C.E.75 6 Feb

Scene デーベライナー・シンの個室

艦内を号笛が響いた。警報ではなく、これは隊の指揮官が帰艦したことを示すサインだ。シンはデーベライナーで割り当てられた個室から、それを遠くに聞いた。制服のまま横たわっていたベッドのうえで、ごろりと壁側へ転がる。
隊長のキラは、アスランを伴って昨日アプリリウスワン内部へ降り立った。本部へ報告書を提出し昨日のうちにもどると聞いていたが、遅れて今になったようだ。
「甘やかされた」ということは判っている。上官を殴っておいて懲罰房に入れられることもなく、こうして自室でごろごろとしていられるということ。おそらく、報告の仔細にもあがらなかったのだろう。
いつだったか、キラにいわれたことがあった。つまらない違反でつまらない処分を自分にさせるなと。それはふつうには、「面倒を起こすな」という意味をもつだろう。キラのことばの裏は違う。判っている。だから目をつぶったのかもしれなかった。
でも、判らない。シンが殴ったのはアスランだったからだ。彼に対する理不尽までを、キラが許すとは思っていなかった。このままひとこともなく、なかったことにされるのか。収まりのわるさを感じる。もちろん罰を望んでいるわけではないが、さすがに過ぎたことをしてしまった自覚はあった。

室内でつけっぱなしにしているテレビは、プラントにいくつかある民間放送のひとつにチャンネルが合わされたままだ。相変わらずアルテラの事件を報道している。だが、シンが知っている事実とは異なる内容となっていた。国家間での判断があり、報道管制が敷かれたのだ。プラントのステーションへ到着するまえに艦内も緘口令がでていた。
デーベライナーがプラントにもどるより早く、アルテラでのことは国内で報道が始まっていたようだった。小さいとはいえ基地がひとつ全滅させられて、騒ぎにならないはずがない。メディアでの公表は、大洋州連合の発表したアルテラ市民の暴動で一貫していた。そこにブルーコスモス関与の疑いがあることなど、ひとつも流れてはこない。話の焦点はただ、大洋州連合との同盟危機など、国同士の関係修復をどうするかに向けられていた。

今回のことでシンを責めるものは誰一人としていなかった。肩を叩かれ、慰められるだけだった。当然ではあるのかもしれない。だが、それでもシンの憤りは収まらず、彼に八つ当たりをした───といってもいいのかもしれない。もう何を理由に絡んでいったのか詳しく覚えていない。だが、現場指揮を誤ったのだと、上官に対して不遜を口にした。アスランは否定も肯定もしなかった。ただ黙って、シンのいわれるままになっていた。この、部屋で。
しばらく放っておいてくれればよかったのだ。「つらい思いをさせてすまなかった」などと、そんなことばを聞きたくはなかった。
それをいったのがキラだったなら、こうも自分を激昂させなかった。それだけは、はっきりとしていた。
アスランがザフトの制服で現れたあの日からずっと、もやもやとして晴れない心が燻っていた。自分でもよく判らない。何がそんなに気に入らないのか、と。大戦後に彼に対するわだかまりは消えたはずだった。ザフトへの復隊が不満なのか。───それは、ない。正直なところ、逆にそれを望む心があったことは、確かなのだ。確かだったはず、なのだが。

───ピ・ピ、と、サイドテーブルに置いた携帯端末がメモの受信を知らせた。シンは重くなった体を起き上がらせてその内容を確認する。発信者はキラだった。
『アスランがデーベライナーを離れるから、そのあいだぼくの護衛をお願い。二時間後にでかけるから、シャトルハンガーに』
シンはじっとそのメモを見つめたまま、長い間そこに佇んでいた。