C.E.75 3 Jan

Scene オーブ軌道ステーション・VIPラウンジ

オーブの慣例に沿って在プラント大使館も正月休暇を明けて5日からの開館となっていた。信任状捧呈式もその日におこなわれ、アスランたちは本格的に大使館での職務を開始することなる。
アスランはキラと年末30日にオーブへ帰り、年末年始をカリダやハルマと過ごした。カリダたちはオーブにとどまることを望みそこにいるので、文字通りの帰省だ。ふだんから帰国の多いアスランのほうがその度に家へ顔を出しているが、やはり両親がキラと会えないことは寂しいだろう、と思う。プラントへの移住を勧めようにも、来月いよいよデーベライナーが出航とあっては意味をもたない。
彼らは寂しさも心配もおもてにださず、別れ際には、進宙式の中継を楽しみにしている、とだけいった。
久しぶりの両親とのふれあいは、キラにわずかばかりホームシックを起こさせたようで、カグヤ島へ向かうあいだはずっと口が重かった。
しかし、宇宙港で待ち合わせていたフラガ夫妻と落ち合ったときには、もうすっかり浮上している様子になった。軌道ステーションへ向かうオービターのなかでは、逆に渋い顔が抜けないアスランのほうがキラに宥められる始末だった。
比べてみれば、というレベルでオーブよりはプラントにいるほうがキラに会う機会は多いだろう。そう思ってアスランはうだうだと家族が過ごせる方法を提案してみたが、端からキラに却下された。
「ただ、プラントにナチュラルの定住者は増やしたいじゃない。そういう意味では両親たち、こっちきてくれたほうがいいとは思ってるんだけど」
感情的な気持ちを置いてキラがそう一端なことをいってみせるので、大人になったんだな、と頭を撫でてやると怒りながらアスランに飛びついてきた。
「こらこらっ、あぶないって!」
無重力状態の狭いオービター内部で勢いよくしがみつかれ、アスランは慌てる。先に外へ出ようとしていたマリューとムウにそんな様子を見つかり、ふたりともに赤面した。
フラガ夫妻には、三年以上も前からふたりの仲睦まじい姿をさまざまに見られている。それもあって、彼らのまえでは気が緩み、本来のままをつい曝け出してしまう。いまだに身体のじゃれ合いが抜けない自分たちに、まだまだ子供だなどと思われていることは明白だった。
オービターを降りてからもまだ「おまえが悪い」「アスランのせい」、と彼らの背後でこっそり小突き合うところまで聞かれて失笑を買い、ふたりは二度目の赤面をした。

降り立った中継ステーションでは、オーブから乗ってきたオービターからアプリリウスへと向かうシャトルに乗り換える。キラだけはそれを見送り、別のシャトルでL4のアーモリーへ向かうことになっていた。アプリリウス行きシャトルの出発時間まではまだ間があるので、四人はガードつきのVIPラウンジでしばらく暇をつぶしている。
「決めたよ、アスラン」
「……そうか」
キラとアスランはそれだけを互いにいってそのあとは黙っていた。文脈のない会話に当然のごとくマリューが訊ねてくる。
「パイロットの子をひとり、おろそうかずっと迷ってて…」
「誰?」
「ルナマリア・ホーク。メイリンのお姉さんの…」
マリューもムウも面識はないはずだった。
「それ、パイロットとして才能ないってことかい?」
「あ、そうじゃなくて。赤服なので力はあります。でも、“研究”の対象では、ないんです」
デーベライナーでおこなわれる研究のことはムウも知っている。その判断が何を意味するのかはすぐに察した。
「でもこれまで艦にも関わってきましたから。とりあえず彼女に選択してもらいます。赤を捨てるか、艦を捨てるか」
「そりゃ、どちらも選びたくないだろうな」
「そうですね。でも仕方ないです」
そのキラのきっぱりとしたいいように、正面にいるマリューがわずかばかり目を瞠った。「冷たい」と感じているのかもしれない。
だが、大きなプロジェクトを預かる人間としてその割り切りは必要だ。キラは正しい、と、そう考えてしまう自分にずきりとした痛みが走る。気がつくと、マリューがいたわるような微笑みをアスランのほうへ向けていた。おそらく、彼女と気持ちは一緒だった。

