C.E.74 Jul スターティンポイント


C.E.74 1 Jul

Scene ヤマト家・アスランの部屋

発端は先日オーブへきていたルナマリアだった。

「ラクス様にディオキアのホテルでのことはいってませんから」
「…………は…?」

四人で食事をしてから慰霊塔へ歩いて向かう道すがら、アスランの横につつっと寄ってくると、ルナマリアがこっそりとそんなことをいってきた。
「何の、話だ?」
いたずらっぽい笑顔を向けているルナマリアに、アスランはえもいわれぬ嫌な予感がする。
すると、
「ラクス様のニセモノとよろしくされてたことですよ…!」
と、耳打ちしてきた。
「……………!!」
頭の中からすっかり消え去っていたあの朝の衝撃が思い出される。
「…ル……ッ?! …だからっあれは!」
狼狽して裏返ったアスランの声に、前方をいくシンとメイリンが振り返る。しかし、ぱたぱたと手を振り「なんでもない!」とルナマリアはふたりの注意を逸らした。
「…………だからあれは…あのときもいったと思うが……。誤解だから」
「えぇ〜〜?」
「ひとりで寝て、目が覚めたら彼女が勝手に部屋に入り込んでいたんだ!」
「…ふうぅ〜ん……」
「…おれは誓って何も……いや、きみにそんな話をしても仕方ない」
「そうですよ。裏切ったのはラクス様になんですからラクス様にきちんといいわけをなさってください」
「……………」
アスランは激しくことばをなくした。
ルナマリアの遠慮のなさには頭が痛かった。いや、違う。遠慮のなさなど、どうということでもない。問題はこの勘違いだ。
「それはべつに…。そもそも、彼女とはもう婚約を解消しているんだし…」
「えっ?!」
「……え?」
驚きに驚きで返してしまった。自分は何か間違ったことをいっただろうかと怯むほど、ルナマリアの「えっ?!」の勢いがすごかった。
「そうなんですか?!」
往来で大声を出されて、さすがにシンとメイリンも道をもどって寄ってくる。くるな、ともいえなくてアスランは窮地に立たされた。
「なに、お姉ちゃん?」
「アスランとラクス様って婚約解消されたんですって! 知ってた?!」
首をふるメイリン。シンは、なにそれ?という顔でアスランを見ている。
「いや、ルナマリア…この話はもう…」
「そんな話、いつ発表されました?」
「──は?」


「先日はご足労くださりありがとうございました、ラクス」
『あなたもお疲れさまでしたアスラン。こちらの要望事項に何か問題がありまして?』
アスランは早くめんどくさいことは片づけようと、オフ日を使ってラクスにコールした。
「いえ…今日は公用ではなく…若干、公にもかかわることですが…」
『あら。ではプライベート回線にいたしますわ。……どうぞ?』
ラクスは接続レベルを変更すると、かわいらしく微笑んでアスランの話を促してくる。アスランは無邪気に見える彼女に、まだ少し話すことをためらっていた。ルナマリアにいわれるまで長らく忘れていただけに、今更蒸し返すことに迷いがあった。しかし、先延ばしていいことでもない。
「あ…その、つまり…。おれたちの婚約解消のことで…」
『……まぁ…』
みるみるラクスの目が見開かれる。わざとらしいくらいに片手を口に添えて。だがこれが彼女の通常のリアクションだ。不思議なことは何もない。
「おれが父から聞かされたときはまだ公にしていないといっていました。そのあと…二年前の騒ぎの渦中で…父が公表を失念したのか…。プラント国内ではいまだにその話が生きているようですね」
それは、一年前にも気がついていたことだった。ミーア・キャンベルが“ラクス・クライン”として現れたとき、周りにいた誰もが“アスラン・ザラの婚約者”として扱っていたのだから。
『あら、まぁ…』
彼女は再びそういった。どうやら、ラクスも知らなかったようだ。
「近いうちにきちんと公表すべきだと思うのですが。何しろ、おれたちの婚約は婚姻統制のアイドルのように扱われていましたので、その発表には慎重を要するかと…」
現在のラクスの立場を追加して考えれば、今となっては容易に発表できることでもなかった。それなりに準備をして、しかとした外向きの理由もつけねばならない。
『ええ、そうですわね。…でも、アスラン』
「はい」

『何故わたくしたち婚約を解消しなくてはなりませんの?』

「───は?」

『それにわたくし、そんなお話ひとことも聞いておりませんし…』
「え?」
『突然ですから、驚きましたわ』
「え、あ、…は…はぁ……」
……何かがズレていた。
「え……その………。じゃあ、あれは…父の独りごとに近い話だったと…いうことですか?」
『わたくしは解消した覚えがありませんわ』
「……………」
───さもありなん…。
あのどたばたで、しかも父親は怒り狂っている真っ最中だったのだから、そんな呑気な発表の準備など考えることもしていなかったのだろう。ましてや当の本人に告げることを、あの状況の中どこでできたというのであろうか。
父親と自分の非礼を詫びると、アスランは話をもどし進めようとした。
「……どちらにしろ、ラクス…。解消に変わりはありませんから、その発表時期のご相談をしたいと思っています」
ご相談をといいながらも、正直なところアスランはこのままこの先をラクスにすっかり任せるつもりでいた。何しろプラント内のことではあるし、さまざまな女性から「ボクネンジン」と叫ばれる自分がこの手の話に適当な処理ができるつもりもなかった。───ところが。

