C.E.75 2 Feb

Scene アルテラ・宇宙港ターミナル

それからキラとアスランは州政府の係官にターミナルビルまで送ってもらい、その道中、車の中では相変わらず私語なくいた。キラは後部座席のシートに背中を預けきり、自分なりにこのあとの判断をどうすべきか考えていた。ふたりになったらアスランがすぐにでも次の行動を述べてくるだろう。たぶん、キラが知事に予告したとおり、すぐにでも突入に動くといいだすはずだ。そのために、おそらくはジュール隊の人員も借りる気で一度艦にもどるといったのかもしれない。基地のあの様子を見れば、並な力で制圧するのは困難だろう。

その後、車を降りるとキラは「さて」といった。連れてきた兵は全員会議事堂に残したので、今ここにはキラとアスランしかいない。港に向かって歩きながら、どうする、とアスランを向く。アスランはキラをじろりと睨んで、おかしいと思わないか、といった。
「オルター知事の態度」
この状況で困りはてていることは見てとったが、それ以上に───。
「あれは、嘘をついているか隠し事をしている者の態度だ」
それをキラに向かっていい、そのあとは顔を俯かせて独りごとのように「尋問が必要か」とつぶやいた。それは焦って制する。
「ちょ、ちょっと! 民間人ってこと忘れてない?!」
「──しないよ。まだ今は」
視線だけよこしていう。なにやら物騒になっていくアスランに、キラはだんだんと苦りきった表情になっていく。
「その、ただの民間人しかいないはずのアルテラ市民の犯行だなんてことを、何故いいきるんだ、彼は」
「知らないよ。…あの声明の内容でひとこと疑念がでてもいいくらいなのに、ブルーコスモスのことを少しも匂わせなかった。そこはよっぽど隠したいんだろうね」
「───じゃあキラは、あれが連中の犯行だと思っているんだな?」
「違うとでも?」
「……ナチュラルだぞ、ブルーコスモスは」
「……………」
ザフト基地は当然、訓練されたコーディネイターばかりがいるわけで、その身体能力の差を考えれば襲撃者がただの主義者の集まりとも考えにくい。
「手際を考えても、組織だ。最悪でもオルターはアルテラ市民の一部の主義者が、と収めたいのかもしれないが、組織が入り込んでいることは明白だ。それが判っているから隠したいんだろう」
「…エヴァグリン」
「そうだな」
そう応えてアスランは足を止めた。
「制圧は大洋州連合の艦隊を待ってからのほうがいいかもしれない。下手に動いて──」
「でも、基地の兵は!」
アスランのことばにキラが慌てて反抗したそのとき、ふたりは覚えのある地響きを聞いた。

キラは体を返してきた方向へ走り始めた。後ろでアスランの静止する声が聞こえたが、そのままターミナルの大型ロビーに向かって走る。
「───基地が!」
コロニー市内を見渡せる全面ガラスのホールまで出ると、そのガラス窓の向こう側に爆発による煙が立ち昇るのが見えた。それを確認すると同時に閃光が見え、二度目の地響きがターミナルビルを揺らす。
遠くに見える基地が燃え上がっていた。そして、その周りには数機のモビルスーツが視認できる。
「どうなっている?! 状況は!」
窓に張りつき驚愕するキラの背後でアスランが怒鳴る。その先の通信機からは、庁舎に残してきた小隊長が返事をした。
『ジンが五機、ザフト基地からです! そのまま基地の破壊を始めて───』
キラが報告を聞き終わらぬまま再び走り出す。今度はターミナルの出口へ向かって。通信中だったアスランが一瞬遅れて、その腕を掴み損ねる。
「莫迦、行くなキラッ!!」
キラを追い走りながら再びアスランが叫ぶ。
「シン!」
『───了解』
港で待機するシンが即応するのが聞こえた。アスランの呼ぶ一声で、すべきことをすぐに理解したようだった。