キラは優柔不断とか八方美人とかいわれるくらいに、他の者に対して冷たくできない子供だった。自身はあんなにも甘やかされて育っているのに、他人の痛みには敏感だったのだ。そのために関わらなくていい諍いに割って入り、傷ついてアスランのところへもどってくるのが常だった。
───あなたもよく知っているのでしょうけど、おともだち思いの、優しい子なの。わたしたちはそれにつけ込んだのよ。大人の都合でね。
三年前聞いたマリューの痛悔に、胸を痛めるよりも安堵した自分が思い出される。しかし、戦争はキラに“諦める”ことも学ばせていたとあとで知った。そして、それに決定的なものを突きつけてしまったのは、ほかならぬ、アスランなのだ。
キラを知る、すべての人にアスランは贖罪するべきだと感じる。望んだ形ではなかったけれども、それでも、今こうしてキラとともに歩んでいることだけを、アスランはしあわせに思っているのだから。

まもなく、アプリリウスへ向かうシャトルの出発を知らせるアナウンスが入った。
「すみません、すぐ追いかけますから」
アスランはムウとマリューを先に行かせラウンジに残った。
キラはこのあとまたスレイプニルに居続ける。そして一ヶ月後にはデーベライナーに乗って任務に出てしまう。クリスマスの少し前からずっとふたりでいることができたので、それなりの充電はできたつもりだが、やはりここへきてぱったりと会えなくなると思うと、寂しさがつのる。ふたりは目を合わせたのを合図に黙したまま手を繋ぎ合い、別れを惜しんだ。
「…さっき母さんたちと別れたあとね……」
わずか視線を落としてキラがぽつりといった。
「何時間かあとには、こうやってきみともお別れするんだなって思っちゃって」
「………………」
「…呆れるだろ。いつまでもこんなんで。でも…もう、どうしょもなくて…」
ばつがわるそうに上目遣いになってアスランを見つめる。その姿と、アスランがホームシックだと思い込んでいたことの正体を知って思わず頬がゆるんだ。
「少しうしろめたいけど、嬉しい」
アスランは俯いたままのキラの身体を抱き寄せた。思いきり腕の力を込めて。その力にキラの息が詰まるのが伝わったが、かまいはしなかった。
「同じ気持ちだから、だから…」
またすぐに、一緒にいられる日々がくる。それは予感ではなく“判っていること”だ。
「好きだ、キラ」
そのことばにキラの息が、今度は腕の力にではなく詰まった。
「…………ぼくも…大好き」
キラの消え入りそうな返事にやっと腕を緩めて微笑みかけると、キラもせつなさを交えたきれいな笑顔を見せてくれた。
それからふたりは互いに愛を込めたくちづけを送り、いつまでも繋いでいた手を、ゆっくりと離した。

シャトルはすでに駆動音を響かせていて、アスランは慌てて中へ飛び込んだ。オーブ大使館での着任式典に主役たちが遅刻では目もあてらない。
「お待たせしてすみません」
別れを惜しみすぎたと内心で反省しつつふたりに謝ると、ムウがあろうことか、「お別れのキッスはしてきたか?」といった。
「──えっ?!」
ぱっと無意識の動きで口に手をあてる。それが肯定をあらわすとすぐに気がついたが時すでに遅く、そんな慌てたアスランの様を見てムウとマリューは同時に吹き出した。笑いで息を詰まらせながら、ムウが考えてもいなかったことを口にした。
「なんだよ、知らないとでも、思ってたのか?」
「………え…えぇっ?!……あ、あ…の…」
周章狼狽とはまさにこのことで、まさかまるっきりふたりの関係が知られていると思っていなかったアスランは、それからアプリリウスに到着するまでのあいだ、ひとりでずっといたたまれずにいたのだった。