『ですから、アスラン。わたくしは婚約を解消したくありませんわ』

そのあとのラクスの容赦ない応酬にアスランはほとほと参って、しまいには自室のベッドにつっぷした。
何故と問えばもちろん子供をつくるため、といわれ、公務上にもふたりの結婚は都合のいいお話です、といわれ、最後には、自分を抱きたくないなら体外受精でもまったくかまいません、と、満面の笑顔でいわれてしまった。女性にそこまでいわれて、どんな立つ瀬があるというのだろうか。

帰宅したキラにその話をすれば、追い打ちをかけて「そんなのアスランのわがままじゃん」といわれた。
「おまえ他人事だと思ってそんなこと!」
「なんで他人事なの。ぼくだってコーディネイターだし。次の世代をつくるのは命題だってことでしょそれは」
確かに、アスランもラクスも二世代目のコーディネイターで、婚姻統制下のカップルと判明した以上は子孫を残す使命がある。だが、自分はもうオーブ国民なのだし、次世代を残す使命といわれればナチュラルを相手にしたほうが確率が高い。
「じゃあ、プラントにいるラクスはどうすればいいんだよ。アスラン勝手だよ」
別れるまではカガリとの仲を応援してくれてもいたのに、手の平を返して何をいうのか。それをいえば、「だってラクスとは破談したって聞いてたもん、きみから」という。何もかもおまえの勘違いがわるいといわれているようだった。
アスランは、まったくもって今頃こんな問題が噴出するとは思っていなかった。いささか公にもかかわる身で「ほかに好きなひとがいるから」ともいえないことは判っているが、他人には明かしていない彼のポリシーもべつにあった。ラクスがひとこと、やめましょうといってくれさえすれば、彼の悩みはすっかりなくなるのに、とため息をく。
「アスランだって、ラクスが結婚してくれたら、少しはプラントでの立場が回復するんじゃないの?」
双方の親の対立と自分の父親のおこないを考えれば、確かにキラのいうとおりではあろう。
「……おれは、そんなのどうでもいいよ…」
予想に反して結婚推奨派になってしまった彼は、そういえば政治的な思想はラクスと気が合ってるのだったと思い出す。にわかには、“アスランの立場の回復”というキーワードも気に入っているのだろう。
それでもここは、感情のレベルで嫉妬のひとつもして欲しい、とアスランは思う。
「キラはそれでもいいのか?」
「──へ?」
ダイレクトに気持ちを訊かれて驚いたのか、キラは間抜けな声をあげた。だがその一瞬あとに、「忘れたの?」と首を傾げて、
「ラクスのことは何とも思ってないっていったじゃない」
…といった。アスランは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
───そうきたか…。
彼としては、話題に紛れて少し思い切った問いをかけたつもりだった。ゆうべこの部屋で触れ合わせた唇のことを、少しも思い出すことはないのだろうか。アスランは諦めて、もう口に出すことはせず心の中だけでつぶやく。

───それならおれのことは…どうなんだよ、キラ。

………と。


C.E.74 2 Jul

Scene ヤマト家・ダイニング

「今は個人的事情を考えている場合じゃない!」と婚約問題を棚上げにして強制終了したゆうべ。まんじりともしない気持ちでアスランは目覚めたが、うじうじと考え続けていられる状況ではないことも事実ではあった。とりあえず今日はさっさと仕事に入り、昨日のオフの分を取りもどすのだと決意する。アスランはそれだけで完璧に気持ちを切り替えた。
カリダがつくった朝食をありがたくいただき、食後のコーヒーを飲みながらニュースを見ているとキラが起きてきた。
「…おはようキラ」
「おはよ。早いね」
カリダもキッチンからおはようと声をかけてきて、「キラはいつもどおりなの?」と訊いてくる。キラは、いつもどおり?と思っていると、目の前のアスランが立ち上がった。
「じゃあおれは先にいくなキラ」
「えっ。あ…いってらっしゃい」
昨日の落ち込みのかけらも見せない様子で、いってきますと笑顔を残してアスランは玄関を出ていった。今日の出勤時間は同じだったはずなのにな、などと覚めきらない頭でぼーっと考えていると、カリダが声をかけながら朝食を運んできた。
「あなたたち、最近あまり一緒にいないのね」
あまりどころか、ここしばらくは家の中でもほぼすれ違いだった。昨日はアスランが休暇をとっていたこともあって多少はゆっくり顔を合わせたが、その彼が妙な話を持ち込むからこちらはつい説教までしてしまうし、あまりいい思いはしなかった。
停戦から今日までも、アスランは本当によく働いていると思うのに、どうやらこのあとまだ忙しさは加速するようでキラはがっかりしている。
「時間なんて無理矢理つくらないとだめなのよ?」
まるで、一緒にいないとダメじゃない、と叱られているようなニュアンスだ。
「べつに子供の頃と同じってわけでもないんだから。そんないつでも一緒にいないよ」
「あらそう? 仲がいいならかまわないじゃない、好きなだけ一緒にいれば」

