C.E.75 1 Feb

Scene デーベライナー・第一作戦室

デーべライナーはアルテラへの道程を予定より減速して航行していた。理由は追ってくるジュール隊と合流するためだ。
ランデブーポイントまでは、あと約十時間。
アスランはそれを待たずに作戦計画をまとめあげたが、本人曰く、今回は人を振り分けるだけの作業とのこと。抱えている各チームの特性を把握して適材適所に充てるだけと簡単そうにいう。
キラは第一作戦室で、シミュレーションボードの映像を交えながらその計画の説明を受けていた。ざっくりとしたことは外交ルートで知っていたとはいえ、追っかけの短時間でヤマト隊全体の把握には骨を折ったことだろう。それなのに、自分よりよっぽど隊を掌握していると感嘆した。同時に、アスランがデーべライナーへくるまえ、おぼろげに頭のなかで構成していた自分の計画の甘さを各所で思い知ることになった。
「本当に厭味だな、きみ」
「……なんの話だ。説明をちゃんと聞いてろ」
ため息混じりの独語を咎められ、もちろん聞こえるようにいったのだが、それからはとりあえず黙ってアスランの声を聞く。
一次作戦としてまず基地を刺激せずに政府との接触に重点をおくことは、事前のキラの要望を容れている内容だ。締めくくりに「あとは現場で直接指揮をとる」とアスランがいった。
「……きみ、降りるつもりなの?」
「おまえ、降りるつもりだろう」
問いかけを問い返され、というよりも断言されてキラは黙りこむ。確かにキラは、アルテラとの交信を受けて、コロニー内に直接自身で降り立つつもりになっていた。

