C.E.75 9 Mar

Scene デーベライナー・モビルスーツ格納庫

アスランは一昨日ヤマト隊に着任したばかりのモビルスーツパイロット、SEED因子保持者の三名それぞれと模擬戦を終えたところだった。
とくべつなプログラムはとくになく、演習弾装備の機体で自由に対戦するが、気持ちのうえでは「本気で」とのリクエストがキラからあり、相手からその本気を引き出すのがアスランの務めだったといえる。
彼らは年齢も軍歴もばらばら、当然ながらモビルスーツの操縦技量もばらばらで、うちのひとりは実戦経験がなく、まっさらな状態はことさらに読みにくい。そのうえアスランの搭乗機はストライクフリーダムだ。さすがの彼もこればかりは扱いにくく、対戦相手がどうこうよりむしろこちらのほうが問題だった。
模擬戦の目的は、キラ・カスタムの採集システムによる彼らの戦闘データ集積で、そのシステムはフリーダムにしか搭載されていなかったためやむを得ない事情だった。

ヤマト隊に配属となるSEED因子を持つ兵は、軍歴資料からキラがピックアップして決める。この選考は概ねキラの独断ともとれるが、ザフトからキラにあがってくる資料はおそらくSEED因子保持が確認された全員ということでもないだろう。フィルタリング不要とかなり強気に事前の要望はだしたらしいが、キラは「ばればれだよ」と鼻を鳴らして、それが遵守されていないことをこぼしていた。それをどうやって知ったのか、あるいはただの当て推量か、アスランはだが、それ以上を関知しないことにしている(彼は、知らぬが仏ということばを学習した)。
選抜をパイロットに限定しているのはプラントからの都合で合意事項だが、現段階では管理上の限界で最大十名までの上限もあるから、ザフトのフィルターをキラは知りながらも受け入れてはいた。

そうして、よくいえば選りすぐりの彼らがヤマト隊にきて行うことといえば、他の隊とも変わらぬ任務だ。隊長が一風変わった人物であることを除けば、彼らの兵士としての務めに気にするほどの支障はないだろう。
もっぱらイレギュラーな対応を強いられるのは管理する側で、キラは彼自身で何かを思って進めていることだから文句もないだろうが、彼に“合わせてる”立場のアスランとすれば気苦労も絶えなく頭を使うことも多く、今回に至ってはなるほど体を酷使する事態もあったかと嘆息した。
フリーダムのコックピットのなかで、アスランは疲労からこぼれるため息を、心のなかだけではなく実際に吐く。インフィニットジャスティスへ同じ採集システムを移植する時間が取れるかどうかを算段しながら、ふと落とした全方位モニターの下方に、新参のパイロットたちが並んでこちらを見上げているのが見えた。
「ああ……、待たせてたな」
つぶやきながら集めた情報を手早くメディアに移す。キラはこのデータを元にして、おそらく三、四日ほどで彼らに最適化したOSを仕上げるだろう。それからそれぞれの機体への搭載と調整にさらに二週間強。手間暇のかかる増員システムだが、単純な戦闘単位ではないため仕方がない。
まもなくアスランはコックピットを離れ、フリーダムの足元で待っていた三人の正面に立った。礼を交わしつつ見れば、最後に対戦した兵はまだ少し息をきらせている。彼らのなかでいちばんに若く、戦後のザフト入隊者だ。“まとも”な隊ならともかくも、最初の最初に特例部隊に配属されては戸惑いや不安も多いだろう。
───シンと組ませるか? ………いや、それはまずいか。
アスランはふてくされたシンの顔を思い出して考えなおす。平時に模範として新兵の傍に置くには最良の人選ではなかった。
あれからアスランはずっとシンから睨まれっぱなしで、あまり相手をしないようにはしているが、突っかかってくる態度はまるで一年とちょっと昔に逆もどりだ。よくあれだけ怒りを持続できるとも感心する。
───まぁ、それだけおれがあいつの怒りを煽ってしまったんだろうが…。
彼は少し首を振って雑念を振り払った。手元の携帯端末に目を落として、彼らの今後の予定を確認する。
「ここでは当面哨戒任務があるが、専用機がくるまでは今日使用したZGMF-2000に搭乗する。それと……ドラグーンにも慣れておく必要があるが、演習機体は明日届く一機だけだ。すまないが交代で使ってくれ」
バッシュの後継機体は新開発のドラグーンシステムが搭載されている。ヤマト隊ではリンナ・セラ・イヤサカがシステムの経験者だから、このあとのサポートは頼めるだろう。ついでにまとめて彼らの面倒を頼もうと、解散のあとリンナ宛にメモを送った。

「副長さん、乗る機体間違ってなかったかい?」
突然かかったからかいの声に、操作していた端末から顔をあげると、そこにヒルダ・ハーケンがいた。ヘルベルトとマーズも一緒だった。
「……ああ、」
アスランがフリーダムを降りるところから見ていたのだろう。ワケありで、と軽く流せば彼らはそれ以上を追求しない。
「それよりも、お疲れさまでした。今日まで力を貸していただいて、とても助かりました」
彼らドムトルーパーズは今までヤマト隊が一時的に借り受けていたチームだった。つまり、モビルスーツパイロットの頭数要員だ。彼らは昨日付けでその契約が切れ、十中八九、次はジュール隊に合流する。
アスランは挙手敬礼ではなく手を差し出し握手を求めた。もう部下ではない、ということもあるが、もともとラクスの親衛隊になるためにプラントにきたという“曰くつき”で、ザフト内の立場としては傭兵、客分だ。自分自身の過客のような立場のことも思い出したが、どちらにしろ同じ軍の兵同士といったような堅苦しいものとも異なる互いの関係性を思った。
握手のあとの軽い無駄話も終えてからヒルダが、いまさらのように「そういえば、隊長はどこ行ったんだい」と訊いてきた。
「もう時間だからあたしらは行くけど、よろしくいっといて」
「……指揮官室にいませんでしたか」
「ああ、いなかったね。そしたらフリーダムが模擬戦に出てるっていうから、てっきりこっちだとね。……まぁ、発つまえにちょいとアイサツに、って思っただけだから」
「そう、ですか」
腑に落ちないまま、その場で彼らの背を見送る。三人それぞれが自機のドムトルーパーに搭乗し、管制と発進の手続きを始めたところでアスランは踵を返した。
───あいつ、どこをうろついているんだ。
立ち会いもせずに新人の世話をアスラン任せにした当人は、その自室でひとりおとなしくしているはずだった。いつもなら、やむを得ずキラから離れる場合にはルナマリアに彼の護衛を任せている。今回はあいにく彼女が出払っており、オフタイムのシンを呼びつけようとしたところ、キラが「おとなしく部屋に引きこもってるから」と遠慮した。
アスランはパイロット室にはもどらず、格納庫出入口の脇に避け、個人端末でキラの位置情報を確認する。メンデルに降りている。予定のない行動にでるのはいつものことだが、ここまでの距離を勝手に動いたのは初めてだ。隊内部で共有している行動スケジュールを見る。
「関係者面会……聞いてないな」
人の動きが多くなってきたメンデルで、臨時や緊急にそういった予定が入ることもあるだろう───とも、思いつつ。
アスランはその場で自らの行動予定にも「メンデル」と入力し、格納庫をあとにした。