アスランから一時間半ほど遅れてキラも出かけた。
───いってくれれば、ぼくだって早起きして一緒に出ることもできたのに。
さきほどのカリダのひとことはかなり利いた。好きなだけ一緒にいようと心に決めて傍にいるつもりだったのに、気がつけばこんな状態だ。
そろそろキラも、自分の次の道が見えてきている。自分が動き始めれば、またいくらかアスランとの距離ができるだろう。まえのように心がすれ違うようなことには、もうぜったいにしないつもりではあるけれども、アスランはアスランで勝手に動き回り、縛りつけておくこともできないのだから、ぜったいの保証など実はどこにもない。
───どうしろっていうんだよ…もう…。
キラの心に、微かな苛立ちと焦りが漸く生まれはじめていた。


C.E.74 2 Jul

Scene オーブ軍本部・モビルスーツ格納庫

キラは午後を少し過ぎてから、愛機ストライクフリーダムがある格納庫へと訪れた。先週からコジロー・マードックに新開発のランチャー用モジュールのバージョンアップ作業を頼まれていて、昨日取りかかるつもりがさらに遅れて今となった。久しぶりに本気を出して、今日中に終わらせようと考える。
端末と資料を抱えてフリーダムのコックピットに籠ると、キーボードを操作し目にも止まらぬ速さでプログラムを書き換えていく。
そうして三時間ほど集中するが、ふいにそれが途切れて自分の休憩どきを知る。もちこんだドリンクを手に取り、数分間休むことにした。

思考の隙間ができると、考えるのはアスランのことだ。
ここしばらくの、アスランからの意図のないアプローチに正直まいっていた。そう、あれは無意識なのだ。なおさら対応に困る。
「…天然もいいかげんにして欲しいな…」
彼が何をどう考えているのかが判らない。最悪のケースは、彼自身があれを親愛の表れと思い込んでいて自覚がないことだった。
「まさか、なぁ…」
疑いがつぶやきに漏れた。
思いの底ではとうに通じ合っている。何年も昔から。
ただ、キラがそれを自覚したのが一年あまりまえのことだったように、アスランにその訪れがないことも考えられた。
過去に起きた自分の無自覚による失敗は、いまだにふたりの関係を同じものにしている。下手をして、またもや互いの思いが噛み合わないことになるのであれば、いっそこのままでいたほうがいい。
キラは、今のふたりを決定した三年前を回想していた。


秘されていた自身の出自を知らされてからまもない間、キラはアスランばかりを求めていた。ラクスやカガリ、ムウたちのいたわりも心に響いたが、無意識の底ではアスランと、彼の身体のぬくもりを求めていた。
ばらばらになりかけた心には人のぬくもりが効くということを、キラは経験で知っている。だが、べつにセックスがなくてもいい。人間の体温に包まれるだけでいくらかでも落ちつくことができる。そしてこのときは、アスラン以外に安らぎを感じることはできなかったのだ。彼の体温と、心が傍にないと、眠っているときでさえ悪夢を見る。
「…アスラン」
部屋は同室にしてもらったから、気が向けばいつでも彼のベッドに潜り込めた。
その日もふいに不安を感じ、うとうとしかけていたアスランのところへいくと、彼はすぐに気がついてキラに場所を空けた。ごめんといえば、気にするな、と静かに微笑んでくれた。
優しい笑顔と身体のあたたかさに包まれながら、そのまま目を閉じることができずにいると、アスランもつきあうように目を開けたままキラを見つめ返す。眠りかけを起こされて目が冴えてしまったようだった。
キラは話題を探して語りかけた。
「……思うんだけど、ぼくはアスランになろうとしてたんじゃないかな…」
「……は?……おれ?」
「え……うん」
キラはカレッジでの生活のことをいっていた。ヘリオポリスは中立国オーブのコロニーとはいえ、ナチュラルの相対数は多く、コーディネイターはその一割にも満たなかった。両親も教師も、周りの友人たちもみなナチュラルで、そんな中、皆よりひとつできる分を自分がやってあげなければという使命感があったのだ。
そのうえ…この場合はわるいことに、キラはアスランから、ともだちへの献身的な態度を学んでしまっていた。
「ぼくはいつもアスランにいろいろやってもらってたから。だから今度はぼくがって思って、頑張ってた…かな」
「……………」
話すうちにアスランがほんの少しばかり表情を曇らせたので、キラは語尾を曖昧に告白した。彼の真似をしていた話など、彼にとっては不愉快だっただろうかとキラは戸惑う。それを見透かしたのか、アスランはそうではないことを告げるように微笑みを表した。
「おれは自分がしたいようにしてただけだし。……頑張ってた、だなんて、そんな肩肘張るようなことしなくても、彼らはおまえのともだちでいてくれるだろ?」
おそらくそれは、アスランのいうとおりだろう。キラはそういうかけがえのないともだちに、何かをしてあげたかっただけだった。───アスランと同じなのだ。
それでも、キラとアスランの関係とまったく同じではないことに、彼らから違う反応があったことをキラは思い出した。
「ミリアリアにはね。そんなふうに自分たちのこと甘やかしたらだめだって逆に怒られてたな」
アスランはその様子を想像したのか、苦笑する。
「おれ、おまえのこと甘やかしてたのかな…」
「そうだよ」
だからぼくはともだちに甘いんだ、とアスランのせいにする。
「離れてよかったかも。ぼくあのままだったらさ、アスランに甘やかされたままぜったいダメ人間になってたよ」
「莫迦いうな。おれがそんなことにはしない」
それからふたりは、そうだ、ちがう、をむきになっていい合い、子供のときのけんかのようになっている自分たちに気がついて、次には笑い合った。