アルテラとは一時間ほどまえに通信が繋がった。
CCPはコンタクトとともに渡していたキラの指示に従い、アルテラ政府の人間に渡りをつけていた。向こう側で対応にでたのは、知事本局外務部と基地対策部を兼任する人物だった。
入念に通信経路をつくったとはいえ、慎重を期して最少量のデータ送信で済ませるためにテキストベースの情報交換をおこない、そのために映像での確認はできなかったが、内部の状況をいくつか把握することはできた。
プラントの軍事基地は占拠されたままで、テロリストは沈黙を保っているらしい。つまり、状況が硬直しているのだ。アルテラには警察以外に武装集団がなく、その唯一といえる戦力は市民の混乱の鎮圧と避難処理の手配で手一杯。だが爆発などによる破壊等はなく、ザフト基地以外とりあえず無事ではあるようだ。現在は政府から基地への呼びかけを続けるのみで、有効な対策は何もなされていない。ただ本国からの助けを待つだけの状況のようだった。
何をぼんやりしているとも思うが、かつての大戦からも取り残されるほどの辺境にあって、長い年月一般市民が穏やかに暮らすだけの平和な場所だったということなのだろう。
キラは、ある日突然にその平和がもろく崩れることがあると知っている。もしかしたら本当は、郷愁めいたその気持ちがこの判断を降したのかもしれない。しかしキラは、その場ではないと“隠されたもの”を見抜くのは難しいと考えて、アルテラに降りることを決めていたのだ。
「フリーダムじゃなく、その身で降りるつもりなのか?!」
「そうだよ。だめかな」
「だめだ」
「知事に会いたいんだ。フリーダムはいらない」
「許可できない」
室内の空気が一気に冷たくなっていた。キラが生身のまま降りるつもりを伝えた途端、そこまで考えていなかったのかアスランがまた険しくなり、それに反発するようにキラも頭に血がのぼりかけていた。
「コックピットから知事と会見しろっての」
「デーべライナーまでこさせる」
「内部の様子も見たいし、」
「おまえは指揮官だ。報告を待っていればいい!」
「直接でなきゃ、働く勘もない。ぼくの特命を邪魔する権限まではきみにない!」
最後のことばにアスランの眉がますます吊り上がった。
キラはSEED研究の一番の披検体だ。作戦中はその能力──SEEDによる力を如何なく発揮しなくてはならない。そのために、最前線への出動も積極的に引き受ける。自分から危険へ飛び込むことを、プラントと約束しているのだ。
いつかプラント行きを明かしたときにアスランと大げんかになったのは、この条件のせいだ。誰よりも自分のことをなくしたくないと思っている人間が、そんな約束を歓迎するはずがない。危険を回避できると思っていた密約が、別の危険を呼んだのだ。
それでもキラ自身で決めたことを、最終的にアスランは受け入れた。キラが自分で選んだ道を阻む者になりたくはない、と。それが、彼にとってどんなに苦しいことなのかキラにはよく判る。その立場が反対だったらと想像すれば、アスランの気持ちを理解することは容易い。
───そんなことは、ぼくだって絶対に許したくはない。
でも、この状況が現実だ。そのことで、アスランに譲る気はキラに少しもありはしない。だが。
「……いいかげんにしろキラ! だったらおまえはおれがここに“赤”を着てくることまで判ってたっていうのか?!違うだろう!」
とうとうアスランが取り繕った仕事モードを捨てて、感情的な表情で怒鳴りはじめる。
「判ってたよ!」
咄嗟の嘘を取り繕うかのように、思っていたより強くことばがでる。本当は想像することさえも避けていた。予感というよりは認識で、彼がそういう行動にあるだろうこともキラには予測できたはずなのに。そのことをずっと腹立たしく思っている。だからこれは、八つ当たり、なのに。
「いつまでもぼくのすることが気にいらなくて、怒りたくて、それできたんだろ。理解したふりなんかしといて、きみはオーブで準備してたんだろ。じゃなかったら……こんな、タイミングよく、きみが、ここに、あんなもので、くるはずがないッ!」
キラはそういって乱暴に壁を殴った。彼を振り回している自分への苛立ちが抑えられない。彼から“赤”を着る気概を奪ったのも、いま彼にザフトへの忠誠をよそにそれを纏わせたのも、自分だ。真面目でエリートの彼に道を外させているのは自分なのだ。
「そういうことをするな!」
アスランは壁に打ち付けたキラの腕を強く掴んだ。昔から、キラが怒りを抑えられず自傷するようなことをすればアスランはいつも叱った。キラが傷つくのが、嫌なのだろう。ほんの小さなカスリ傷でさえも。
「…話をすり替えるんじゃない」
掴んでいる手の力が俄に強くなった。キラは自分で叩いた痛みとその力の痛みに少しばかり表情を歪め、数度腕を引く。しかし、アスランはますます力を入れてその手を放してはくれなかった。
「……キラ…。曖昧な力を頼りに自分を危険に晒すような真似を、おれが許すと思っているのか」
低く静かになっていくアスランの声音に、キラは少しずつ頭を冷やした。彼は本気で怒っている。取り乱したままでは、彼を納得させることもできない。
「…プラントとの約束だ。シードコードが力をつけるまではそうするしかない」
だが、納得もなにもない。アスランははじめからキラを助けるためにここへきたのだろう。連れもどすためではなく。彼は最初から、キラのわがままを聞くつもりなのだ。それが不本意だから、怒っているのだろう。それを知っていても。
「成績を残して、証明しないとアスラン。でなければ今度は、さすがにプラントもぼくを消そうとするよ」
「……………」
もどれないことを始めてしまったのだ、と。だから守ろうとしてくれているのだと、判っていた。
今、表情を消してしまった目の前の彼の手が、また一段と強くキラの手首を握る。が、急に興味をなくしたかのように次にはそれを放した。
「アスラン」
キラの呼び掛けを無視してアスランは踵を返し艦橋へもどった。それを追いかけてキラも作戦室を出る。
「現場指示は任せる。隊の人間は好きに使ってくれてかまわない。ジュール隊にはぼくから話す」
その場にいるブリッジ士官を意識してキラはわざとよそよそしく告げた。アスランはそんな彼を一瞥し、返事もなくオペレータに向かった。
「シン・アスカ、リンナ・イヤサカと僚艦のパイロット、各小隊の責任者を第二作戦室へ」
キラはでてきた扉のまえに佇みアスランの背中を見つめた。すぐに動いて振り向いた彼は、表情を消しているけれどもやはりまだ怒っていると判る。そのまま艦橋を出る扉へ向かうが、キラを無視することなく、傍で一度立ち止まった。
「……行くぞ、キラ」
その声は重く低かった。ふだんならこういうとき、彼はひとりでどこかへいって頭を冷やしてくる。冷静な型に見えて、根は激情家なのだ。今もまだ、キラに対して腑が煮えくり返る思いをしているに違いない。
それでも今は片時も離れる気はないのだろう。隊に到着してから、アスランはキラにも自分の傍を離れることを許さないといった。そのことについてキラは何もいうことをせず、彼に従うままにしている。
第二作戦室へと向かう通路で、キラは後ろを護るアスランに手を伸ばしその腕に触れた。あがった視線はキラに不機嫌を隠そうともせず翡翠の色にのせていた。
どうすればいいのか。
彼は本当は、かつてのようにキラにはオーブの島で隠棲して過ごして欲しいと望んでいるのかもしれない。争いごとと縁のない、平穏な時間のなかで。
───でも、もうそれができなくなってしまったぼくを、あのまま閉じ込めることも、きみにはできないくせに。
自分自身をないがしろにして、その望み通りにすれば。それはまた矛盾しているようだが、アスランが望まないことなる。だからキラにできるのはただひとつ、追ってきてしまったアスランの傍を離れずにいること。さまざまなジレンマをやり過ごして、目を瞑って。
腹立たしさよりもやりきれなさが勝って、キラはもしかしたら泣きそうな表情をしていたのかもしれない。アスランはひとつため息をつくと、キラが掴んでいた袖とは反対の手でキラの手の甲に重ねてきた。
そして、腹は立つが仕方ない、といいたげな顔をした。