ターミナルビルの出口にあるエレカポートまで走り続けたキラは、その場に止まるエレカのひとつに取りつき乗り込んだ。その直後にアスランが怒鳴りながら押し掛けてくる。
「体ひとつで行ってどうする気だ!」
エレカの操作コンソールに伸ばした手を強く掴まれ、痛みと止められたことに顔をしかめながらキラは訴える。
「でも基地の兵が!」
「シンを呼んだ。任せるんだ!」
その瞬間、ビルの上部にある物資搬入用のハッチが開き、シンが駆るバッシュが轟音をたてて侵入してきた。ほんのわずかの間、行くべき場所を見定めるかのようにスピードを落としたが、すぐに煙のあがる方向へ飛行していく。同じようにハッチから入ってきたドムトルーパーが三機、バッシュに続き地面に降下してくる。猛烈なホバーの轟音とともに二人の脇を抜け駆けていった。
それらの風圧を避けようと無意識に顔を背けた先に、一瞬かすめた気配をアスランは見逃さなかった。
「キラ!!」
アスランはエレカのシートに座りかけていたキラの身体を強引に引っ張り出し、その勢いのまま抱き込んで地面を転がる。何が起きたのか判らないまま、直後、キラの耳に空気を裂く破裂音がいくつか響いた。
抱きかかえられたような状態で、誘導されるままにターミナルビルとは反対のほうに向かって走らされる。ことばを発するいとまもなく、エレカポート構内の大きな柱の影に押し込まれた。途端、その柱が数カ所、目の前ではじける。
キラはようやく、自分たちが銃撃されていることを理解した。
「アスラン!」
キラをさらに奥へ押しやると、アスランは携行していた銃を取り出す。セーフティを外して攻撃がくる方向を見やった。その瞬間にまた数発の銃弾がこちらをかすめ、それが止む瞬間を読むようにアスランが反撃する。
キラは自分の通信端末を取り出し、デーベライナーで待機してるリンナ・イヤサカを呼んだ。続けてボルテールのイザークにも状況を説明する。
『待ってろ、すぐにこちらからも応援を───、……なにッ?!』
聞き取り難い通信の先でイザークが突然声を荒げた。その奥で誰かが何かを喚いている。
「イザーク?」
『アンノウンのモビルスーツだ! 攻撃───』
一瞬、通信が乱れる。
『攻撃されてるッ! 応援は待てっ!』
もどってきた声はそう告げて、一方的に回線を切られた。銃撃に応戦しながらも様子を聞いていたアスランが舌打ちをする。
「キラ。敵はあと、おそらく四人で全員ナチュラルだ」
空になった弾倉を交換しながらアスランは自分たちの状況を話す。敵の銃が発射される方向や狙撃精度から予想してそれだけのことは把握したようだが、それらが何者で、何を目的にしているのかは判らない。
とりあえず、相手はナチュラルというひとことに頷いて、キラは再びリンナに通信した。
「リンナ、こっちはいい。デーベライナーとボルテールをお願い」
キラも銃を取り出した。
「おれが向こうへ走る。できるか、キラ」
アスランはエレカポートのとなりにある、木々の鬱蒼とした公園を視線で示してそういった。そこへ自分が駆け込み囮になるから、彼を狙う狙撃手の位置を定めて撃て、とキラにいっているのだ。
「いいよ。きみを撃たせたりしないから」
───急所を外しながらも攻撃力を削ぐ位置に決める。自信を持ちながらも一瞬の恐怖があった。しかし、ラクスを庇って斃れた、彼女と同じ姿をした少女のことを思い出す。惻隠の情による結果が何をもたらすのか。キラはもう一度覚悟を決めて、アスランに頷いてみせた。
それに目で応えてアスランが柱の影から飛び出す。
フェイントをかけながら走るアスランの速力に、ナチュラルの銃撃は追いつかない。数度の為損じをすべて見逃さず、キラはアスランを狙った三人を一発で狙撃した。最後の一人はキラに銃を向けた瞬間にその肩を撃ち抜いた。
鳴り響いていた銃撃の音が止み、再び基地から響いてくる轟音に耳が向く。
アスランが警戒を解かぬままキラの元までもどると、ターミナルビルから武装警戒した宙港警備員が駆け寄ってきた。今の銃撃戦が時間にして数分のことだったとはいえ、今頃やってくるようでは対応が遅い。
それを非難することはしなかったものの、不機嫌を露にしたままアスランは警備員に現場の指示を残し、キラの腕を引いてターミナルにもどろうとした。
「アスラン…!」
キラは足を止めて基地へ行きたがる心を訴える。
「……いいかげんにしろ」
冷たくいい放ち、アスランは相手にしない。さらに掴んだ腕に力を入れ、引き摺るようにキラを歩かせた。