ふいにアスランが真剣な眼差しになり、
「何にしても、離れてよかったことなんて、ひとつもない」ときっぱり告げる。
キラも本気でいったりなど、していなかった。再会してからずっと「あのとき離ればなれにならなければ」と何度思ったかしれない。
再会するまでも、決して辛くなかったわけではない。それまでいちばん近くにいたものが、遠く、手の届かないところにいることに、その現実に慣れるまでに、どれほど心が傷ついたであろうか。
「キラのことを思い出すたびに辛くて、思い出さないように…してたと思う。それをいろいろごまかせる状況にもなってて。プラントへいってからも住む場所がすぐには落ち着かなくて。最初は新しい環境に慣れるのに忙しかったし。……母上が…死んでからは……」
思い出すように視線を泳がせながら訥々と語っていたアスランが、そこで急にことばを止めた。
今になって、そうして堪えていた気持ちが一気に押し寄せ、アスランの胸を締めつけていた。苦しさに声が少し漏れる。
「……っ…」
キラも痛みに眉をしかめる。アスランの痛みはそのままキラの中にある痛みと同じだ。こうして傍にいられる今、何故離れていられたのかが、本当に判らない。何故、耐えることが、できたのかが。
キラはシーツの中で手をそっと動かし、アスランの背中に回した。近かった距離がさらに縮まり、アスランはキラの肩を抱いた。その手に力をこめ、顔を寄せ、唇を寄せ、足を絡めた。数十分ののちには、互いの身体に手淫を施し、唇を合わせながら相手の喘ぎに耽っていた。
思い出した苦しみをどう抑えればいいのかが判らなかった。だから、ただ求めるままの熱でごまかすしかなかったのだ、と思う。

そうするしかなかった───と、翌朝目覚めてからもキラは納得していた。
だが、彼と自分のあいだにこれ以上のしがらみは必要ない。ひとときの感傷で身体を重ねて、そのままずるずるとした関係になることに覚えがあった。それに自分とアスランを重ねあわせ、キラはぶるぶると頭を振る。あってはならないことだ、と思った。そして、ここまで心のなかに大きくあって大切な彼を、彼と自分の関係を、守っていたかった。
だから、アスランに告げたのだ。
これは離れていた距離が急に縮まったことへの反動で、これからは、自分たちはずっと離れずにいるのだから、ゆうべのようなことはもう必要ないのだと。
───最初で、最後だと。
それから、それがただの衝動ではなく恋のゆえだと気がつくのに、二年を要した。


ひととおりのプログラミング作業を終えると、機体の外向きスピーカーからマードックに声をかけた。あとは翌日にランチャーの起動テストと微調整、スケジュールを調整して宇宙での稼働テストも必要だ。
とりあえず、今日のタスクは終了したのでもう帰宅してもいい。それなのにキラはコックピットの中に収まったまま、うだうだと数分を過ごしていた。
コックピットハッチを閉じていると、機体の外の音は何も聞こえず、微かなフリーダムの駆動音があるだけで静かだ。戦争中もその静けさが心地よくて落ちつくので、この中で睡眠をとることが何度かあった。その様子は周囲からは根詰めているように受け取られ心配されたものだったが。
「……あ…」
全方位モニターの下方にアスランの姿が現れた。
「めずらしいな…ここへくるなんて」
政治向きの仕事を手伝うようになってから、アスランは何度か「ジャスティスに乗るほうがよっぽどまし」とぼやいていたことがあった。子供の頃からロボットの製作を得意としていたように、彼はただ頭を動かすばかりの作業が好きではない。今の所属も本当は不満なはずで、自分と同じ技術開発に携わる任務につきたいと思っているに違いなかった。
見ていると、アスランはマードックに話しかけたあと、ちらりと自分のいるあたりに視線をよこしたが、こちらへはこずにフリーダムの隣に佇むインフィニットジャスティスのほうへいった。機体の足下に、話しかけるように手をあてている。
───かわいそうに。
彼の好きな場所に、彼自身なかなか訪れることができないのは仕方のないことではあったが、こんな姿を見せられると同情する。
でも、キラの本当の心には、アスランをジャスティスから遠ざけたい気持ちもあった。それは単純な、彼を戦場から遠ざけたいという気持ちとのシンクロだ。
気がつくと視界からアスランが消えていた。すると、軽い警告音がして上部のハッチが開く。アスランが外側から開けたのだ。
「やっぱりさぼってたな、キラ」
目が合うと開口一番にそう決めつけて、もう終わりだろ?と訊ねる。キラは笑って、オペレーションシステムに終了プロセスを走らせた。


