現できるというのか。
だが、国家をあげて理想を掲げるのはいい。
───これ以上現実と乖離することにならないのであれば。
エリカはコーディネイターだった。
これはその夫以外に知る者のない事実だ。中立国を名乗るオーブにあってさえ、その差別は依然としてあり、身を守るためにコーディネイターであることを伏せる必要があった。エリカにはまだ、オーブが進む道と自分の現実を、どうすればいいのか判らない。

いつか、プラントからきた若者が話したことを思い出す。

「自分としては、もうコーディネイターは創出することなく、このままナチュラルに溶け込むほうがいいと思ってます。その身体が次の世代を遺せないものに至ったということは、生物としてはやはり不完全なもので、所詮人の手で“造られた”ものだということです。そこに無理を押したところで、得ることなんか、何もない…と…思いたいんです」
メンデル再開発の動きを憂いて、いつか彼はそう切り出したのだった。わずかなネットワークだけで知られた故シーゲル・クラインのナチュラル回帰論に、まさか彼が傾倒しているとは、エリカは想像もしていなかった。
「かつて父がコーディネイターを“新たな種”だと発言したことがあります。進化はそうして得られるものではない。なるべくしてなるものなら、何もせず待つことが正しい気がしてならない」
この若者は、そういう自身がコーディネイターであるというのに、まるでブルーコスモス主義者だともなじられそうなことを平気でいっている──。エリカがナチュラルであると信じてのことばだったのだろう。彼と同じコーディネイターにいえることとは、とても思えなかった。そして、そのときエリカは、彼がオーブにとどまる理由の一端を見たような気がした。

「思惑が混沌としているのは、残念ながら戦争がはじまるまえも終わったあとも変わらないことね。先の戦争でも“ロゴスが悪い”と声高に叫んで共通の敵をつくってはみたけど、すめばまたばらばらになってしまった……」
「…世界意思の統一なんて夢物語だ…と、そういうことは簡単です。でも…こういうことをいうと、不審に思われるのかもしれませんが、だれもデュランダルを笑うことなんか、できないんじゃないですか。手段に問題はありましたが、彼が唱えたことにはみなが一度は共感したのですから」

彼も迷っているのだった。決定的なものが得られない世界に。白黒させたがる自分らのような人間には、かなりつらいことだった。
「……彼はこの世界で何ができるのかしらね」
迷いながらもそれでも、彼はまだ諦めることはしていないらしい。確かに、自分のように諦観するにはまだ早いのだから。
「若者に期待しちゃおうかな」
そういってエリカは傍らに座る息子の頭をぐりぐりと撫でた。この子にはハーフコーディネイターとして、この先に試練が待っている。
───自分にもまだ、手を貸すことができるのなら。
それを探すくらいのことは、まだしてもいい、とエリカは思った。