C.E.75 25 Jan

Scene アーモリーワン・ベンフォードパーク

通常は工業地区としての役割を担うこのアーモリーでは、いつになく賑やか、かつ華やかな街の様相を呈していた。とはいってもめずらしいことではない。報道発表、披露式典など、“新しく造るもの”についてはイベントごとがつきまとう。
この日、第一区アーモリーワンでは、最新鋭戦艦デーベライナーの進宙を祝う記念イベントがおこなわれていた。宇宙港からターミナルへ移動すると、浮き足立った人々の姿が目に入る。高速エレベータへ向かうVIP用の通路を流れながら、アスランはそれを横目で見た。
彼にとってこの場所で見るその様子には既視感がある。忘れもしない、あれはミネルバの進宙式前日に訪れた日のことだった。直後にファントムペインの襲撃、新型機動兵器の奪取、その混乱に巻き込まれた自分とカガリ。ここで先の大戦の発端に立ちあったのだ。
アスランは微かにわく嫌な予感を振り払おうとした。
過去から学んだプラントはあの頃よりさらに警戒を強固にしている。戦艦の開発はすべて関係者以外の立ち入りを許さないスレイプニル造船所でおこなわれるようになり、進宙式もアーモリーには中継されるだけでそこで催されるようになった。デーベライナーは今も軍事ステーションにあって直接一般の目に触れる機会すらない。機動兵器も新型を中心にその態勢をすすめつつある。
そのほか、アーモリー外縁の警戒態勢から内部ポートのチェックシステムまで、ひととおりのセキュリティ強化が図られている。だが、アスランはすっかり馴染んだ不安と離れることができず、ひとりで難しい顔をするばかりだ。

「なんだい、その顔。キラの晴れの舞台なんだぜ。それとも何か思い出しでもしているのかい」
港からの高速エレベータを降りると、となりに立つムウにその顔を咎められた。意味ありげなことばは、そういう彼が過去アーモリーを襲撃した側で、彼もそのことを思い出しているからだろう。
「……いえ。このあとのキラのスピーチ、まともにできるかが気になって」
心のごく隅だけにあった心配事で紛らわせた。あいまいになっている不安をこぼしても仕方のないことだった。
「ああ、草稿をきみに書かせてたやつだな。…あれだろう、あいつは。宿題もきみに押しつけてたくちだろう」
「…そうでもないですよ」
「どうかな。きみに対しては相当なあまえんぼうだからな、キラは」
それに何かを思いあたったのか、ムウのとなりにいたマリューがくすりと笑い声をたてた。
実際には、「本人のためにならない」とキラ自身にやらせていたアスランだが、手伝った回数といえばそれは並ではなかった。キラがアスランにあまえるのは、アスランがあまやかしたからだともいえる。今も不安から逃れられないのはひとえにキラが心配だからというただそれだけだ。その自覚はある。
これ以上彼らのまえでのキラの話題はからかいのネタにされるだけだろう。アスランはそんな必要もないのに、少し遅れたから急ぎましょう、と促してイベント会場の広場へと向かった。

シャフトタワーの裾野の一角に広がる公園がその会場となっていた。特設された展示場がいくつか軒をならべ、軍楽隊のマーチが盛り上げ、そこに子供の姿はないが、まるで博覧会のような様子だ。
タワーに向かって正面には特設ステージがあり、さきほどまでデーベライナーを紹介するイベントがおこなわれていた。艦をあずかる隊長──つまりキラのスピーチがあり、SEED研究開発機構の代表マルキオによるシードコードの解説、さらには艦長アーサー・トラインがデーベライナーの役割を説明した。もちろん、その機能詳細の多くは伏せられているけれども、この日をもってデーベライナーとシードコードの関係が公式に発表されたのだった。
フリータイムとなった今は、各国から招かれた政府の人間、財界人、軍人、SEED研究開発機構の関係者などが会場内をまわり、情報収集と交流に忙しそうにしている。ステージに設置された超巨大スクリーンには、今日の午前中におこなわれた進宙式の様子と、スレイプニルからステーションへ移動するデーベライナーの映像などが流されていた。
ムウやマリューと別れ、ひとりになった時間を持て余し、アスランがぼんやりとその映像を眺めていると、後ろで交わされている会話が耳に入ってくる。
将来の人類進化を見定めた研究開発をおこなうといっても、所詮戦闘艦ではないか。人類平和や世界の融和を目指すといいながら、戦うための艦など矛盾している───そんな内容だ。
気になってつい背後を振り返ると、ビジネスエリート風の上品な人物がいた。アスランと目が合うと、丁寧に目礼する。関係国の、しかも軍人を目の前にしながらの堂々とした批判に、返すことばはない。アスランも礼を返すとその場所から離れた。
世間一般に思うデーベライナーの評価はそんなものだろう、と予感はしていた。
キラが、アスランにも判らない何かをSEEDに見い出していて、そこから何かをしたいと考えていることは判るが、現在知られているその特質を思えば戦場と離すことが難しい。キラは実験の場が戦場だからこそ意味がある、というようなこともいっていた。──それは、発現の確率のことではなく。
どういう意味か、と問いただしても、キラ自身のなかで整理されておらず、うまく説明できないといっていた。何しろ彼は感覚的に過ぎて、それでもものごとが進んでいるから不思議だ。
もっと傍にいて彼の話を聞き理解し、もっと彼を助けてあげたい。
日を追うごとにつのる思いを持て余し、ついに我慢できなくなる日は、そう遠くないような予感があった。