C.E.74 2 Jul

Scene オーブ軍本部・キラの執務室

話があるから、といわれてキラはアスランと自分の執務室へ向かった。
キラも正式な辞令を受けてから、アスランと同じ本部にある高官用フロアに移動している。だが自室はほぼ荷物置き場と化し、一日の大半は工廠の開発室や格納庫などで過ごすことが多かった。この頃は部屋にもどることさえ億劫になりつつある。アスランも自室にはほとんどいないので、同意をもとめてそれを告げれば、「贅沢をいうな」と小突かれた。
アスランは今日も朝から内閣府官邸にいっていたはずで、政府の人間たちと会議続きのスケジュールがはいっているのをキラは見ていた。あらためて話といわれれば、その中で何か自分にもかかわることがあったのだろうかと思う。

部屋に入り腰を落ち着けると、アスランは早速話しはじめた。
会議の隙間をねらってカガリに呼び出されたと思えば、彼女はアスランとキラにプラントの駐在武官になることを“提案”してきた、と説明する。キラは少なからず驚いて「何それ!」と声高にいった。
「一応本人の意思を尊重するといってるが……」
キラの予想以上の反応に、アスランの声音が少しばかり遠慮がちな色になる。
「……それ、どういう段階? カガリが提案してるってだけ?」
「それを受けてラクスとマルキオ様がどういう判断をするかは、判らない」
新しく始まる両国の関係にあわせて、来年からのプラント駐在官を一新することになっていた。現在、ラクスとマルキオのあいだでそのメンバーを調整しているが、平和条約や軍事同盟締結の準備に関わるため、来月の始めには人員リストを確定しなくてはならない状況にある。カガリの思いつきは、突然といえた。

「おれたちはプラントへいったほうがいいというんだ」

アスランのそのひとことでカガリの真意をキラは察した。
講和会議がすすんでいる中で、それに反発するブルーコスモスのテロ活動が、中立国を標榜するオーブ国内にも発生していた。オーブ──地球よりはプラントのほうが安全かもしれない、と考えているのだ。
それは単純に、コーディネイターであること以外に、キラのその出自が明るみに出たときの懸念が含まれているのだろう。
過去、ブルーコスモスの手によってキラの肉親は暗殺された。それはキラの存在所以で、当然彼もその標的であった。彼らがキラの生存を知れば、再びその魔手を伸ばすかもしれない……。
とくにアスランはプラントで、デュランダルやクルーゼ、タッド・エルスマンなど身近にいた者らが、秘されていたはずのキラのことを知っていた、という事実を見てきたために不安を抱いていた。
地球でも、彼が“最高のコーディネイター”として生を受けた者だとすでに知れているのではないか、あるいはすぐに知られてしまうのではないか──。
護衛官がつく身ではあるけれども、より安全な道があるのであればそれには従ったほうがいい、とアスランは考えている。
「アスラン…」
キラは難しい顔になる。彼の懸念は理解できるけれども、デュランダルとクルーゼが知っていたことは特殊な事情だ。今まで、ヴィア・ヒビキの実妹──カリダの元にいて、その正体が知れることなく狙われたことなどは終ぞなかった。
しかし、アスランの不安にその考えを返せば、彼はとつぜん激高した。
「いつまでも同じ状況だと、思い込んでる場合か!」
アスランがずっと心配してくれていることは知っている。ここへきて増えたブルーコスモス関連の報道を見るたびに、彼の眉間には深く皺が刻まれ、こっそりとキラに視線を送っていた。
「カガリの周りにいる人間の一部もおまえたちが姉弟だということは知ってる。そこから出生のことまでたどりつく者もいるかもしれない…。そしてそれがブルーコスモスに繋がる者ではないとはいいきれない。むこうだって調べをつけてるとは思わないのか?!」
当時の追い手を逃れることができたのは、同時期にカリダが流産していたという偶然と、その後のウズミによる入念な手配のおかげともいえた。キラはカリダが流さずに出産した実子として、フィジカルデータも含めた偽装登録がおこなわれている。
だが、それらの工作に多少の人間が関わっている。信用の置ける人選があったのだとしても、その中に心変わりのない者が百パーセントである可能性のないことは、事実ではあった。
確かに、キラには少しばかり呑気があったかもしれない。しかし、キラを不愉快にしているのは、その現実とはずれたところにあった。
「そんなふうにがちがちに警戒ばかりしてちゃ、何もできないよアスラン。ぼくに自由はないの?」
「……キラ…!」
何をどういうふうにカガリから説得されたのか、アスランはすっかりその気になっている。キラは考える余裕も与えられず進められる話にかちんときていた。
「一方的だと思わない? それ以外の選択肢がないようないい方をして!」
迷惑だと表情に出してアスランを牽制する。心配されることは嬉しいが、それによって縛られるのも、いうことを聞かせようという態度もごめんだ。
「……………」
アスランは怒った顔のまま押し黙って、視線を逸らした。彼にはキラの気持ちなど充分に判っていた。

