C.E.75 1 Feb

Scene デーべライナー・保安部

ルナマリアは今作戦からヤマト隊保安部の情報セクションに籍を置くことになった。
保安部員は隊内部において警官と同じ権限を有し、艦内での武装も許可されている。所属隊指揮官や来艦の要人警護など、対外的な立ち回りもあるがそれはたまの任務といってよく、常時神経を遣るのは実のところ艦内兵士の動向だ。
それを荷が重いなどと思うことはないが、やはり一歩引いて同僚を監視する立場というのは、正直につらいことではあった。これまではパイロットとして、チームを信頼して連携することを重要にして軍に務めていたのだ。それにもともと、仲間に疑いの目を向けることは性分にない。
その彼女の心情を知ってか知らずか、ついさきほど“新任の上官”からは「全員を疑うべき立場だ」と釘を刺されたところだ。
ブルーコスモスといえばナチュラルなのだろうが、その思想に偏向するコーディネイターがいないとはいいきれない。また、どういう利害の一致で彼らに手を貸す者がいるともしれない。疑い始めればきりがないのは確かだった。彼のいうことは正しいのだろう。だが、他国からきたあなたがそれをいってはと、その言動に非難ではないおもいがうかぶ。
彼女は小さな溜息とともに、常に携行している愛用の拳銃と警備用の自動小銃をチェックするとそれらをその身に携えた。
それから周囲に視線を巡らせてみれば、室内──保安部室にはデスクに張りつき監視機構をチェックする同僚の姿がある。先に知らされた状況を話そうかとためらうが、自分の役割ではないと自重して口を開くことはしなかった。それに、もう間もなく知れることだ。

数時間ほどまえのこと。
ルナマリアとシンのふたりが呼ばれた部屋には、アスラン・ザラがザフトの赤服を纏って立っていた。
同盟のオーブ軍は、アルテラの事件にブルーコスモスの新興勢力が関与する証左を持つとザフトに進言し、キラあるいはヤマト隊が標的となる可能性を示した。そのため最高評議会と国防委員会は、その特使であるアスランをFAITHに任命しキラの専任護衛に付けたということだった。
傍らにいたキラは不服そうな面持ちで、彼の任務を円滑にするため保安部長と戦術作戦主任をアスランに譲るという。特殊機動部隊として最小構成からなるヤマト隊は、それらをキラが兼任していた。つまり、その場でルナマリアの直上の上司がキラからアスランになったということだ。
ルナマリアは急展開にことばを失い、隣に立つシンを見る。シンはひたすらむっつりとして──その理由は不明だが──何も声に出さない。いつもならこの状況に生意気な厭味や態度を見るのに、むしろそのおとなしさが不気味だった。
パイロットのシンがその場に一緒に呼ばれたことは不思議だったが、それらのことに困惑した表情に気がついたのか、私生活も含めたキラの護衛を個人的に依頼していた、とアスランが説明した。
───そうまでして護衛する理由が、何か?
思考にのぼってすぐ口をついた質問は、何か失礼なものいいだっただろうか。ほんの一瞬沈黙したアスランはルナマリアを見、そしてシンは視線だけをルナマリアのいる反対の方へ投げた。だが意外にもその答えはそのままのシンから返された。
「このヒト、オーブ代表の血縁だろ。たまたま知ってるおれにちょっと警戒しとけって、そんだけのことだよ」
公表はされていないがキラとカガリが双子のきょうだいなのだということは、ジュール隊にいたころに聞かされた。もちろん、そんな話がでたのはその隊長と副隊長、シンの四人だけがいたという状況で。そんな隠しごとを漏れ聞くほどには、彼女もそれを共有する仲間と認められていたのだと。つまり、たまたま知っていて、護れるほど近くキラのそばにいたのはシンだけではないということが、ルナマリアには少しばかり不満になった。あまり大事にできない事情もあったかもしれないが、自分にだって彼を護ることくらいできるのに、と。ましてや軍令ではなく、アスラン──知己の頼みごとだ。水くさい、と思った。
だが、そんな不満を彼女は、いまやいえる立場ではなくなっていることをすぐに思い出したのだが。

室内の壁際、艦内監視のターミナル画面が並ぶ席から小さなどよめきがあがった。
その話し声はこちらに届かないが、内容の察しはつく。おそらく各員の個人端末に追加配備の全艦通達が届いたのだろう。追加配備とは、要するに件のアスラン・ザラとインフィニットジャスティスだ。続けてブリーフィングを報せる艦内放送があり、こちらも予定時刻通りだ。
「作戦会議の警備任務にいくわ」
それを受けてルナマリアが誰にともなく声をかけると、いちばん近くにいた同僚が応えた。
「ブリーフィングに、か? そんな命令、誰が…」
艦内での作戦会議にキラはこれまで警備を置くことをしなかった。彼の疑問はもちろん理解した。
「新しい保安部長よ。少し厳しくなりそうだから、覚悟しておいたほうがいいみたい」
ルナマリアはいつになく威圧感が漂っていたアスランを思い起こし、そう忠告する。会話を聞いていた室内が、また少しざわつく。
実をいえば、アスランがザフトにもどることを心情的に歓迎する者は少なくない。だが、混乱させるだろうことも事実だった。
アスランの二度の脱走が、その一度目はギルバート・デュランダル当時議長のはからいから不問、異例の離隊の扱いで複隊し、驚くことには二度目はその後の追撃で軍籍上“死亡”のままとなっている。彼はあくまで“死んだアスラン・ザラと同名のオーブ人”で、ザフトに出向中のオーブ軍人なのだ。それを表すように認識番号も新しく発行されている。真っ白になったザフトでの彼の経歴に、それをさらう誰もが不審に思う。そして時間が経つほどにいらぬ憶測を増して広がるだろう。
単なるエージェントにとどまらないアスランのポジションに、彼女の同僚は次々と困惑を口にする。彼らの気持ちはもちろん、充分なほど判っている。しかし、ルナマリアはついに黙っていられなくなった。
「ちょっとあんたたち。ヤマト隊長についていくって決めてここにいるんでしょ」
ざわめきがぴたりと止まる。
「でも、このくらいのイレギュラーで動揺してるようじゃ無理ね。こんな、何させられるか判らないような隊にきたのは、みんな何か理由もあったんでしょうけど。残念ながら覚悟のほうは足りなかったみたいって、そう隊長に報告するけど、どう?!」
「…ちょっとまてよルナマリア、少し驚いただけのことだろう」
そういって先の同僚が「わるかった」と彼女を引き止めた。それならいいけど、とルナマリアは踵を返し、保安部室をそのまま後にする。
彼らはこの程度のちょっとした釘刺しで充分だろう。所属を移してから打ち解けて話すあいだに、彼らは存外に無邪気で「おもしろそうだから」という理由でヤマト隊の配属を希望した者が多いことを知った。もちろん、そうであっても職務には忠実で優秀な人材であることも確かだ。上層部の指示に異を唱える者などいない。
「むしろ問題はわたしよ。……気が重いわ」
彼女ひとりのつぶやきに、今度は応える者がその場にいなかった。ふいに襲ってきた孤独感と向き合い、それを難なくやり過ごすには、彼女の質は人好きで開放的過ぎたかもしれない。