「……でも。ぼくはぼくでアスランにはプラントにいって欲しいって思ってるし、向こうにはラクスもいる。いってもいいよ」
深いため息のあと、突然折れたキラにアスランは、はっと顔をあげた。
「……キラ?」
キラも同様にアスランのことが心配なのだった。
自分の出自が明るみになっていないのであれば、むしろ彼のほうが危険な立場にいた。アスランはすでに暗殺のターゲットとなり、オーブにいたこの数年のあいだも何もなかったわけではなかった。
「アスラン。きみのことを思えば初めから同じ答えにたどりつくって知ってるけど、もう少しぼくに考えさせてくれてもいいんじゃないのかな」
アスランは仔犬のような顔になって「…すまない」といった。
キラは朝から溜めてきた気持ちが苛つきに変わるのを感じる。

───べつにもうこれで、許してあげてもいいけど…。


C.E.74 2 Jul

Scene オーブ軍本部・アスランの執務室

アスランは「もう帰ろう」とキラに帰り支度を促した。
不機嫌を隠さないまま荷物をまとめると先に立って部屋を出る。アスランはそれを追い越して自分の執務室へ向かった。ときおり後ろを振り返り、キラがついてくることを確かめている。彼の部屋にたどりついたとき最後にもう一度振り返り、キラのむっつりとしたままの様子を一瞬眺めた。
アスランとけんかをして、彼のほうから折れたときはいつも、キラはすぐに切り替えた。今日はまだ気分が燻っている。
「もしかして今日ずっとそれでいくのかキラ?」
アスランは短気に、部屋を移動したこの一分ほどのあいだに機嫌が直らなかったことを焦れていた。
「……………」
無言を返すと、アスランは聞こえるようにわざと大きくため息を吐き、執務室のドアを開けてキラを中へ招く。そのままデスクへ鞄をとりにいくこともせず、傍らに佇んだ。
アスランは、ここで仲直りをすませないと家路につくことはできない、と考えている。カリダは小さい頃にまとめて面倒を見ていたせいか、ふたりの状態に敏感だ。けんかを悟らせれば心配をかけてしまう。
「ごめんて、いってるだろ……キラ?」
努めて優しくなった甘い声がキラの耳に響く。
閉じられたドアのまえに突っ立ったまま、キラはぼんやりとその声を思う。彼の呼ぶ声がこんなに甘くなってしまったのはいつからだっただろうか、と。変わってしまったのが、彼の声なのか自分の耳なのかは判らない。
「……今日はちょっと。べつのことでも機嫌がわるかったから」
やっとの思いで出した声に、アスランは覗き込むように首を傾げて俯くキラの顔を見ようとした。八つ当たりされる覚えのない彼はすぐに察した。
「それも、おれのせいなのか?」
「そうだね」
即答に息をつめる様子が伝わった。それからキラはようやく顔をあげてアスランを見る。彼は眉宇をひそめて難しい眼差しになっていた。
「……ぼくたちこんなんでいいのかなと思ったら、いろいろ頭の中がややこしくなっただけ」
「………どうなら、いいんだ?」
「…どう、って……。……アスランとぼく。ずっと仕事みたいな話しかしてないじゃない」
こんな遠回しなことをいって大丈夫なのか、とキラは我ながらに思う。何しろ彼は鈍いのだ。余計ややこしい話に発展したらどうしようという懸念がよぎるが、もう自分のほうから始めてしまったことだった。
アスランはやはり遠回しにしているものをそのまま追いかけている様子で、顔をしかめたまま少し考えるように視線を逸らす。返事に困っているようだった。
「さっきの話だって、仕事と変わんないよね」
「……身のうえの危険の話であって、仕事とは…」
「うんだから。必要だからする話」
「…?……そうだな…」
「……必要ないかもしれないけど必要な話ってあるでしょ」
キラがぼそぼそと説明することを、アスランは真っ正面から見つめて真剣に聞いている。「おまえのいってることはたまにわけが判らない」と幼少時からさんざんいわれてきたが、彼のキラの話を聞く態度はいつも真摯で、判らないことも莫迦正直に理解しようと常に努力してくれる。そういう一生懸命さはいつ見ても“かわいい”。が、キラはつのるものに少しずつ落ちつかなくなってきていた。
「…つまり、コミュニケーションがわるくなってるっていいたいのか、キラは」
「わるくなってると思う?」
苛つきを声に滲ませはじめたキラに、アスランは困ったものを見るような顔をした。
「……変わらないと思ってるけど……おれは。最近話せなかったのは、ただの不可抗力だし」
「そうだね、変わってないよね。ぼくもそう思う」
「……………」
「変えてみる気はある?」
最後のことばに彼は息を飲んで固まり、とうとう動かなくなった。ふたりのあいだに気まずい沈黙が流れ、思考回路が停止したかのようなアスランにキラは今度こそがまんできなくなる。

「うわー、もうムカツク!」

キラは怒鳴りながらアスランの襟元を両手で掴むと思いきり引き寄せ、彼の唇に自分の唇を押しつけた。ほとんどぶつけたも同じだ。すぐに突き放すように離れると、アスランは「痛い」といいたげに自身の口元を手で押さえる。それは瞬間のことで、今は瞠目してキラをまじまじと見つめていた。
「何の気なしに何回もこんなことされて、ぼくがどう思ったと思う?!」
挨拶を交わすようなさりげなさで、何度もアスランからくちづけられた。その奥に何も秘めていないような顔をして。そんなことをされたら、キラも跳ねあがる心臓の鼓動をごまかさなければならない。彼の唇が触れるたびに、最高のいじわるだとずっと思っていた。
そんな彼は、感情に鈍いが頭の回転は速い。今のひとことからすべての理解に至って、───怒り出した。
「その口がそれをいうのか?! 何の気なしだなんて、知ってるくせに、とぼけるな!」
何か踏み出すきっかけが欲しかっただけなのに、何故ここでけんかが始まってしまうのか、キラにはもうコントロール不能だった。思えば、ふたりのことはいつもアスランがリードしていたから、下手に動いてしまった自分がわるかったのかもしれない。でもアスランがどんくさいからいけないんだと心で詰って、そのままくってかかろうとすると、それを抑えるかのように彼は一歩進んでキラの両肩を掴んだ。
「……い…ったいよ、莫迦アスッ!!」
「変えて欲しかったのならそういえ。──卑怯だろ、こんな誘い方は」
気の強さが表面に出た瞳の輝きが迫っていた。キラは乱暴にされたことに憤って、握力任せのその手を引きはがそうとする。自分の両手で彼の腕を掴んだ瞬間、視界に影が落ち、文句をこぼそうとした口は吐息ごとふさがれた。
「──────」
キラの肩からふたつの腕が離れると、そのまま滑るように背中に伸ばされ抱きこまれる。身体を引き寄せずに押しつけられて、キラが後ろにさがるとすぐドアに背がぶつかった。驚きに開いた口の中に彼の舌が滑り込む。

そうして始まったアスランのくちづけは、怒りにまかせたものではなく、長いあいだに育んだ恋情のすべてが流れ込んでくるような、情熱的なものだった。


C.E.74 29 Jul

Scene オノゴロ島・アスハ家別邸

アスランがそれを知ったのは、プラントへ派遣する外交官の最終決定リストを見たときだった。
───キラの名前が、ない?
一瞬データの間違いかと思った。だがアスランの手元にくるまでに、いくつものチェックと承認を経てきているデータだ。間違いがあろうはずがない。
キラもアスランも、ともに駐在武官としてプラントへ渡ることは心に決めて、はっきりとカガリに伝えたはずだった。しかも、このリストの最終承認をしたカガリ自身が提案してきたことだったはずだ。問い質すべくカガリに緊急回線でコールする。カガリはそんなアスランの反応を予想していたのか、今日の夜アスハ家別邸に寄ってくれ、とだけいった。

「ここへきて、いったいどういうことなんですか?」
アスランのことばが丁寧なのは、カガリの横にマルキオが同席しているからだった。マルキオはリストの調整役でもある。
「落ち着きなさい、アスラン」
抑えていたつもりだが、盲目の導師は声から感情を読むのが得意だ。諌められ、黙って目の前のコーヒーカップを手に取った。とにかくまず、理由を聞けばいい。
カガリはさきほどから視線を落として自分のカップにそそいでいたが、アスランがコーヒーをひとくちふたくち口に含み、落ちつくのを待って静かに顔をあげた。
「リストからは外すが、キラのプラントいきは変わりない」
「……どういう意味だ…?」
カガリはもう一度視線を落とした。しかし、打ち明けることにもうためらいはなくなったのか、沈んだ声音ではあるもののアスランの質問には間を置かず口を開く。
「プラントからの要請があった」
そのことばは、アスランに嫌な予感を与えた───。
「カガリ、それは──」
「指名での軍事協力の要請だ」
アスランは驚きに目を瞠る。今、なんといったか。
「判っている、おまえが何をいいたいのか…! わたしだって、一番に避けるべきことだと……最初は…」
オーブ、プラントの国家間で結ばれる約束事について、個人に依存する内容を飲むわけにいかないといいきっていたのは確かにカガリだった。だが、彼らが危惧した事態とはまた違った話になっていることは、その彼女の口ぶりで知れる。
カガリはプラントから持ちかけられたその内容に、困惑していた。

ザフトからの盗用機体を元に開発されたストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが、現在なしくずしのままオーブ軍所有となっていることについては追及しないという申し出が、まずあった。それは、それだけであればありがたいだけの話だったろう。
だが、話はそのあとに「ただし」と続く。カガリを迷わせたのは、次にあげられた内容だった。
ストライクフリーダムのパイロットであるキラ・ヤマトから戦闘能力研究の協力を得たい。もちろんその特異性に配慮し、非公式かつ全面的な本人の生命保護態勢を約束する───。
表向きには軍事同盟上の協力者としてキラ個人を招き、その裏でキラを護るという。その能力と希少価値のために。
突然ふってわいたプラントからの“密約”に、カガリは青ざめた。
ただプラントへいったからといって、キラの安全が絶対になるわけじゃないのは彼女にも判っていた。だがその国が、ザフトが、それを護るといっている。
プラントとの条約締結をまえにオーブで頻発しはじめたブルーコスモスの抗議活動が、彼女の迷いに拍車をかけていた。
あの子を護るには、どうすればいい──。キサカにも、マルキオにも相談した。思いつく限りの仲間に、相談をした。……ひとりを除いて。
「キラが、おまえにはぎりぎりまでいうなと…おまえは止めるから、嫌だ、と」
アスランは衝撃を受けつつ心のどこかでもしやと悟る。
カガリはさらに、その要請のきっかけをつくったのが、キラ自身によるはたらきかけだったことも明かした。

彼はいつのまにかひとりで決めて、ずっと見えないところで動いていたのだ。アスランが条約の調整に奔走している、そのあいだに。
───隠しても知れることを、あいつはいつもそうやって……。
そうして取り返しのつかない時間まですすめて、最後に自分を怒らせるのだ。


C.E.74 30 Jul

Scene アプリリウスフォー・ラクスの執務室

朝一番にオーブ連合首長国からの量子通信が繋がった。相手はアスランだ。話の内容は判っているので、ラクスはプライベートラインでその回線を開いた。

長いつきあいにあって空々しく聞こえる堅苦しい挨拶ではじまるのは、ふたりの育ちとほんの少しばかりの心の距離のせいだ。彼と彼女のあいだではいつもどおりのことなので気になることでもない。
『キラの招聘を評議会に提案したのはあなたですね、ラクス』
型通りの挨拶がすめば、アスランは率直に話題を切り出す。ラクスは彼のこの実直さが好きだった。
「何故そうお思いになりますの」
『とぼけないでください。他にいないでしょう』
めずらしく、自分に怒っている。この婚約者はふだんから女性には怒れないというのに。
『…どういうことですか、キラの立場は微妙だというのに。ことさらに騒がれるようなことを』
こうして彼が感情を乱しているところを見るとき、それはいつもキラのことだった。
初めてそれを知ったのは、自分が地球連合軍に保護されていたのをキラが連れ出し、アスランの元へ帰してくれたときだ。

──────おれはおまえを討つ……!

決意を滲ませた声と、自分を支えるその手が、震えていた。
───選択をまちがって欲しくない。
あの日ラクスは初めて、アスランを助けたいと感じた。

『こちらがどれだけ神経を注いでいるか判っているはずです』
回線のむこうでは、抑えきれないその感情を微かにこぼしつつラクスを責めていた。
「アスランはキラを宝物のように仕舞っておきたいのですか」
ラクスは哀しい思いを少し感じながら、それでも優しく問いかける。
「それはキラが望んでいることですか」
『…それは……』
アスランの動揺が見えた。
この人はどうしていつも、こうやって自分に意地のわるいことをいわせるのだろう。ラクスのその心境は、母親が子供に感じるそれだったかもしれない。
『しかし、ブルーコスモスの標的となったらとは考えないのですか。キラが目立つようなことをするのはやめてください』
「何故ですの」
『だから…!』
彼は理解されないことに苛々としながらことばを発した。ラクスはそれを受けて、ことさらにおっとりとした調子で語りかける。
「隠すことが守ることではありません、アスラン」
ラクスの思いは、キラの命と自由意志を守ること。そのことに必要であるならば、キラの出生の秘密を世界中に公表することもありだ、と考えている。
プラントにとってキラが、理由ある存在、特別な存在であることを知らしめれば、この国は全力でキラを護る。プラントそのものを、キラをブルーコスモスから護るための盾とする。それを容易に叶えられる立場を、すでにラクスは手に入れていた。
「わたくしはキラを守りたい。ですからプラントへそのような形でお呼びするのです」
『………………』
アスランにはラクスの真意が伝わっていた。だが、守りきれなかったらどうするのか。そして──それが、再び戦火をともすきっかけになりうることも、彼女は果たして考えているのか。
「アスラン。あなたとわたくしは違うものです。考え方もその手段も。ときにはまったく異なったやり方になるでしょう」
ラクスはいつもの譲らない瞳で、滔々と語る。そして瞬間、少しだけ憂いを漂わせて「それは今までにもありましたわね…わたくしとあなたで…」、といった。
相容れないわけではない。
「それでも目指す終着点はいつでも同じでした。今回もそう」
憤りを露にしていたアスランの顔は、曇ったまま視線を落とすものになっていた。
「わたくしたちはキラを守りたい。……判っていただけますか?」
彼は腑に落ちない表情をまだ保っている。彼女の意志を変えるつもりがないことは伝わったらしく、その先はことばを続けなかったが、それから数分後通信を切るまでのあいだ、アスランの瞳はずっと何かを訴えているように見えていた。